第4場 いざ!地区大会へ!

 一か月弱の大会はあっという間に本番の前日を迎えた。今日は大道具の搬入と本番前最後の通し稽古、通称ゲネプロが行なわれる。そして、明日はとうとう本番だ。ここからの二日間が俺たち聖暁学園演劇部にとっての真の正念場だ。


 朝早く美琴ちゃんと集合した俺たちは早速、大道具をトラックへ積み込む作業を始める。もう、この大道具たちがこの場所に帰って来る時には、俺たちが県大会に進むことが出来たのかどうか、結果が出ている訳だ。そう思うと、俄かに緊張感が高まって来る。大道具の積み込みが終わると、いざ、地区大会の会場となっている市民ホールへと向かう。今日と明日はマイクロバスを貸し切り、学校と市民ホールを往復することになっている。俺も航平も何だか緊張して、言葉数も少なく、ただお互いの手を取り合っていた。


 市民ホールに到着すると、早速俺たち聖暁学園演劇部に絡んで来たのは、あの百合丘学園演劇部とその顧問、青地鼓哲だった。


「おはようございます、聖暁学園の皆さん。明日はまず私たちが県大会への駒を進めさせて貰いますんで、そのつもりでお願いしますね」


相変わらず慇懃無礼な青地だが、美琴ちゃんも負けてはいない。


「へぇ。鼓哲の癖に随分な自信じゃない。言っておくけど、こっちの準備は万端よ。あんたの指導がどれだけ良かったのか知らないけど、明日は全く負ける気はしないわね」


「こ、鼓哲と生徒の前で呼ぶのはやめてください!」


青地は赤面してそう叫ぶと、


「さぁ、こんなレベルの低い人たちは放っておいて、私たちは私たちのすべきことをやりましょう!」


と百合丘学園の演劇部員たちをぞろぞろ従えて向こうに爪先立って歩いて行った。「放っておいて」というか、最初に絡んで来たのはそっちじゃないか。俺は思わず溜め息をついた。


「紡くん、おはよう!」


百合丘の部員たちの中から葉菜ちゃんが俺を見つけ、駆け寄って来た。


「葉菜ちゃん、おはよう。今日と明日は頑張ろうね」


「うん! 紡くんも」


「葉菜ちゃんは今回の作品でヒロインなんだよね?」


「そうだよ。紡くんも主人公なんでしょ?」


「うん。俺たち、まさかこうやって演劇部として主役同士で対決することになるなんて思わなかったよね」


「本当、本当。何か運命感じちゃうなぁ」


「運命なんて大袈裟だなぁ。兎に角、今日は葉菜ちゃん相手でも容赦しないよ?」


「わたしこそ!」


俺たちが笑い合っていると、


「ちょっと、葉菜。こんな所で油売ってないでわたしたちも行くよ!」


と、莉奈ちゃんが葉菜ちゃんの手を引っ張って強引に俺から引き離そうとした。


「もう、莉奈、腕無理に引っ張ったら痛いってば。じゃあ、紡くん、またね!」


「うん。じゃあ、また後で」


俺たちは手を振り合った。すると、莉奈ちゃんが俺に睨みをきかせ、踵を返すように青地たちが集まっている場所へ歩いて行った。


「あいつら、もしかして、百合丘の……」


奏多が俺をツンツン突いた。


「そうだよ」


そういえば、奏多、以前に百合丘学園の女の子と仲良くなりたい、なんて言っていたっけ。


「何、奏多。百合丘の女の子に興味でもあるの?」


「ち、ちげえよ! ただ、あの葉菜って子、お前と仲いいんだなって思って」


「葉菜ちゃん? ああ、あの子は俺の幼馴染だよ。だから、俺たちの間に何も友達以上の感情はないから、安心して葉菜ちゃんにアタックしてもいいよ」


「バカ! そういうつもりじゃねえよ!」


俺が揶揄うと、奏多は顔を赤くして逃げ出した。あはは。意外に奏多も可愛い所あるよな。俺が思わずクスクス笑っていると、


「どうかな? 僕にはそうは思えないけど」


といきなり航平が俺の耳元で囁いた。航平はいつの間にか俺たちの会話を立ち聞きしていたのだった。航平は俺と奏多を見比べながら睨みを効かせた。


「わあ! おい、脅かすなよ」


「ほら、早く大道具の搬入やるよ!」


航平はそう言うと、俺の手を引いてどんどん先に歩き始めた。


 だが、もうここからは戦争状態だ。大道具を搬入してから、舞台に移動し、大道具の位置や、役者の立ち位置を照明や音響のタイミングと合わせていく場当たり稽古を定められた時間内に終わらせなくてはならない。舞台監督の兼好さんのテキパキとした指示出しに従って、それぞれ目安となる位置に蛍光テープを貼っていく。


 続いて、本番前最後の通し稽古、ゲネプロが行なわれる。本番の劇場の特別な空気感を味わいながら、程よい緊張感が心地よい。俺たちは全員が芝居に、そして裏方の仕事に全神経を集中する。俺はこの時、この聖暁学園演劇部に関わる全てのメンバーが一つになっていることを実感した。誰もが同じく緊張感を漂わせながらも、『再会』の完成形を披露すべく、今まで積み上げて来た稽古の成果を出し切ろうという共通の目標を見据え、そこに向かって全力で芝居を創っていく。それが何ともいえない快感を呼び起こすのだ。


 緞帳が閉まり、舞台監督の兼好さんが「五十八分ジャスト!」と叫んだ。ちょうどいい時間だ。時間オーバーは厳禁だが、あまりにも早く終わり過ぎるのもよくない。この調子でやれば、明日は俺たちのベストなパフォーマンスが披露できるはずだ。俺たちの顔にはそれぞれに達成感が既に満ち溢れていた。だが、


「こんな所で満足していてはダメよ!」


と美琴ちゃんは飽くまで最後の最後まで厳しい。ゲネプロを終えた俺たちは、もう一度学校の体育館へ戻って、美琴ちゃんのダメ出しを受けながら、最終的な芝居の調整を行うことになった。だが、どんなダメ出しでも、もうどんと来いだ。俺も、他の部員も皆、どんな指示でも、明日の本番を完璧にするためなら聞くつもりだ。絶対に明日は今までで最高の『再会』を演じるのだから。

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