第4場 頼りになる奏多
航平のやつ、一体何を考えているんだ。俺の名前を呼びながらヨハネスの前で泣くとか。俺は航平の真意がわからず、むしゃくしゃしながら、体育館のステージ上で既に発声練習をしている部員たちに合流した。
「つむつむ、遅い! やる気あるの?」
美琴ちゃんに、遅れて来た俺は厳しく叱責された。県大会に向けた大事な調整期間だ。もう、県大会まで三週間を切っている。地区大会で見つかった修正点を炙り出し、よりよいクオリティの上演が出来るように、この短い期間も無駄には出来ないのだ。
「すみません! ちょっと所用で遅れました」
俺は平謝りしながら、発声練習に合流する。航平をチラッと見ると、やつは何やら気まずそうに目線を逸らせた。本当に何を考えているんだろうな。あの野郎は。
それからの稽古も、航平は俺に対してずっとよそよそしかった。一方、兼好さんと西園寺さんも相変わらず微妙な空気感だ。兼好さんが西園寺さんに話しかけようとする度、西園寺さんは一歩先に何処かへ行ってしまう。地区大会からよりよいクオリティになるどころか、作品の質は落ちるばかりだ。美琴ちゃんに何度も厳しいダメ出しを受けながらも、俺たち演劇部員はなかなか素直になることが出来ず、芝居もうまくいかなかった。
そんな日々は続き、もう県大会まで一週間を切ったある日の部活後、俺の様子に痺れを切らせたのか、奏多が俺を個人的に呼び出した。
「おい、お前いい加減にしろよ。お前のせいで演劇部の雰囲気が台無しになっているの、自覚ないのか?」
俺のせい? その一言に俺はイラッとして言い返した。
「俺だけのせいじゃないだろ。大体、航平が訳わかんねぇことばかり言ってるから、俺だってどうしたらいいのかわかんねえんだよ。あいつ、ヨハネスのこと好きだから、来年ドイツに行くなんて言っていた癖に、ヨハネスの前で俺の名前を呼んで泣いたらしいんだ。俺に興味を失った癖に、何であいつ、そんな意味不明なことしたのかわかんねえよ」
奏多はスーッと小さく溜め息をついた。
「お前、航平が航平がって言うけど、お前自身はどうしたいんだよ」
「俺? 俺は、別に航平の好きなようにすればいいと思ってる」
「それって結局、自分の大事にしているものに向き合わずに、ただ逃げてるだけなんじゃねえの? 稲沢に全部責任転嫁してさ。お前がまずどうしたいのかを真剣に考えて向き合わねえと、このままズルズルお前の望んでもいない方向に事態は進み出すぞ」
「別に逃げてなんか……」
「逃げてないと、本当に俺の目を見て言えるか?」
「言えるよ。言ってやるよ!」
俺はムキになって奏多の顔を凝視した。だが、その瞬間、奏多の真剣そのものな濁り気のない瞳に見つめられ、思わず俺は顔を背けてしまった。ダメだ。今の奏多を俺は直視出来ない。
「……俺は、逃げてなんか……ない」
「そうか。そう思うなら、俺はもうこれ以上お前にとやかく言わない。お前が今のままで後悔しないって言うんだったらな。出過ぎた真似をしたな。すまん。じゃあ、俺、先に帰るわ」
「お、おい。ちょっと待てよ」
俺が止めるのも聞かず、奏多は先にさっさと帰ってしまった。何だよ。俺が逃げてるって。俺が後悔しないかって。航平がドイツにこのまま行って、ヨハネスと付き合うようになっても、俺は後悔なんて……。後悔は……する、よな……。
航平の希望じゃない。俺の希望。俺のやりたいことって、一体なんだ? 航平を大人しく、航平の思いに従って、ヨハネスの元へ送り出すことか? 違う。俺は引き止めたい。ヨハネスが航平にとってどんなに大きな存在だろうと、どんなにヨハネスのことが好きだろうと、俺はみすみす航平をヨハネスに渡したくはない。
俺はヨハネスに比べて顔もカッコよくはないし、強くも優しくもない。ヨハネスは正統派のイケメンなのに対して、俺はただの残念なイケメンだ。でも、残念なイケメンには残念なイケメンなりの意地がある。俺だって、航平を愛している。航平がヨハネスを想う以上に、俺は航平を想っている。俺は負けたくない。こんな所で、勝手に自分はダメだと決めつけて、不戦敗を決め込むような無様な負け方はしたくない。
俺は航平をドイツには行かせない。聖暁学園高等部の三年間。俺は航平と寮でルームメイトとして過ごすんだ。一緒に笑って泣いて、飯食って、風呂入って、ベッドの上でじゃれ合って、時には喧嘩して、でも最後は仲直りして。そんな日常を俺は送りたいんだ。そして、何よりこの演劇部で、航平と一緒に全国大会に出たい。折角、美琴ちゃんと先輩部員とここまで頑張って来たんだ。俺を演劇部にここまで巻き込んでおいて、俺に普通な人生設計を放棄させてまで、とことん振り回したあいつがここでいなくなるなんて許せる訳ねえじゃん。
ありがとうな、奏多。俺、奏多のおかげでわかったよ。俺が今何をするべきなのか。どうしたらいいのか。やっぱり中等部の三年間、一緒に過ごしたお前との絆は一度は切れかけたけど、やっぱり伊達じゃないよな。俺のこと、奏多が誰よりもわかってくれているよ。お前はやっぱり俺の親友だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます