第2場 兼好の好きな人
俺と航平の間には、寮でもずっと微妙な距離感が生まれていた。俺は、航平がヨハネスの元に行ってしまうことに淋しさを感じているのを勘付かれたくなくて、航平につっけんどんな反応しか返せない。それに、航平もヨハネスの元に戻ると言い出してから、すっかりよそよそしくなってしまった。
そんな俺が一人淋しく購買で買ったアイスを食っていると、
「ちょっと、隣、いいか」
と兼好さんが俺の横に座って一緒にアイスを食い始めた。
「なぁ、つむつむ。俺ってさ、何でいつもこうなんだろうな」
兼好さんはアイスを頬張るのをやめ、窓の外をじっと見つめながらそう呟いた。
「どういうことですか?」
「俺、素直じゃないからさ、悠希を傷つけるようなことをしてしか、あいつの気を引くことが出来ないんだよ」
「え?」
「これ、悠希には絶対言うなよ」
何だ? そんなに西園寺さんに知られたら不味い話なのか? そんな秘密の話を俺だけに教えるってことなのか? 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「俺……俺、本当に好きなのは女の子じゃないんだ」
「へ?」
あんなにいつもいつも女の子のお尻を追いかけることしか考えていないような兼好さんの口から出た言葉は、俺の予想を全く裏切るものだった。ポカンとする俺に、兼好さんは苦笑いした。
「びっくりしたよな。ごめん。でも、本当のことなんだ。俺が本当に好きなのは……井上悠希。あいつなんだ」
西園寺さん、まさかの兼好さんと両想いだったなんて! でも、西園寺さんにも兼好さんにその恋心を漏らすなと口止めされていたんだよな……。俺、二人の間で板挟みにならなきゃいけないのかよ。
「悠希のことは、最初はどうでもいい普通の部員の一人だった。でも、去年の大会の台本で、俺と悠希は恋人役に抜擢された。今年もそうだけど、去年はつむつむとこうりゃんみたいに主役としてね。台本を渡された時、悠希のことが好きなのは役の中だけの話だし、俺のリアルな日常には何も関係ないことだと思っていたよ。でも、一緒に作品を創り上げていく中で、悠希の作品創りに対する真剣さに俺は驚いた。俺、最初に演劇部に入ったのは、他の高校の演劇部なら女子部員が多いから、大会なんかで知り合えるんじゃないかって、そんなバカみてえな理由だったからさ。俺、何だか自分が恥ずかしくなっちゃって。それから、段々俺も本気で芝居に向き合うようになっていった」
同じ話を夏休みに西園寺さんから聞いたなぁ。俺は遠い目をして今年の夏休みを思い出す。でも、兼好さんが今は芝居に真剣だということに間違いはないだろう。舞台監督として、地区大会でもテキパキ指示を出し、限られた時間でリハーサルを収めるために駆けずり回っていた。本番での円滑な進行だって、作品の上演を成功に導くために、一番汗を流していたのは兼好さんだ。それに、ナツとして、直情的な性格そのままに自然な演技を披露している。アドリブもたまに交えたり、ユーモアのセンスも他の部員では真似出来ない程抜群だ。
「本気で芝居に打ち込むうちに、俺はいつの間にか、劇中の影響なのか、悠希を特別な目で見るようになっていた。でも、悠希のことが好きだって自覚したのは、悠希の親父が悠希を辞めさせると言って演劇部まで乗り込んで来た時だ」
そうそう。その話も聞いた。
「その時、兼好さんは西園寺さんを身を挺して守ったんですよね」
「え? つむつむ何でその話を知ってるんだ?」
あ、不味い! この話は西園寺さんから兼好さんが好きだと明かされた時に西園寺さんから聞いた話だった。
「え、いえ。航平がそんな話をしていたような……」
俺は汗しぶりながらそう誤魔化した。兼好さんは訝し気に俺の顔を覗きつつも、話を続けた。
「ふうん。こうちゃんから……か。まぁ、いいや。そういうこと。その時、悠希を守ってやりたいって俺、強く思ってさ。こんな感覚、好きだった女の子にも感じたことのない初めての感覚だった。それから俺はずっと悠希のことが好きだ」
「西園寺さんに告白しないんですか?」
「いや……何かあいつに告るとなると、何か恥ずかしくて……さ。多分、あいつは男に告白されても、引いたりしないやつだと思う。というか、基本、演劇部のやつらって、そういう作品をやっている訳だし、他のやつらより抵抗はないと思うんだ。だから、悠希が俺を嫌いになったりすることはないと思う。だけど、やっぱり勇気が出ないんだ……」
二人共似たような所で立ち往生して身動きが取れなくなっているんだなぁ。全く、兼好さんも西園寺さんも素直じゃないよ。
「でも、やっぱりあいつの気を引きたくてさ。俺が女の子引っ掛けて遊んでいたら、あいつ、もしかしたら嫉妬してくれるかもしれないと思って、俺、あいつの前で女の子をナンパしまくって……。でも、あいつはただ笑っているだけだった。俺、本当はもっと悠希に怒って欲しかった。女なんかじゃなくて自分を見ろって言って欲しかった。でも、悠希は今まで俺のすることを否定したことは一度もなかった。その優しさが余計に苦しくてさ」
兼好さんはそう言って涙をポロリと零した。兼好さん、人は見かけに寄らないと言うじゃないですか。西園寺さんがどれだけそのせいで悩んでいたのか、知らないよなぁ。いや、西園寺さんも西園寺さんで、兼好さんがただノー天気に女の子をナンパしまくっていると思っているんだよな。何だ、この人たち。同じような所で、二人でグルグルしているだけじゃないか。もう既にお似合いカップルだよ。
「でも、この前カラオケ大会で悠希が俺に初めて怒った時、俺、それはそれでショックだったんだ。悠希に嫌われちゃったんだなと思うと、本当に辛くてさ。今はあいつの顔を見るだけで辛い。俺ってバカだよな。結局悠希を怒らせても怒らせなくても辛いんだから」
兼好さんは涙を拭うと、淋し気に笑いかけた。
「つむつむはこうちゃんを大事にしろよ。ドイツに今、あいつに行かれたら、俺たちも困るしな。俺と同じ失敗はするなよ」
失礼しちゃうな。俺と航平はそんなヘマはしないよ。だって、俺は航平と……いや、ちょっと待てよ。結局、俺と航平はもっと酷いじゃないか。心が通じ合っていたと思っていたのは、俺の完全な思い込みで、航平の心はとうにヨハネスに傾いているんだから。
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