第12場 県大会は大荒れ模様
聖暁学園演劇部は終演後、すっかりお通夜状態だった。当然といえば当然の結果だ。そもそもの稽古量が圧倒的に足りなかったのだ。自分のミスにすっかり落ち込んで一人涙を流す西園寺さんに兼好さんがそっと寄り添った。
「悠希、よくやったよ。俺のアドリブにちゃんと合わせてくれたじゃん」
「健太こそ、助けてくれてありがとう。僕はあのままじゃ、本当に作品をぶち壊す所だった……」
「俺こそ、立ち位置間違えて、照明さんの機転で何とかなったけど、本当にどうなるかと思った。皆、ありがとう。俺のミスも全部カバーしてくれて」
俺たちはそんな調子で互いに謝ったり礼を述べたりと忙しい。俺は何とかピンチを機転を利かせて乗り越えたという達成感を終演直後には覚えたものの、矢張りあまりにもミスが多く、このままでは中部大会進出は厳しいかもしれないという不安を募らせた。航平のセリフのミスだけじゃなく、俺もちょこちょこセリフを間違えていたしな……。
俺のことを史上最高の逸材なんて言ってくれた美琴ちゃんに顔向けが出来ないな。俺がここまで打ち込めるものを見つけることが出来たのも、美琴ちゃんが演劇部の顧問をしていたからだ。訳あって演劇の世界を離れた美琴ちゃんを全国の舞台に連れて行く。そんな俺のささやかな目標はここで終わってしまうのだろうか。そう思うと、美琴ちゃんの姿を見るや、思わず俺も涙がこみ上げて来た。
「ほらほら、そんな顔して泣かないの。つむつむ、最後のシーン、頑張ったわね。ちゃんとミスをカバーして様になっていたわよ」
美琴ちゃんがそう言って俺を慰めてくれる。普段は厳しい美琴ちゃんに優しくされると、俺は余計に涙が零れた。
俺、航平、西園寺さんの三人はめそめそ泣き、部長は難しい顔をして黙りこくっている。兼好さんはトイレに籠ってしまって出て来ない。俺たちは一様に落ち込んでいた。だが、何処か今日の大会はおかしかった。どの高校も何やらトラブルが続出しているらしく、ホールの舞台裏は殺気立っている。必死の形相をした他校の部員たちが行き交い、緊迫感が漂う。県内一を決める大会ともなると、緊張感が違うのだろうか。
だが、今日最も上演に失敗したのは百合丘学園だった。葉菜ちゃんと莉奈ちゃんの主役コンビは、前回の地区大会から打って変わって覇気がなく、前回はあんなに笑いを取っていた会場が静まり返っている。俺はこの二人と話し合うため、百合丘まで行った時のことを思い出していた。あの時の二人の雰囲気、最悪だったからなぁ……。あの喧嘩が今の芝居に響いていることは確実だろう。俺は二人の芝居を観ながら気が気ではなかった。
百合丘学園演劇部の部員たちは、俺たち以上にすっかり気落ちした様子で客席まで戻って来た。何人かの部員は泣いている。その中で、葉菜ちゃんは特に泣き腫らした顔をしていた。俺は声を掛けようとしたが、俺の姿を認めるなり、プイッと横を向いて俺に目もくれない。莉奈ちゃんは俯き加減で、周囲に目を向けることはなかった。
県大会優勝の常連である強豪校二校が大崩れした今年の県大会は文字通りの大荒れ模様になった。結果を訊くのが怖いな。俺は大会が終盤になるに連れ、気分がどんよりと重くなっていった。結果発表を前に、とうとう航平が帰ると言い出した。
「紡、帰ったらこっそりそれとなくどうだったか教えてよ。僕、今日は結果発表聞いてから帰る度胸がないよ」
「バカ言うなよ。結果発表が終わったら大道具の後片付けもあるんだぞ。お前一人抜けたら、それだけで作業に支障が出るだろ」
「でも……」
「それに、ここから寮までどうやって帰るつもりだ? ここから最寄りの駅までだって歩いて一時間はかかるだろ」
「それは……どうしよう……」
「一緒に結果聞いて帰ろう。俺も正直怖いけど、折角今まで頑張って来たんだ。どんな結果になっても、今までやって来たことは無駄にはならないはずだよ」
「……わかったよ。その代わり、僕の手をずっと握っていてくれる?」
「うん。勿論だよ。俺も航平にそばにいて欲しい」
俺と航平はギュッと抱き合った。
そうは言ったものの、俺はそんなにメンタルが強い男じゃない。やっぱり結果を聞くのは怖い。全国大会を目指したいという欲もある。ここまで一緒に頑張って来た皆と全国の舞台まで駆け上がりたい。でも、ここでその夢が潰えてしまったら、果たして俺は航平に言ったように「今までやって来たことは無駄にはならなかった」と思えるだろうか。
こうなったら神頼みだ。俺は取り敢えず、世界中の神という神に祈って回ることにした。二礼二拍手一礼をし、十字を胸の前で切り、南無妙法蓮華経をうろ覚えで口にする。ええと、後はアラー・アクバルと唱えて、それから、それから……。
「紡、何か怖い」
俺の様子に航平が若干引いている。
「中部大会に進めますようにってお祈りしてるの。航平もやれよ」
「やだよ、恥ずかしい。変な人に思われるからやめな」
「お前に変な人なんて言われたくないな。航平の辞書には恥なんて言葉はないもんだと思っていたよ」
「何それ? ひっど!」
俺と航平が喧嘩を始めると、司会の声が会場に響いた。
「只今より審査員の先生による講評と結果発表、及び表彰式を行います」
うわー! まだ俺、ヒンドゥー教の神さまへの祈りの言葉を口にしていないよ。そういえば、ヒンドゥー教ってどんな祈りの文句があるんだって? 審査員の講評を聞いている間に調べなきゃ。俺がスマホを取り出して検索しようとすると、
「つむつむ! 会場内でスマホを弄るのはやめなさい。光って目立つわよ」
と美琴ちゃんに叱られた。もう、どうしよう。こうなったら、ひたすらに知っている限りの神さまにもう一度。「かけまくもかしこきいざなぎのおほかみ……」ダメだ! この後何て言うのかわからないや。後は、後は……。
その時、航平が俺の手をそっと握った。
「航平!」
俺は小さな声を上げた。航平はそのまま俺の肩に頭を預ける。航平と手を繋ぎ合わせた瞬間、俺の心はスッと軽くなった。そうか。俺は航平と一緒なんだ。航平とはいい時だけじゃなくて、こうやって不安な時も気持ちを分かち合っているんだ。俺は独りじゃない。
俺も航平の手をギュッと握り返す。
だが、
「結果発表を行います」
という司会の声に再び心臓が急速に高鳴り出す。見ると、先輩部員たちも、奏多も漣も手を合わせて神頼みしている。俺も航平も互いを握る手に力が入る。
「まず、最優秀賞を発表します。最優秀賞に選ばれた二校は、十二月に開催される中部大会に出場いたします」
来た来た来た! 俺たちの運命はここで決まる!
「最優秀賞は、聖暁学園演劇部および百合丘学園演劇部です」
その瞬間、俺も航平も、そして部員皆が総立ちになって雄叫びを上げていた。それと同時に、今までずっと溜め込んでいたものが一気に涙となって溢れ出し、俺は航平と号泣しながらがっちりと抱き合った。俺と航平の周りに奏多が、漣が、そして部員皆が集まって来る。俺たちは揉みくちゃにされながら、喜びを爆発させていた。
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