第5場 「攻め」るためのシミュレーション
葉菜ちゃんと莉奈ちゃんは仲直りしてすっかり元通りの関係に戻った。和気あいあいとした雰囲気のまま、俺たちの合同稽古は終了した。すっかりこの一日で打ち解けた俺たちは「また合同稽古やりたいね」などと話し合いながら手を振り合って別れた。
我らが聖暁学園演劇部部長が立野燿平でよかったと俺はしみじみ噛み締めた。海翔の時も、葉菜ちゃんと莉奈ちゃんの時も、誰も傷つけずに問題を解決していくその姿がカッコイイ。
「俺たちの部長が立野燿平先輩でよかったぁ!」
俺は寮の部屋に戻るなり、そう叫んだ。
「何、急に?」
そんな俺を航平が訝しがる。
「だってさ、百合丘の部長めっちゃ性格キツそうじゃん? あんなダメ出し毎日されたらキツイよ。でも、うちの部長は今日だって百合丘の皆をあんなに楽しませちゃうしさ。葉菜ちゃんと莉奈ちゃんも仲直りさせちゃうし、部長としては完璧だよな」
航平はそんな俺をクスクス笑った。
「だって、今日、紡ボロクソに言われていたもんね、百合丘の人に」
「笑うなよ。でも、あんなに言わなくたっていいのにな。しかも、航平と今夜エッチするの、攻めと受けを交換しろなんて美琴ちゃんも乗って来るしさ」
「そうだ! 紡やります、とか言ってたけど、本当に出来る訳?」
「で、出来るに決まってるだろ! 俺はこれでも一人前の男なんだぞ。航平を責めるくらい、いくらだってやってやるよ」
「ふうん。じゃあ、やってみなよ」
航平はニヤッと俺に笑いかけた。クウッ! いつものことながら、今日も航平は生意気だ。
だが、「やってやるよ」と豪語したものの、夜が近づくにつれ、俺はどんどん緊張感を募らせ、無口になっていった。いつもじゃれついて来る航平と一緒になって、わいわい夕飯を食ったり風呂に入ったりしているのに、今日は航平の悪戯も殆ど目にも耳にも入って来ない。俺の頭の中はどうやって「攻め」たらいいのかというシミュレーションで一杯だ。
ええと。まずは航平の服を脱がせて、ベッドの上に押し倒す。で、その後どうするんだっけ? そうだ! まずはキスをしないと。それから、航平の身体を舐めてやればいいんだっけ? でも、何処から舐めればいいんだ? 俺は航平に全身をいつも弄られるままにあんあんよがっている訳だが、同じようにやればいいのだろうか? いや、でも順番はどうする? 上半身からいけばいいのか? それとも下半身か? 上半身といっても、首筋からいくのか、胸からいくのか、それとも……。
俺が脳味噌をフル回転であれこれ考えていると、航平が呆れたように、
「ねぇ、紡。そんなにお風呂に浸かっていて大丈夫? のぼせちゃうよ?」
と心配した。
「あぁ、大丈夫」
俺は生返事を返す。
「本当にいいの? それに、もうすぐ僕たちの入浴時間、終わっちゃうよ?」
「あぁ、わかってる」
「本当にわかってる? 僕、もうお風呂上がるけどいい?」
「あぁ、いいよ」
航平の声が何処からか響いて来る気がする。この航平のやつを今日は俺は喘がせてやらないといけないんだよな。俺が責めるんだ。下手こいて笑われないようにしなくちゃ。もう一度、最初からシミュレーションするんだ。ええと、まずは何をするんだっけ? あれ? ダメだ。頭がボウッとして働かない。これから航平を攻めなきゃいけないのに……。
「おい、一ノ瀬!」
あれ、何処からか誰かが俺の名前を呼んでいるな。
「一ノ瀬!」
もう、何だよ。人が考え事をしている時に。その時、俺はいきなり腕をつかまれて浴槽の中からつまみ出された。
「一ノ瀬、いい加減にしろ! お前らのフロアの入浴時間はもう終わってるだろ!」
声の主は先輩らしい。だが、俺は頭がのぼせたようになってちっとも働かない。それどころか、まともに歩くことも出来ず、その場に崩れるように倒れ込んでしまった。
俺が目を覚ました時、航平のすっかり俺を見下したような顔が俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、起きた」
「あれ? 俺、一体何をしていたんだ?」
「紡、ずーっとお風呂に入ったまま考え事しているうちに、すっかりのぼせて倒れちゃったんだよ」
「え? あぁ、そんなこと俺したっけな?」
「本当に紡、だらしなかったよ? すっぽんぽんでおちんちん丸出しのまま、仰向けに寝て伸びてるの」
「え? すっぽんぽん?」
俺はガバッと飛び起きた。見ると、俺は服を何一つ身に付けていない。
「やっべ! 俺、着替え何処やったっけ?」
俺はがさごそ起き出してからふと気が付いた。せっかく俺は今全裸になっているんだ。美琴ちゃんのミッションを遂行するには丁度いい恰好じゃないか。俺はくるりと航平の方を振り向くと、いきなり航平の肩に手を置いた。
「は? 何してるの?」
航平は戸惑った顔をしている。だが、俺は風呂場でのぼせて気を失うまで考えていたシミュレーション通りに、航平の服に手をかけた。
「ちょ、ちょっと、紡! やめてってば!」
航平は抵抗する。だが、俺は構わず航平の服を脱がせようとした。次の瞬間、航平の足が俺の脇腹に飛んで来た。俺はそのままベッドの上に叩きつけられた。
「いってぇなぁ! 何するんだよ!」
俺が怒鳴ると、航平は俺の上に馬乗りになる。
「タチはねぇ、もっと優しくウケの子を扱ってあげないとダメなんだよ?」
「タチ?」
「ゲイの世界でいう攻めのことだよ! 本当に何も知らないんだから、紡は」
そう言うと、航平は俺の唇を奪った。「ウケの子を優しく扱え」なんて、俺の身体を蹴りつけたやつの言うセリフかよ! だが、俺に反論する機会は一切与えられていない。航平が俺の口の中で舌を絡ませ、俺から言葉を発する能力を奪ってしまったのだ。俺の身体がかっと熱くなり、下半身がムクムク成長する。
「まずは、基本から勉強し直した方がいいよ?」
「基本って?」
「男の子を抱く基本だよ」
そう言うなり、航平も服を脱ぎ捨てると、俺の首筋から胸にかけて舌を這わせ始めた。
「はぁうん!」
思わず俺の吐息と喘ぎ声が同時に口から飛び出す。
「紡のエッチ」
航平は俺の耳をカプッと噛んだ。
気が付くと、俺は航平に抱かれるままに喘ぎ声を上げながら愛液を自分のお腹の上にまき散らせていた。俺のお尻には航平の性器を受け止めた感覚が残っている。俺、結局いつもの通り、航平に責められちゃってるよ。俺がそう気が付いた時には、もう既に俺も航平も疲れ果てており、そのまま折り重なるようにして眠ってしまった。
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