第10場 親友からの告白

 文化祭も無事に終了し、俺が後片付けが始まった。俺と航平が廃材置き場までゴミを捨てに行った帰りの時のことだ。


「紡くん。航平くん」


俺はいきなりとある聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、校門の陰から葉菜ちゃんがちょこんと顔を出して俺たちに手を振っている。


「葉菜ちゃん? どうしたの?」


「紡くん、航平くん、ごめんなさい! わたし、二人の関係を壊すようなことをして! 全部わたしの勘違いだったの」


いきなり謝り始めた葉菜ちゃんに、俺と航平は驚いて顔を見合わせた。


「どういうこと? 勘違いって?」


俺が尋ねると、葉菜ちゃんは涙ながらに話し始めた。


「紡くんがわたしたちの学校まで来てくれたことあったでしょ? あの時、わたし、紡くんが莉奈と一緒にいたから、すっかり紡くんが莉奈と付き合っているものだと思って、あなたに酷いことを言った……。ごめんなさい!」


あぁ、そういうこともあったなぁ。県大会の直前に、莉奈ちゃんに頼まれて俺は一人、百合丘学園を訪れたんだっけ。県大会なんてついこの間のことなのに、何かもう遠い昔のような気がして来る。


「でも、あれはわたしの勘違いだったんだね。わたし、この前莉奈に告白されたの」


「マジで!?」


「えー!?」


俺と航平は同時に叫んだ。莉奈ちゃん、あの感じじゃ葉菜ちゃんに告白なんかしないんだろうなと思っていただけに驚きだ。


「で、何て答えたの?」


「まだ、何とも答えていないの。ちょっと考えさせてって言ってる」


「そうなんだね……」


「うん……。でね、紡くんと航平くんの仲をわたし、かき乱しちゃったなって思ったの。そもそも、紡くんが百合丘に来てくれたのは、わたしが莉奈と喧嘩していたからでしょ? 莉奈がそう言ってた。紡くんに相談したんだって。それなのに、わたしったら変に勘違いして、紡くんに暴言吐いて、追い出して、そのせいで先生に見つかって大変だったって青地先生から聞いた」


「いや、まぁ、そんなこともあったかな……あはは」


「県大会の紡くんたち、いつもとちょっと様子が違った。地区大会の時より精彩を欠いていたというか……。もしかして、わたしの件が関係しているのかなと思って。莉奈ちゃん、紡くんの後をつけて来ている航平くんを見たって言ってたし」


「え? 何の話だっけなぁ。よく覚えてないな」


よくもまぁ、こんな風に白々しくとぼけられるもんだ。俺は軽く航平を小突いた。


「全部、わたしの責任だよね……。聖暁が県大会で最優秀賞獲れて本当によかった。もし、わたしのせいで県大会で敗退していたらと思うと……」


「いや、もういいって。俺たちそんなこともう気にしてないから。中部大会に進むことも出来たしね」


「でも……」


「いいってば。航平も気にしてないよな?」


「うん。全然僕たちは大丈夫。それより、心配なのは葉菜ちゃんと莉奈ちゃんの関係じゃない? どういう返事を返すつもりなの?」


航平にそう尋ねられた葉菜ちゃんは口ごもった。


「……それが、どうしたらいいのかわからないの。今日、聖暁の文化祭に来たのは、まずは紡くんと航平くんに謝りたかったのと、このことについて相談をしたかったからなの。わたし、莉奈とはずっと友達でいたいと思ってる。大きな喧嘩しちゃったけど、でも、やっぱり演劇部では欠かせないパートナーだし。百合丘に入ってから、ずっと何でも話し合える親友になったんだ。でも、ここで莉奈の告白を断ったら、わたしたちの関係どうなっちゃうんだろうと思って怖いの」


「怖いっていっても、葉菜ちゃんは莉奈ちゃんのことを恋人として見られるの?」


「……わからない。わたし、女の子に告白されたこともないし、女の子に恋する気持ちもわからない。でも、ちゃんと莉奈に向き合って、莉奈のこと好きになるように頑張ったら、何とかなるのかな? このままわたしたちの関係が終わったりしないよね?」


と葉菜ちゃんは必死に訴えた。俺も航平もどう返答していいのかわからずに、顔を見合わせて黙ってしまった。


「それはダメだよ」


と、俺たちの会話を何処で訊いていたのか、部長がそこに合流した。


「えっと、あの……」


「ああ、ごめん。まだ一度もちゃんと挨拶したことがなかったね。聖暁学園演劇部部長の立野燿平です」


「はじめまして。百合丘学園演劇部の皆月葉菜です」


「皆月さんとは夏のワークショップで一度会っているよね。それから、大会でも何度か顔を合わせてる。確か、皆月さんは一ノ瀬くんの幼馴染なんだよね?」


葉菜ちゃんはコクリと頷いた。


「それで、今、ちょっと立ち聞きしちゃった話なんだけど、皆月さんが言っていた莉奈ちゃんって子は、確か百合丘で皆月さんと一緒に主役を演じてる子だよね」


「はい。桐嶋莉奈っていいます」


「桐嶋さんね。で、その桐嶋さんと皆月さんは百合丘の中学校に入学した時からの付き合いってことになるんだよね? 何でも言い合える親友だっていう。で、その桐嶋さんに告白されて、どうしようか悩んでいる」


葉菜ちゃんはもう一度コクリと頷く。


「皆月さんが桐嶋さんを恋愛対象としてちゃんと見られるのならオーケーしたらいいよ。でも、ただ友達関係を壊したくないからという理由でオーケーしたら、逆に友達関係は壊れちゃうよ? 友達と恋人は違う。それは皆月さんもわかるよね?」


「わかってます。でも……」


「じゃあ、もしだよ? 皆月さんと仲のいい男友達で親友と呼べる男の子がいたとするね。皆月さんはその男の子のことが好きになった。でも、その男の子は皆月さんを恋愛対象として見てはくれなかった。でも、その男の子は皆月さんと仲が悪くなりたくないという理由だけで、皆月さんの告白にオーケーした。それで、皆月さんは本当に幸せだと思えるかな? ずっと幸せでいられるかな?」


部長ったら、俺と葉菜ちゃんのこと、話していないにも関わらず知っているんじゃないかと思える程ドンピシャな例えを繰り出す。俺はドキリとした。葉菜ちゃんは俺の方をチラリと見やった。


「それは……多分、無理だと思います」


「だったら、その桐嶋さんについても同じことだよ。お互いの傷を最小限にするためにも、自分の気持ちを正直に言った方がいい」


「そう……ですね」


葉菜ちゃんは消え入りそうな声で頷いた。

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