第7場 いきなり現れたイケメン・ヨハネス

「やめてよ! 誰、君? 僕、君のこと知らないんだけど?」


航平は抱き着いたイケメン外国人を振り払った。


「Huh?Warum sagst du so? Ich habe dir erst am Anfang Aprils Mail geschickt. Hast du sie nicht gelesen? 」


何だ何だ? よく分からない言語で何やらがなり立てているな。航平も嫌がっているし。何処のどいつか知らないけど、航平の嫌がることを続けるやつを放ってはおけない。


「おい、お前、航平が嫌がってるだろ。一体、誰なんだよ」


俺はそのイケメン外国人に詰め寄った。航平の顔が顔面蒼白になった。


「つ、紡。別にいいから、放っておいてよ」


「何でだよ。こいつ、お前に無理矢理何か言っていただろ?」


「無理矢理だなんて、人聞きの悪いことを言わないでください。ボクはコーヘイと小学校の時同級生でした」


いきなりその外国人が流暢な日本語を話し出したので驚いた。しかも、小学校の時の同級生? 航平の小学校って、外国人の多い地区にあったのかな?


「え、ヨハネス、いつの間に日本語を……」


だが、航平が咄嗟に発したその言葉に、俺は更に驚いた。この人、以前は日本語を話せなかったってこと? じゃあ、この人が日本にいた訳じゃなくて、航平が外国にいたということになるのか? 話があまりに急展開で頭がついていかないが、論理的に考えるとそういうことになる。他の部員たちも騒ぎを聞きつけてわらわら集まって来た。


「驚いた? コーヘイをびっくりさせようと思って、コーヘイが日本に帰ってから、ボクはずっと日本語を勉強していたんだよ。おかげで、今日のコーヘイたちの演劇もとっても楽しかった」


ヨハネスというこの若者はキラキラした笑顔で航平に笑いかけた。


「なあ、航平。これ、どういう状況? ちゃんと説明してくれよ」


航平は頭を掻き毟り、


「あー、もう! 何でいきなり押しかけて来るかなあ!」


と叫んだ。


「ちょっとあなたたち、遊んでないで、ちゃんと作業に戻りなさい!」


美琴ちゃんが俺たちに叫んでいる。


「とりあえず、ヨハネスはここで待ってて。今、後片付けで忙しいから。話はその後!」


航平がそう指示すると、ヨハネスは屈託のない笑顔で、


「Ja(ヤー)」


と答えた。取り敢えず、「わかった」ということらしい。




 トラックへの大道具の積み込みが終わった俺たちは、早速航平とヨハネスを囲んで話を聞くことになった。美琴ちゃんはヨハネスの姿を認めるなり、


「もしかして、この人こうちゃんの……?」


とニヤニヤしながら航平の腕をツンツン突いた。ん? このヨハネスという人が航平と何があったというのだろう?


「仕方ないなぁ。こんな話、皆の前でしたくはなかったんだけど……」


航平は大きな溜め息をつくとヨハネスのこと、そして自分の過去のことを話し出した。


「僕は幼稚園の時から小学四年生まで、親と一緒にドイツに住んでいたんだ。デュッセルドルフって街でね。ドイツでも、日本人が特に多い地域なんだよ。そこで小さい頃ずっと過ごして来たんだ。多くの日本人の子は日本人学校に通うんだけど、僕の親は僕をバイリンガルに育てたかったらしくて、僕は普通の小学校に入学させられた。そのドイツの小学校で出会ったのが、このヨハネスなんだ。小学校にいた時は、ヨハネスが一番の親友だった。今、ヨハネスの高校は秋休みなんだよね? 十月中旬から下旬まであるちょっとした長い休み」


「そうだよ。せっかくだから、コーヘイの今の高校生っぷりを見に行こうと思ったんだ。それに……」


「ダメ! それ以上は言わないで!」


いきなり航平が血相を変えて叫んだ。だが、ヨハネスはポカンとした顔で、話し続けた。


「何で? 別に悪いことする訳じゃないんだから。だって、コーヘイは来年、ドイツに戻って来るんでしょ? 楽しみだね。ボク、来年会うのを待てなくて、ここまで会いに来ちゃったんだよ」


俺は唖然とした。航平が幼少期にドイツで暮らしていたことはわかった。でも、航平が来年、ドイツに戻るってどういうこと? 俺、そんなこと一度も航平の口から聞いたことなかったんだけど。俺も、そして部員の皆も航平を振り向いた。


「もう、何で言うんだよ!」


航平は泣きそうな顔でヨハネスに怒鳴った。


「O Nein.(オー、ナイン)何かボクは、キミに悪いこと言った?」


ヨハネスも航平の剣幕に困惑している。


「悪いよ! だって、僕はまだドイツに行きのこと、皆には話してなかったんだもん!」


「え、何故?」


「知らない!」


ポカンとするヨハネスや俺たちを置いて、航平は駆け出した。


「おい、航平! 待てよ!」


俺も航平を追って走り出した。


 結局、それ以上航平は部員ともヨハネスとも、ドイツ行きについて何も語ろうとはしなかった。俺たちは一様に黙りこくって寮に戻った。部員の皆の心配はわかっている。全国大会に進出すれば、開催されるのは来年の夏だ。主役の一人である航平が抜けることになれば、全国大会に進出出来ても、代役を探さなくてはならなくなる。でも、俺と航平のペア以外に、この『再会』を演じられる役者などいないように思われた。


 だが、俺はそれ以上に航平がそんな大事なことを何故俺にずっと黙っていたのかということに腹を立てていた。それに、俺は航平はずっと俺のそばにいるものだと思い、すっかり安心し切っていた自分にも腹が立った。体育祭の練習が佳境に入っていた時、航平は俺にこう尋ねた。


『僕がもし、遠い場所に行かなきゃいけないかもってなったら、どうする?』


 俺は今になって気が付いた。そういうことだったのか。俺は何も考えずに、「一緒にいられたらいい」と返事をしたが、その裏で本当にそんな話が進んでいたなんて、思ってもみなかった。俺は航平のことをわかっているようで、何もわかっていないのだ。俺は自分が悔しくて情けなくて、すっかり暗くなったマイクロバスからの車窓を眺めながら、拳をギュッと痛いほど握りしめていた。

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