第十一幕 実る恋と破れる恋!恋の乱れ散る文化祭

第1場 対決!?演劇部と特進クラス

 俺たち演劇部は二学期に入ってから走りっぱなしだ。十一月上旬に開催された県大会が終わり、数週間経つと十一月下旬に今度は文化祭がある。何と、十一月は県大会と文化祭の二回、作品を上演する機会があるのだ。文化祭での上演は差し詰め中部大会の予行演習にもなり、案外重要で手は抜けない。しかも、この文化祭で航平や西園寺さんが入部を決意したように、未来の新入部員を獲得するきっかけにもなっているのだ。


 県大会が終了してすぐ、俺たちは稽古に取り掛かった。俺は中部大会進出が決まったことで、全国大会という目標を一層強く意識するようになった。俺は美琴ちゃんが合流する前に、部員を集めて百合丘学園の青地から聞かされた美琴ちゃんの過去を部員たちに話すことにした。そして演劇の世界を去ってしまった美琴ちゃんのためにも、もう一度全国大会での優勝という栄冠を手にしたいのだという、俺が抱く秘かな夢を伝えた。


「美琴ちゃん、何か過去に秘密があるんだろうなと思っていたけど、そんなことがあったんだね」


部長はひたすら俺の話に感心している。


「そういうことなら、俺たちも頑張らないとな。な、西園寺」


すっかり仲直りした兼好さんが西園寺さんの肩をポンと叩いて言った。だが、兼好さんに対する西園寺さんの返答は何やら含みがあるものだった。


「そうだね……。うん。僕も本気で向き合うことにするよ」


「え? お前は何でも全力でやっているだろ?」


「そう……かな? ありがとう」


 西園寺さんはぽっと頬を赤く染めた。西園寺さんの兼好さんへの恋心はもう駄々洩れ状態だ。兼好さんもそろそろ西園寺さんに自分が好かれていることを自覚すればいいのに。女の子をナンパしたという話については枚挙にいとまがない兼好さんだが、案外他人の好意には疎い。実は兼好さん、今まで誰とも付き合ったことがないんじゃないのだろうか。いや、まさかね。


 航平がやる気に満ち満ちた顔をして皆に提案をした。


「ねぇねぇ、皆で円陣組もうよ。全国優勝するぞーってやろ?」


航平の提案に俺たちは即座に乗ることにした。皆で手と手を重ね、部長が仕切る。


「全国目指してファイトー!」


「おー!!!」


俺たちの大声が体育館中に響き渡る。俺たちは互いにハイタッチを交わす。よし、この勢いのまま部活をやるぞー。皆の闘志がメラメラと燃え上がっていた時、


「すみません。俺たち、暫く演劇部の活動休んでもいいですか? 文化祭の上演はちゃんとやるんで」


と奏多が言い出して、皆はずっこけた。


「おいおい、このタイミングでそれはねぇだろ」


兼好さんがツッコむが、奏多に合わせて漣まで、


「ごめんなさい。でも、僕も抜けなきゃいけないんです」


と言い出した。


「そういうことは、もうちょっと早く言って欲しいな。何があるの?」


部長が尋ねると、奏多と漣は申し訳なさそうに頷いた。


「はい……。実は俺たち、文化祭でクラス演劇をやることになっていて。俺、演出担当なんです。で、東崎が主役を演ることになっていて」


「今までは県大会に向けて、演劇部の方を優先していたんですけど、文化祭まではクラス演劇を優先させないと、流石に不味いので」


 そういえば、文化祭では各クラスがそれぞれに出し物をすることになっているんだった。俺たちのクラスは合唱を披露することになっているが、殆どの生徒は部活優先で、歌の練習はおざなりだ。それに比べてクラス演劇なんて、また大掛かりなことを特進クラスも始めたものだ。


「それじゃあ、仕方ないね。二人は大会でもいつも完璧に仕事をしてくれているし、文化祭の上演で大きく大道具の位置を変えることもないから、君たちの仕事内容が変わることもない。だから、クラスの方に行ってもいいよ。芝居の稽古だけなら、俺たちだけで出来るし」


と言って、部長は二人が演劇部を抜けることを許可した。


「すみません!」


「ありがとうございます!」


 奏多と漣は頭九十度の角度で深々下げると、急いで体育館を出て行った。二人が出て行くと、俺たちも早速芝居の稽古に入る。クラス演劇に、俺たち演劇部たるもの、クオリティで劣る訳にはいかない。特進クラスのやつらは演劇部を変人の集まりだと特にバカにしていたよな。そんなやつらの創る演劇に負けてたまるか。奏多と漣には申し訳ないけど、格の違いというものを見せつけてやるよ。俺は一人、鼻息を荒くしていた。




 ところが、クラス演劇の稽古に行ったはずの奏多が、部活を終えて帰る俺と航平を待ち構えていた。奏多は俺たちを見つけると、物凄い勢いで迫って来た。


「すまん! お前らに頼みがあるんだ!」


「いきなり飛び出して来たりするから、ビックリするだろ。何なんだよ、一体?」


「俺たちの演劇の稽古にお前らも付き合ってくれないか?」


 俺が特進クラスの演劇の稽古に付き合えだって? そんなバカな。特進クラスのやつらに俺はいい感情を持ち合わせてはいない。奏多とは仲直りしたが、未だに他のやつらは俺が普通クラスに降格したことを見下しているし、数学の橋田に怒られて教室の前で立たされた時だって、あいつらは俺を笑い者にして来たじゃないか。そんなやつらに協力だなんて却下だ、却下。俺は即奏多の頼みを断った。


「はぁ? そんなの無理に決まってるじゃん。俺たちには時間がないんだよ。文化祭の上演が終わったら、今度は中部大会だ。今は稽古をどれだけしてもし足りないくらい、俺たちにはすることがたくさんある。県大会で修正点もたくさん見つかったしな。中部大会は負けられない戦いになるんだ。全国が懸かっているからな。そういう話をさっきしたばかりだろ」


「わかってる。だから、部活中に、とは言わない。部活が終わった後に、俺たちの稽古を見て欲しいんだ」


 奏多も諦めの悪いやつだ。何度言われてもダメなものはダメだ。ところが、俺が奏多からの再度の願いを断る前に、航平が口を出した。


「ふうん。でも、大丈夫? 僕、やるとなったら厳しくビシバシいくよ?」


俺は焦った。俺はまだ特進クラスを手伝うなんて一言も言っていないのだが、奏多は喜んで航平の手を取って大喜びし始めた。


「本当か? ありがとう、稲沢。恩に着るよ」


と言ってはしゃぐと、


「じゃあ、紡も来てくれるよな?」


と奏多は熱視線を俺に送って来た。


「いいじゃん。楽しそうだよ。折角だし、見に行ってみようよ」


航平までそのように言って俺にせがんで来る。二対一の賛成多数。乗り気な航平を止める術を俺は知らない。俺に勝ち目はなさそうだ。俺は渋々この話に乗ることにした。


「仕方ないなぁ。行きゃあいいんだろ、行きゃあ」


「ありがとう、紡!」


 奏多が俺に抱き着いて来た。奏多は大喜びだが、矢張りあまり気乗りしないなぁ。もし、何か少しでもやつらに揶揄われるようなことがあれば、その時は即帰ることにしよう。俺に抱き着いた奏多を引き剥がそうとして口喧嘩を始める航平を横目に見ながら、俺は憂鬱な気分で溜め息をつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る