第2場 攻めと受けを交換せよ

 上演が終わるとすぐさまダメ出しの時間となる。容赦ないダメ出しが飛んで来る。特に二年生の先輩からは手厳しい指摘がどんどん入る。青地も真剣そのもので、台本に沢山入れた赤ペンのメモを見ながら細かいダメ出しを出していく。主役である俺は、出番も多ければ、受けるダメ出しの数も多い。百合丘の部長が真っ先に俺にこんなことを言い出した。


「ええと、アキ役の一ノ瀬くんなんだけど、役の上では攻めってことになっているんだよね?」


ええと、「受け」と「攻め」といえば、BLの世界で女役と男役ってことだよな。確か、アキは能動的な方だから、男役、つまり「攻め」の役ということになるんだった。


「はい。そういうことになります……かね?」


「そういうところははっきりと自分で把握しておかないと。アキがどういう子なのか、きちんと劇中で果たすアキの役割や性格、内面についてわかっていないと、曖昧なままやっていたらダメだよ」


いきなり、厳しい指摘を受け、俺は首をすくめた。


「す、すみません……」


「台本を読む限り、アキは攻めの方だよね。でも、何か一ノ瀬くんの芝居を観ていると、ずっと受け身なんだよね。もっとアキはグイグイいく性格でしょ? でも、ハルと一緒のシーンになると、何処か一歩引いているように見えるんだよね」


「はぁ……」


俺、これでも精一杯グイグイとハルに迫って行くアキっぽさを出しているつもりなのだが……。


「ねぇ、つむつむ。いつもこうちゃんと夜のポジションはどうなっているの?」


いきなり美琴ちゃんがそんなことを、聖暁学園だけでなく百合丘学園演劇部の部員全員がいる前で言い出したので、俺はすっかり身体全体が沸騰しそうな程熱くなった。


「どどどど、どういうことですか?」


俺はすっかりテンパってそう叫んだ。美琴ちゃんはそんな俺の慌てる様子をすっかり楽しんでいる。


「だから、夜のポジションのこと」


「そ、そんなのここで関係ないじゃないですか」


「関係あるわよ。だって、攻めのキャラを演じるんだったら、まずは攻めの気持ちをちゃんと味わった方が、その感覚を得やすいってものでしょう?」


そりゃそうかもしれないけど、この場でそんな話を始めるなんて、特に女の子たちの前でそんな話をするなんて、デリカシーがなさすぎじゃないか!


「えっとねぇ、美琴ちゃんはどう思う?」


航平が悪戯っぽく笑って美琴ちゃんに問いかける。お前も話に乗っているんじゃねえよ!


「やっぱり、こうちゃんが攻めでつむつむが受けでしょ?」


「ピンポーン! 大当たり! 紡ったら、いっつも夜になると甘えちゃって大変なんだよ? 俺の服脱がせてよぉって甘えた声出しちゃってさ」


百合丘学園の女子部員たちから「キャー」という歓声が上がる。俺は頭から湯気が出そうな程顔全体がかっかと熱くなった。すると、すっかり嬉しそうな様子の美琴ちゃんは、


「やっぱりねぇ。じゃあ、あなたたちに命令します。今夜、ポジションを変更しなさい」


と満面の笑みで俺たちに命じた。


「へ?」


「だから、つむつむが攻め、こうちゃんが受けで一夜を過ごすのよ!」


「えー? 紡が攻めって僕、何かイメージ出来ないんだけど」


航平がブツクサ文句を垂れている。何だと? 俺だって、航平を責めるくらいのこと、いくらでもしてやるよ。俺だって一介の男なんだ。そのくらい、造作もないさ。俺は一瞬、そんな血迷ったことを思った。そして、後先考えずに、すっくと立ちあがると、こう宣言してしまったのだ。


「いいですよ。やってやりますよ。そのくらい簡単なことですから」


航平はポカンとした顔で俺の顔を見上げている。聖暁学園も百合丘学園も合わせた演劇部員たちはもうそれだけで大盛り上がりだ。決めてやったぜ。俺は一瞬勝ち誇った。だが、次の瞬間、俺はとんでもなく恥ずかしい発言を大声でしたことに気が付いた。再び俺は耳まで真っ赤にし、


「す、すみません。俺、出過ぎたことを……」


と言ってすごすごと座った。だが、すっかり鼻息を荒くした美琴ちゃんが俺に飛びついて来た。


「その心意気よ! どんな感じだったか、明日の稽古で聞くことにするわね!」


「え、感想を言うんですか?」


「もちのろんよ。だって、ちゃんとその感覚がどんなものだったのか覚えておかないといけないからね。しっかりと今日は攻め受けのポジションをチェンジして、熱く盛り合うのよ!」


盛り合うって、俺と航平は犬か! 俺は助けを求めるように航平を見た。だが、航平は立腹したように、


「ふんっ! 調子のいいこと言っちゃって。僕、もう知らないからね」


と言ってプイッと横を向いた。


「あはは! 頑張ってね、つむつむ」


兼好さんが俺をそう言って揶揄う。いつものように優しい西園寺さんがそんな兼好さんを諫める。


「だめだよ、健太。そんな風につむつむのこと苛めたら」


「あはは。ついついつむつむが可愛くて苛めたくなっちゃうんだよなぁ」


「はぁ? 健太、僕の前でそんなこと言うなんて有り得ない」


西園寺さんが膨れっ面をする。


「もう、怒るなよぉ。ほら、今夜はもっと悠希のこと大事にしてやるからさ」


「本当?」


「ああ。約束だよ」


 あーあ。二人で、百合丘学園の部員を前にキスまでおっぱじめているし、もう何でもありだな、聖暁学園演劇部は。西園寺さんも、俺の味方をしてくれると思ったら、兼好さんといちゃつきたいだけかよ。そりゃ、付き合ってすぐの今は一番いちゃつきたい時期だというのはわかるけどさ。


 百合丘学園の部員たちは、俺と航平だけでなく、兼好さんと西園寺さんまで付き合い始めたのを知ってざわめき立っている。そりゃ、そうなるよな。俺は苦笑した。


「え、ええと。午前中の稽古はこの辺にしてお昼にしましょう」


青地が汗を額からポタポタ垂らしながらテンパった様子で叫んだ。青地にとっては、二組も男同士のカップルがいるという状況は、どうやら刺激が強すぎたようだ。この上、奏多と漣まで付き合っていることを知ったら、青地はこのまま鼻血を出して倒れるのではないだろうか。ご愁傷様です。

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