第4場 心を通わせ絆を深め

 午後の稽古では午前とは反対に、俺たちが百合丘学園の通し稽古を観て、ダメ出しをする。だが、やはり葉菜ちゃんと莉奈ちゃんの間に漂う微妙な距離感が芝居にもモロに出て来てしまっている。なるほど、葉菜ちゃんはそれでも部長に先ほど注意されたからか、必死に莉奈ちゃんと楽し気な芝居をしようと頑張っている。しかし、莉奈ちゃんが葉菜ちゃんのテンションに乗っていかない。葉菜ちゃんが頑張れば頑張るほど、葉菜ちゃんが痛々しく見えて来ていたたまれなくなる。


 地区大会の時に俺が受けた百合丘学園の楽しくて観客全員を笑いの渦に巻き込んでしまうような勢いは全くなく、歯車の噛み合わないまま、一時間に渡る通し稽古が閉まる緞帳と共に終了した。俺たち聖暁学園演劇部からのダメ出しは、当然主役の二人に集中する。殆ど泣きそうな葉菜ちゃんを見るにつけ、俺はダメ出しらしいダメ出しを何も言えなかった。百合丘学園演劇部の空気がどんよりと重くなる。


 その時、


「えっと、ちょっといいかな」


と部長がおもむろに口を開いた。


「俺がこれから皆を二人ペアにしていくから、その二人でちょっとしたワークをして欲しいんだ」


うん? 今はダメ出しの時間だよね? 急にペアワーク? 俺も他の皆も戸惑った表情をしたが、このままダメ出しだけやっていても、葉菜ちゃんと莉奈ちゃんが委縮するだけだろう。少し気分転換を図るのもいいかもしれない。


 部長の指名によって、俺たちは二人ペアに分けられた。俺は航平と、兼好さんは西園寺さんと、奏多は漣と、そして葉菜ちゃんは莉奈ちゃんとペアを組むように指示される。


「オーケー。じゃあ、まず、ペアの人の動きをミラーのように完コピしてみよう。じゃんけんして勝った人がリードして、負けた人が真似する方の役ね。一分間で役割交代」


これ、ワークショップの「感情を解放する」ってワークでやった演技の基礎錬だ! 俺はピンと来た。あれ、楽しかったんだよな。皆でわいわい盛り上がって。俺たち全員、ワクワクして自然と笑顔が零れる。


「じゃあ、最初はグー、じゃんけんぽん!」


部長の号令でじゃんけんをする。「負けちゃったぁ!」「よっしゃー、勝ったぜ!」などと皆が一斉に歓声を上げる。チラッと葉菜ちゃんと莉奈ちゃんを見ると、ぎこちなくもお互いをチラチラ見ながら、少しはにかんだ笑顔を見せている。


 重かったこれまでの空気は一変し、笑い声や歓声が飛び交う。部長のリードで、次々と演技の基礎を磨くエクササイズをペアでやっていく。パントマイムをやってみたり、歌ってみたり、ワークショップを思い出すこのわちゃわちゃした感じが懐かしい。航平はすっかり羽目を外して俺と追いかけっこを始める始末だ。


 皆がペアワークに興じて楽し気にはしゃいでいたからか、冬場の寒い体育館の温度まで少し上昇した気がする。すっかり場の雰囲気が温まって来た時に、俺はチラリと再び葉菜ちゃんと莉奈ちゃんを見た。二人はいつの間にか、俺たちと同様屈託なく笑い声をあげながらじゃれ合っていた。


「よーし、じゃあ、最後のワークいこうか」


皆の心がすっかり解放されて来た頃合いを見計らったかのように、部長が手をパンッと叩いて言った。


「最後は、ペアになった相手を皆に紹介しよう。勿論、もう、皆はお互いのことをよく知っていると思う。でも、敢えて、ここは皆に改めてペアになった相手の好きな所や長所だと思うところを発表しよう」


普段、何気なく付き合っている俺と航平だが、改めて互いの好きな所を皆の前で発表するとなると照れ臭い。俺も航平も頬をポッと赤く染めた。


「じゃあ、まずは皆月さんと桐嶋さんから」


いきなり最初に指名された二人はドキッとしたように身体をぴくつかせ、気まずそうに顔を伏せた。


「さぁ、あまり時間ないから早く早く!」


部長が二人を急かす。だが、なかなか素直になれないのか、二人とも何も言えずに座り込んでいる。


「仕方ないなぁ。じゃあ、皆月さんからいってみようか」


「わ、わたし?」


指名された葉菜ちゃんはピョンと飛び上がった。莉奈ちゃんはそんな葉菜ちゃんを見て思わずクスリと笑った。葉菜ちゃんがそんな莉奈ちゃんの肩をポンッと押した。


「ちょっと、莉奈。何笑ってんの?」


「ごめん。でも、今の葉菜、ちょっと面白かったから」


莉奈ちゃんは笑いを堪えながら答えた。葉菜ちゃんは


「何それ」


と言いながらもフフッと笑い、前を向いた。先ほどまでの戸惑った様子から、少しだけ吹っ切れたような顔をしている。葉菜ちゃんはスーッと深呼吸をすると話し出した。


「わたしのペアは桐嶋莉奈。同じ百合丘学園に通う同級生で部活の仲間。わたしたちが出会ったのは三年前に百合丘に一緒に入学した時。まだ誰も友達がいなくて、教室で独りぼっちだったわたしと初めて仲良くなってくれたのが莉奈だった。それからずっと莉奈はわたしの親友で、わたしのことを誰よりもわかってくれてる子になった。そんな莉奈の好きなところ。まず、わたしに対して誰よりも優しい。何でもわたしの我儘を聞いてくれるところ」


莉奈ちゃんが思わずクスクス笑う。


「何それ。でも、事実かも。葉菜の面倒いつもわたしが見てあげてるもんね」


葉菜ちゃんは少し顔を赤らめた。


「でも、ちょっと過保護かも。わたし、これでももう高校生なんだし、莉奈が思うほど子どもじゃない。だけど、それは莉奈がわたしを誰よりも大切に思ってくれてるって証拠だよね」


「や、やめてよ。恥ずかしいじゃない」


莉奈ちゃんも顔を赤らめる。


「わたしにとっても莉奈は誰よりも大切な存在なの。実は、わたしたち、今喧嘩していて……。というのもわたしが悪いの。莉奈の気持ちをちっとも理解してあげていなかったのはわたしだから。莉奈がわたしを友達以上の存在として見ていてくれたことを今までちっとも気付かなかった。親友として失格だと思う。わたしは男の子が恋愛的に好き。だから、莉奈の想いに応えることはやっぱり出来そうにないの。でも、わたしはこれからも莉奈の最高の親友でいたい。なーんちゃって、また莉奈に我儘言っちゃったな。でも、お願いします。桐嶋莉奈さん、これからもわたしの親友でいてください」


莉奈ちゃんはいつの間にかポロポロ涙を零していた。慌ててその涙を拭いながら、手を差し伸べる葉菜ちゃんの手を握った。


「当たり前じゃない。わたしはもう、玉砕覚悟で告白したんだから。でも、やっぱり玉砕してみたら辛くて、葉菜に辛く当たっちゃった。わたしの方こそ身勝手でごめんね」


葉菜ちゃんは涙ながらに首を横に振った。そんな葉菜ちゃんをそっとハグすると、莉奈ちゃんは皆の方に向き直った。


「この子は皆月葉菜。わたしの親友で元好きな人。わたしたちの出会いは、今葉菜が言った通り。葉菜のいいところはね、まず誰よりも可愛いところ。葉菜がお芝居なんて興味のなかったわたしを演劇部に誘ってくれて、こんな楽しい世界があるんだって気が付かせてくれたの。それまでのわたしは、新しいものに挑戦するのに臆病で、面倒くさいと思って意識的に避けていた。でも、それがどんなに勿体ないことなのかってことを、葉菜が教えてくれたの。それに、葉菜は誰よりも純粋で一途。だってさ、五歳の時に出会った一ノ瀬くんに十年越しの片想いをし続けてる子なんて、わたし初めて見たもん」


「ちょっと、その話はもうやめてよ」


葉菜ちゃんは真っ赤になって顔を覆った。俺も気まずくなって目を一瞬逸らせた。莉奈ちゃんは静かにそんな俺と葉菜ちゃんを見て笑った。


「そんないたいけな葉菜をわたしは守ってあげたくて、そばにいてあげたくて、わたしのものにしたかった。でも、葉菜にとって同じ女の子のわたしは友達以上の関係にはなれないのは、もう仕方ないことだよね。だけどね、葉菜。友達は友達でも、わたしたちは普通の友達じゃない。親友だもの。親友も友達以上の関係でしょ? だから、わたしからもお願いします。わたしと親友でいてください」


「はい、お願いします」


莉奈ちゃんと葉菜ちゃんは固く握手を交わし合った。

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