第9場 思いを馳せる来年の演劇部
体育館のステージでは、特進クラスの演劇発表の準備が着々と進んでいた。俺と航平もその手伝いを買って出ることにした。
「二人とも凄かったよ。感動しちゃった」
「あんな演劇には勝てないよな」
「県内一の演劇部ってだけあるね」
皆が口々に俺たちに演劇部の発表の感想を興奮気味に伝えて来る。信輝まで俺に向かって、少し気まずそうにこんなことを言い出した。
「俺、ちょっとお前らのこと誤解していたわ」
「誤解?」
「男同士でチョメチョメしながらキモい芝居してるんだろうなって、正直最初はバカにしてたんだよ。でも、あんなに真剣な演劇をやってるんだなって、俺、今日初めてわかった。それにさ……」
「それに?」
「お前らの演劇観て、男同士の恋愛だからって、笑いモノじゃないんだな、ていうか、普通の恋愛と一緒だなってちょっと思った。それだけだ」
信輝はそれだけ言うと、そそくさとその場を立ち去ろうとした。数週間前まで、俺や航平をあんなに見下していた信輝の癖にな。俺は何だかくすぐったい気持ちになったが、信輝のこの変化は満更でもない。
「頑張れよ、芝居。役者として舞台に立つからには手は抜くなよ!」
俺は信輝の後ろ姿にそう声を掛けた。信輝は俺に振り返ることはせず、「おう」と小さく返事をすると、片手を挙げた。
ほとんど全体練習もないままにステージに上がってクラス合唱を披露してお茶濁しした俺たち普通クラスに対し、特進クラスの演劇発表は本格的だった。この出来なら、普通に地区大会くらいは突破できるだろう。県大会の最優秀賞は勿論、俺たち演劇部がもっていくけどね。だが、この日受けた観客からの声援は、特進クラスが一番だった。漣は主役として、舞台の上で一際異彩を放ってみせた。生き生きして、こんなに楽しそうな漣の表情を見るのは初めてだった。
終演後、文化祭の出店を回りながらブラブラ歩いていた俺に、こっそり漣が話しかけて来た。
「紡、いろいろ迷惑かけて悪かったね」
いきなり「紡」呼びをされたことに、俺は食べ歩いていたアメリカンドッグを喉に詰まらせ、思わず咳き込んだ。
「脅かすなって! あー、びっくりした」
俺はペットボトルの水をグイッと飲み干した。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないって。死ぬかと思った」
「ごめん」
「で、いきなりどうしたんだよ?」
「うん……。今日ね、初めて舞台に立って、お客さんの前で演技してみて、演劇ってこんなに楽しいんだなってわかったんだ。いつも一緒に教室で勉強しているクラスメートなのに、舞台の上では全然違う人になっていてさ。芝居なんて、ただ別人の振りをしているだけだと思っていたのに、あのスポットライトの熱気で照らされた舞台の上では、全然違う世界が広がってた。僕はもう一度、あの場所に立ちたくなったよ」
と熱っぽく漣は語った。俺は思わず漣に同意した。俺も自然と「東崎」呼びから「漣」呼びに移っていた。
「漣もそう思うだろ? 舞台の上ってめっちゃ気持ちいいだろ? あの感覚、癖になるよな。しかも、お客さんも俺たちと同時に呼吸している感じがしない?」
「するする!」
俺たちはワイワイ盛り上がった。俺たちの間からはもう溝はすっかりなくなっていた。今、俺たちの間に代わりにあるものは、演劇にかける情熱だ。
暫く語り合っていた俺たちだったが、漣はいきなりしんみりとして
「でも、紡が同じ演劇部の仲間だって言ってくれたの、本当はちょっと嬉しかったんだ」
と言った。
「え?」
「せっかく、紡が仲間になろうって言ってくれたのに、僕は最初、素直になれなかった。ごめんね、紡」
やめろよ。そんなこと言われたら、俺、泣きそうになるだろ。俺が思わず涙をゴシゴシ擦っていると、
「ねぇ、紡って結構涙脆いよね」
と漣が笑った。
「う、五月蠅い。余計なこと言うな」
「あはは。ごめんごめん。でも、これから、僕も紡や航平と一緒に全国大会目指したい。今回は裏方スタッフとしてだけど、絶対、上演が上手くいくように僕も支えるからさ。だから、一緒に頑張らせて欲しいんだ」
「……うん、当たり前だろ……」
ダメだ。涙が止まらないよ。俺は泣いてしまって上手く言葉を紡ぎだせない。
「それからね、来年の大会は紡と航平と一緒に役者として舞台に立ちたい。そして、また地区大会から始めて、大会を戦って勝ち上がっていきたいんだ」
「……そうか。うん。頑張ろうな」
俺はくしゃくしゃになった泣き顔のまま、漣と固い握手を交わした。
投票の結果、クラス発表での最優秀賞は当然のように特進クラスが無事受賞した。しかも、学年で最優秀賞だっただけではなく、三年生まで合わせた全学年の中でも第一位を獲得し、優勝トロフィーが二つ同時に送られた。どうやら、一年生が上級生を差し押さえて全校一位の座を獲得するのは文化祭の歴史において初めてのことらしく、奏多も漣も信輝も、そして他のクラスメートたちも泣きながら喜んでいた。俺はもう特進クラスの生徒でもなんでもないのに、何故かそんな彼らの姿を見ているうちに、鼻の奥がツーンとして来て、思わず涙が零れないように上を向いて目をバシバシ瞬かせていた。
その時、特進クラスの演劇発表をこっそり観に来ていたらしい美琴ちゃんが俺の耳元で囁いた。
「つむつむとこうちゃん、二人で特進クラスの演劇の手伝いしてあげたんだって?」
「え、知ってたんですか?」
「知ってるわよ、そのくらい。職員室でも話題になっていたんだから。演劇部員が特進クラスに出入りしているようだって。そのおかげで、特進クラスが今まで見たことないくらい盛り上がってるってね」
「えへへ、そうだったんですね」
「でも、短期間で仕上げた割にはよくやったじゃない?」
「いや、俺たちは特にこれといって大きなことはしていません。あいつらが頑張った結果ですから」
「そうね。来年の大会の構想も少しずつ出来つつあるわ。かーきとれぴも、いい感じのカップリングになりそうね」
美琴ちゃんはそう呟いてニヤリとした。また例の悪い妄想をしているようだ。いや、既にそれは妄想ではなく、現実化している訳だが……。
「かーきとれぴって、もしかして、あの二人の演劇部でのネーミングですか?」
「決まってるじゃない。二人に名前付けるの、大会で忙しくてずっと後回しになっていたからね。後で皆の前で大発表よ! それに、あの二人にも部員の皆の部活名を呼ぶようにして貰わなくちゃね」
かーきにれぴか。また可愛いようでへんてこりんな名前がつけられたな。あの二人、どんな反応をするんだろう。俺は思わず笑いがこみ上げて来てクスリとした。
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