第6場 地区大会突破か敗退か

 本番を終えた俺たちは、前日の寝不足も祟って、他校の上演中、爆睡していた。何ともまあ、失礼な話ではあるのだが……。俺がふと目を覚ました時、丁度百合丘学園の芝居が始まった所だった。俺たちがBLを舞台でやったのに対し、百合丘学園はGL、つまりは女の子同士の恋愛ストーリーをやるという話だった。葉菜ちゃんと莉奈ちゃんが主役を演じるんだったよな。


 俺は葉菜ちゃんが頑張る姿をこの目に焼き付けようと、頑張って起きていることにした。だが、芝居が始まると、俺はどんどんその世界に引き込まれていった。俺たちがシリアス基調なBL作品だったとすれば、百合丘学園はコメディ基調の楽しい作風だ。葉菜ちゃんは軽快なセリフ回しで、会場を笑いの渦への巻き込んでいく。莉奈ちゃんとの息もピッタリだ。だんだん俺はこの二人が本当のカップルじゃないかと思い始めた。特に莉奈ちゃんの葉菜ちゃんを見つめる熱っぽい眼差しといったら、これを演技でやっているのだとすれば、高校生にして既に大女優の演技力だ。


 俺は最初こそノー天気に他の観客と一緒に笑ったり、シリアスなシーンで息を呑んだりしていたのだが、観ている内に、だんだん不安が大きくなって来た。俺たち、このレベルに達する芝居を出来ていたのかな。特に主役の俺は、何度かセリフもとちっちゃったしな。先輩たちに比べると、まだまだ俺自身大根役者だと思うし、観客が俺たちの作品に入り込んでいるように感じたのは、美琴ちゃんの台本力ゆえなような気がしてならない。俺のせいで県大会に行けなかったらどうしよう……。


 百合丘学園演劇部の上演は大盛況のうちに終わった。盛大な拍手が送られる。その拍手の量も俺たち聖暁学園演劇部の時より大きいような気がして来る。


「み、美琴ちゃん、俺のせいで地区大会敗退なんかになったらどうしよう……」


俺は不安な気持ちを思わず美琴ちゃんにぶつけた。美琴ちゃんはにんまりと笑って、俺の頭を撫でた。


「なーに、不安がってるのよ。県大会への切符は二枚あるのよ? だから、上位二校に入ればいい訳。心配しなくても大丈夫だから、ね?」


「何、紡。心配してんの?」


航平がいたずたっぽく笑いながら俺の顔を覗き込む。


「う、うっせえ! 俺には主役のプレッシャーってものがあるの」


「へぇ、主役のプレッシャーね。一人前なこと言っちゃって、紡ったら」


航平がクスクス笑う。本当に航平のやつったら、いい性格してるよな。俺の不安は航平の生意気なセリフですっかり何処かに飛んでしまった。


 ところが、結果発表の時に目をギュッと瞑り、両手を組み合わせて祈るような様子で一番緊張していたのは、他ならぬ航平だった。だが、そんな俺たちの心配は杞憂だった。俺たち聖暁学園演劇部は百合丘学園演劇部と共に最優秀賞の座を共に分かち合い、県大会へと駒を進めたのだった。俺たち聖暁学園の校名が呼ばれた時、俺と航平は抱き合って泣き出した。何だかんだ、航平も俺と一緒に主役を演じることにプレッシャーを感じていたのだろう。しゃくり上げながら泣きじゃくる俺と航平を先輩部員たちが揉みくちゃにしながら、県大会進出を喜び合った。


「何かさ、俺、お前と稲沢の関係を見くびっていたわ」


部長が掲げる優勝トロフィーを眺めながら、奏多が俺に囁いた。


「俺、お前のことやっぱり諦め切れなくてさ。少しでもお前のそばにいたいと思って、演劇部の応援に立候補したんだ。でも、俺、気付いちゃったんだよ。あんな芝居をしちゃうお前ら二人に、俺は入り込む隙はないなって」


奏多は寂しそうに笑った。


「でもさ、これからはお前ともう一度友達になりたい。稲沢も含めて。俺たち一緒に、これからも演劇部で活動して行きたい」


それって、もしかして……。


「俺、演劇部入るよ」


俺はその言葉を聞いた瞬間、奏多に思わず抱き着いていた。


「やったぁ! 奏多と一緒にまたいろいろ出来るんだね! うん、俺の方こそよろしくだよ」


奏多は照れ臭そうに頬を赤らめた。そんな俺を見た航平がすかさず飛んで来た。


「紡! 西条くんと何仲良くしてるの?」


「航平、また嫉妬か? 安心しろ。別に奏多は俺に手を出そうとしていた訳じゃない。奏多、演劇部に入るんだって」


航平の顔が明らかに不機嫌になる。


「へぇ。何でそんな話になっている訳?」


「俺も演劇部で稲沢や紡と一緒に活動してみたいって思ったんだ」


と答える奏多の方を航平は見向きもしない。


「それに、稲沢には俺、謝らなきゃいけないことがあるよな。四月にお前のこと、ホモで気持ち悪いって陰口叩いていたの、まだ俺ちゃんと謝っていなかったよな。悪かった」


航平は奏多の謝罪に初めてピクリと反応した。


「べ、別にもう気にしてないから」


航平は気まずそうに顔を背けたまま走り去って行った。どうやら、まだ俺と奏多との関係を疑っているらしい。返す返す嫉妬深いやつだ。ま、それだけ俺が愛されているってことで悪くはない感情だけどな。


 だが、そんな一方的に嫉妬される快感に酔いしれていられる程、世の中は甘くないらしい。


「僕も演劇部に入るよ。だけど、まだ君を受け入れるつもりはないからね」


と漣が俺たちに声をかけて来た。奏多に加えて漣まで演劇部の新入部員になるらしい。一気に新入部員が二人も増えたことになる。だが、こっちの新入部員は俺にとってなかなかの曲者くせものだった。


「君ももう気が付いていると思うけど、航平を君のものにしておくのは、僕は我慢出来ないんだ」


「おい、お前、まだそんなことを」


奏多が漣を止めようとしたが、漣は構わずに話し続けた。


「航平は、僕と同室だった時から、紡くん、紡くんってずっと君の名前を呼んでいた。航平はね、君に一目惚れだったんだよ」


それは知ってる。航平自身の口からその話は聞いたから。


「でもね、僕にとっても航平は大切な存在なんだよ。僕は中等部三年間、航平と一緒に生活する内に、航平と仲良くなった。最初はただの友情だと思っていたけど、途中でそれが恋なんだって僕は気が付いたんだ。


 でも、僕とどんなに一緒に生活していても、航平は僕にはちっとも興味を持ってくれない。僕の前でいつも君の話ばかりする。僕は君より優れていることを航平に示すために、勉強を頑張って特進クラスを目指した。少なくとも学力では、君に負けている姿を航平に見せたくなかったから。そしたら、君は高等部に入って特進クラスから普通クラスに降格した。反対に僕は普通クラスから特進クラスに昇格した。俺は完全に君に勝ったと思った。

 

 でも、そしたら、今度は航平と君が一緒の部屋になり、しかも部活まで一緒に始めた。僕には意味がわからなかったよ。こんだけ頑張っても航平は僕に振り向いてはくれない。君みたいに、普通クラスに落ちてもヘラヘラ笑っているような、チャランポランで適当なやつより、僕の何が劣っているのかがわからない。


 だから、僕は演劇部に入ることにした。少しでも航平のそばにいたいから。大会の間は、君に協力するよ。航平の望みも全国大会に出ることだしね。僕が君の足を引っ張って、そのせいで全国大会進出を逃した、なんて言われたら僕が心外だから。でも、君には負けない。絶対に」


完全なる宣戦布告だ。前からどうも俺に対する当たりが強いと思っていたのだが、そういうことだったのか。でも、航平を誰かに渡すなんて、そんなことがやすやす出来る訳ないじゃないか。俺の心はメラメラと燃え上がった。


「いいよ。そんなに言うなら受けてやるよ。だけど、お前に航平は絶対に渡さない。それだけは覚えておけ」


俺は漣と睨み合った。だが、この直後、漣の出現よりもずっと大きな脅威が俺の前に現れたのだった……。




 片付けもほぼ終盤に差し掛かろうとしていた時、向こうの方からこちらへ走り寄って来る足音と共に、そこに見たこともない美しい外国人のイケメンが立っていた。


「Hey, Kohei!!」


イケメンは航平の名前を呼びながら、航平の方に駆け寄ると、ギュッと抱き締め、頬にキスをした。

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