第8場 文化祭で誕生した二組目のカップル
演劇部の上演が終わり、緞帳が下がった後、西園寺さんは泣きながら兼好さんの頬をペチペチと叩いた。
「イテテテ! やめろって、悠希!」
兼好さんが思わず声を上げた。
「だって、だって、カモフラージュで女の子をナンパしていたってこと? そうやって僕を騙して、僕の気を引こうとしていたってことでしょ? 健太、バカすぎる。そのせいでどれだけ僕が落ち着かない日々を過ごして来たのか知らないでしょ」
「ごめん、悠希。本当にごめん」
「許さないよ、健太。僕は絶対、そんな最低な健太のこと許さないから」
「だったらこれで我慢してくれよ」
兼好さんは西園寺さんの唇に、舞台の上でしたものよりももっとディープな大人のキスをした。演劇部員たちは思わぜ全員赤面し、「おー」と小さな歓声を上げた。
「ちょ、ちょっと、健太。恥ずかしいってば」
西園寺さんはすっかり赤くなっている。
「じゃあ、続きは寮に戻ったらやろうな」
「はぁ? 何言ってんの。そういう発言は時と場所を選んでよ。健太デリカシーなさすぎ」
「てへへ。わかったよ。悠希、可愛い」
「アホ健太! バカ健太!」
「あはは。言ってくれるねぇ。でも、悠希だって、この前東崎の頭撫でていただろ? お前、東崎のことが好きだったんじゃねえの?」
「はあ? 何言ってるの? 僕は東崎くんの相談に乗って……って、あれ? 東崎くんは?」
その西園寺さんの一言に俺たちは辺りを見回し、そこで初めていつの間にか漣がいなくなっていることに気が付いた。
「おいおい。もうすぐ特進クラスの上演の準備が始まるんだぞ!」
奏多が血相を変えて飛び出して行った。俺と航平も、演劇部の上演の後片付けは先輩部員たちに任せ、急いで漣を探しに奏多の後を追った。
俺たちは三人別々に漣を探した。だが、思いつく場所という場所を巡っても、なかなか漣は見つからない。途方に暮れながら歩いていると、俺はいつの間にか演劇部の部室の前に来ていた。そういえば、大会の稽古が始まってから、ほとんど部室を使っていないな。今、中はどうなっているんだろう。漣を探すことにも疲れていた俺は部室の中を少しだけ覗いてみることにした。
ところが、部室のドアを開けて中に入ると、部屋の隅に
「お、おい。東崎……」
俺が声を掛けるなり、漣は怒鳴った。
「出て行って! 一ノ瀬くんの顔なんか見たくない!」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺の顔は見なくてもいい。でも、これから特進クラスの演劇発表の時間だろ? 東崎は主役なんだしもう準備しなきゃ」
「そんなことどうでもいいだろ! 一ノ瀬くんは別のクラスだし、特進の演劇がどうなろうが君には関係ないじゃん!」
そう漣が叫ぶと共に、部室のドアがガラっと開いて、奏多と航平が飛び込んで来た。
「関係ないわけないだろ!」
奏多が叫んだ。
「さ、西条くん……。別に君にも関係……」
「ふざけるな。俺たちずっと一緒に頑張って来ただろ? お前、この前俺に話してくれたよな? 役者をやってみて、芝居の楽しさが少しずつわかって来たって。本番で観客の前で芝居をしてみたいって」
漣は黙って俯いている。すると、奏多は漣の肩を揺さぶった。
「俺たちにはお前が必要なんだよ! お前がいてくれなきゃ、俺たちの芝居は成立しないんだ!」
すると、漣は泣きながら奏多に叫び返した。
「僕の気持ちなんか西条くんにわかる訳ないよ! 誰も僕のことなんかわかってくれないんだ。何だよ。井上先輩なんか、僕が失恋した気持ちがわかるだなんて、自分には告白する勇気もなかっただなんて、好きな人が振り向いてくれる可能性がないだなんて、そんなこと言って慰めようとしてさ。全部嘘だったじゃん。あんな公開告白みたいなことして、逆に相手から告白までされてさ。結局、僕だけ両想いになれなかったんだよ。こんな惨めな自分を突きつけられて、平気でいられる訳ないじゃん……」
「俺だって同じだ」
と奏多が反論する。
「俺だって紡が好きだった。でも、紡と両想いにはなれなかった。だから、俺は少なくともお前のことわかってやれるはずだよ」
漣ははっとした顔をして奏多の顔を見た。だが、すぐに目線を逸らせる。
「西条くんは僕とは違うよ。一ノ瀬くんと両想いになれなかったといったって、今じゃ普通に乗り越えてるじゃん。一ノ瀬くんの恋人の航平とまで仲良くなってさ。僕にはそんなことできないもん……」
「俺だってすぐに受け入れられた訳じゃないよ。最初は稲沢の顔を見るのもムカついてた。今では少しは変わったと思う。でも、稲沢と普通に話が出来るようになったのはつい最近になってからだ。それに、別に紡のことを無理に受け入れる必要なんかない。ムカつくなら、ムカつくやつだと思っていていいんだよ」
ちょっと待ってくれよ。俺、このまま漣に一生憎まれて生きていけっていうのかよ。もうちょっと言い方ってものがあるだろう、言い方ってものが。だが、拗ねる俺など最早この二人にとっては蚊帳の外だった。
「だけど……」
少し躊躇いを見せた漣を、いきなり奏多が抱き寄せて俺と航平の前でキスをした。
「ちょ、ちょっと、西条くん、一体どういうつもりで……」
顔を真っ赤にして慌てる漣に、奏多はそっと囁いた。
「少なくとも、俺は漣の味方でいてやるってことだ」
「僕の……味方?」
奏多は漣に優しく微笑んで頷いた。
「取り敢えず、今は俺たちの本番だ。さぁ、行こうぜ」
「東崎」呼びが「漣」呼びになった奏多は漣に手を差し伸べた。
「……わかったよ。行くよ。僕のせいで舞台を潰す訳にもいかないもんね」
漣はしばしの躊躇の後、奏多の手を素直に握ると、部室を二人で出て行った。
「マジか……」
口をあんぐり開けたまま二人の後ろ姿を見送る俺を、航平が大きな溜め息をついた。
「ふぅ。良かったぁ。ちゃんと西条くんが動いてくれて」
「どういうこと?」
「多分、西条くんならこういう形で漣くんを救ってくれるだろうなって僕、思っていたんだ」
「へ?」
「だから、僕、西条くんに舞台監督は役者やスタッフ全員の様子にも気を配るべきだって言ったんだよ。西条くんが漣くんの様子に気を配ってくれるようにね。僕はあの二人はお似合いだとずっと思っていたから、わざとね」
すると、航平は奏多が漣のことが好きになるということを織り込み済みで、計算高く裏工作をしていたってことなのか。だから、西園寺さんと話す漣の姿を見て、何かを心に秘めたらしい奏多の様子を見て、後は奏多に任せろ、などと俺に言ったのか。返す返すも末恐ろしいやつだな、可愛い顔をしておきながら。
「でも、紡のせいで少し計画が狂ったんだけどね。漣くんのことは西条くんに任せておけばいいのに、勝手に話をつけにいっちゃうからさ。でも、結果的に上手い具合に二人を近付けるヒール役になってくれたのは嬉しい誤算だったけど」
ヒール役って! ああ、もう何なんだよ! 俺だって一生懸命頑張ったのにさ。結局俺が動き回った結果がただのヒール役とはね。
「気にすることないよ。紡は腐っても残念なイケメンくんだから!」
航平はそう言って無邪気な笑い声を上げた。
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