第13場 俺たちは一つのチーム

 県大会は順当に俺たち聖暁学園演劇部とライバルの百合丘学園演劇部が揃って中部大会進出を決め、幕を下ろした。聖暁学園演劇部のメンバーも、百合丘学園演劇部のメンバーも号泣しながら、抱き合って県大会優勝を喜んだ。結局、県内では俺たち聖暁学園演劇部は百合丘学園演劇部を置いて他に敵なしの圧倒的一位の座についているらしい。ちょっとやそっとミスをした程度では、不動のトップは揺るがないということだ。流石は美琴ちゃんだ。


 それに、俺のラストシーンでのアドリブは何気に好評で、


『アキとハルの想いが通じた時に思わず涙が出ました』


だの、


『ハルの涙にグッと来ました。本当に涙を流す演技が出来るなんてスゴイです』


などという感想を貰った。


「航平の涙、大好評だね」


俺はそう言って航平を揶揄うと、航平は真っ赤になった。


「し、知らないよ、そんなこと。それより紡、あの時わざと僕が泣くまで待っていたでしょ?」


「さぁ、何のことかな?」


「紡のバカバカバカ! あの時、本当に終わったと思ったんだからね! どうせならもっと早く助け船を出してくれてもよかったじゃん」


「うーん、でも、航平があそこで泣いた方が印象的なラストシーンになると思ったんだよね。お前が泣きそうな顔していたから、これはちょっと賭けてみようかなと思って。そしたら、いい具合に航平が泣いてくれたから、俺もその後の芝居に繋げたんだ」


「紡の意地悪! もう嫌い!」


航平が俺をポカポカ叩いた。その時、


「確かに、あれはつむつむの計算が見事だったわね。うまくこうちゃんのセリフをミスをカバーして、オリジナルの台本よりも感動的なラストに仕上がっていたわよ」


と美琴ちゃんが俺たちの話に首を突っ込んで来た。俺は美琴ちゃんに褒められて何だかくすぐったくなって、鼻の下を人差し指でゴシゴシこすった。


「そんなに感動的でしたか?」


「審査員の先生からも、つむつむとこうちゃんのラストシーンのお芝居、大好評だったわよ。なかなかミスを冷静に対処して、観る者にミスと気付かせず、更に作品のクオリティを上げてしまうなんて出来る役者は多くないわよ。二人の阿吽の呼吸があったから出来た芸当じゃないかしら」


熱っぽく語る美琴ちゃんに俺は嬉しくて、航平は恥ずかしさのあまり、二人揃って赤面した。


「そんなに褒められたら照れちゃいますよ」


「美琴ちゃん、酷いよ! それ、阿吽の呼吸じゃなくて、紡の意地悪なんだからね!」


「意地悪でも何でも、二人のリカバリーがあってこそ、今回県大会を突破出来たといっても過言じゃないのよ。終わり良ければ全て良しってことわざもあるでしょ? これから最後のシーンはこうちゃんに本物の涙を流すようにして貰おうかな。一流の役者たるもの、泣く演技も本物の涙を綺麗に流してみせるものだからね」


いつもは俺にばかり無茶ぶりをする美琴ちゃんが、今日は珍しく航平に無茶ぶりを繰り出した。航平は赤面したままぶんぶん首を横に振った。


「そんなの無理だよ。泣けって言われても、僕、紡みたいに泣き虫じゃないから簡単に泣けないし」


「何だ? 俺が泣き虫ってどういうことだ?」


「あっかんべー!」


航平は舌を出すと、一目散に逃げだした。


「待て、コラ、航平!」


 俺も航平を追いかけて走り出した。いつもの生意気な航平だ。地区大会が終わってから県大会までのこの一か月、ずっと俺とぎくしゃくしていた航平だったが、やっと普段通りのやつが戻って来た。やっぱり航平は可愛くて生意気じゃないとな! 俺は航平とじゃれ合いながら、思わすニヤケて来て仕方なかった。


 今回の県大会を経て、俺や演劇部員全員が学んだこと。それは、この芝居に関わる応援スタッフも含めた全ての人が一つのチームであり、だからこそ、何かうまくいかないことがあれば補い合うことの大切さだ。ラストシーンだけではない。兼好さんのミスをカバーした照明さん、西園寺さんのミスをカバーした兼好さん、それぞれがミスを補って、この作品を県大会最優秀賞の座に導いたのだ。一つのチームでいれば、チームとして上手くいく時も、いかない時もある。上手くいかない時こそ、俺たち聖暁学園演劇部の底力が試されるということなのだろう。


 だが、底力だけに頼る訳にはいかない。そもそも、このことに気が付くのが俺たちは遅過ぎた。地区大会から県大会までの一か月間、俺たちはギクシャクした関係性をずるずる引き摺るだけで、誰も積極的に歩み寄ろうとはしなかったのだ。そのせいで出来るはずの稽古がおざなりになったのは否めない事実だ。次の中部大会までの時間はまた一か月と少し。今度こそ『再会』をブラッシュアップして、全国大会出場できるレベルまで高めていかなくてはならない。


 それから俺は、当たり前に航平がそばにいるものだと思っていたのだが、本当はそれが当たり前でなかったことを今更骨身に染みて理解した。恋人の関係は、ちょっとしたすれ違いであっても、いとも簡単に壊れてしまう。どうせ大丈夫だからと高を括って大事な話を後回しにしてはいけないのだ。大事な存在だからこそ、まずはその大事な存在を一番に考えてやらないといけない。俺はもう航平なしで生きることは出来ないのだから。


 航平は寮に戻ってから、ヨハネスにドイツ行きをやめたことを知らせるメッセージをWhatsAppで送信した。今は俺という恋人と一緒にいたい。そして、演劇部と言う最高の居場所を見つけた航平には、聖暁学園に残るという選択肢以外の選ぶべき道はないのだ。航平は俺の前でドイツ語でメッセージを書いた。


「なぁ、俺にお前がドイツ語を話したり書いたりしている所見せてもいいのか?」


以前、帰国子女を理由に苛められた経験から、人前でドイツ語を使うことを極度に避けていた航平に俺はそう尋ねた。すると、航平はニッと俺に笑いかけて言った。


「いいの。だって、紡は僕のことそのせいでバカにしたりしないでしょ?」


 俺は思わず航平をギュッと力一杯抱き締めた。こんな愛しいやつ、手放せる訳ないだろ。ヨハネス、すまん。やっぱり、どれだけヨハネスが完璧な男でも、一生お前にこの小さくて可愛いやつを渡すことは出来そうにないよ。でも、ヨハネスは最高にいい男だったよ。お前も早く幸せになるんだぞ!

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