第3場 チームで一丸となって

 稽古は思ったより順調だった。裏方スタッフとのきっかけ合わせから通し稽古まで、淀みなく進み、俺たちの今年の勝負作『再会』の完成形がはっきりと見えて来た。部長が呼んだ照明と音響の応援スタッフの先輩は、去年の大会からこの演劇部に関わってくれているだけあって、機器の操作には慣れている。奏多と漣も、特進クラスの秀才たちだからなのか、指示された大道具の移動をテキパキと一発で完璧にこなしてみせた。


「順調、順調。これで、後一カ月弱、最後の追い込みを頑張っていきましょう!」


美琴ちゃんも大満足で今日の稽古を締めくくった。


 だが、俺はどうしても航平の様子が気になって仕方がなかった。理由は他でもない。航平の前のルームメイト、東崎漣との関係だ。俺は寮に戻るなり、航平を問い詰めた。


「あの東崎漣ってやつは、お前にとって一体何なんだ? えらい仲良さそうにしていたな」


「別に? ただの前のルームメイトだよ。僕たち怪しい関係に見えた?」


「怪しい関係っていうか……。そもそもだな、航平にとって俺は恋人だろ? 何であの東崎に俺たちの関係を聞かれた時に、恋人だってはっきり言わなかったんだよ」


「だって、紡は僕との関係口外するなって言ってたでしょ?」


「それは……。だけど、お前、合宿の時盛大にやらかしただろ」


「だって、あれは紡の周りに女の子たちがキャーキャー集まって鬱陶しかったから、追い払ってあげたの」


「他の高校の女子部員たちは蠅や蚊なのか?」


「似たようなもんでしょ。紡に手を出そうとするんだから。でも、僕はクラスのみんなには口外していないよ? 演劇部関係で僕たちの関係が公になることより、学校で噂になる方が、紡にとっては困るでしょ?」


 確かにそうだ。実際、他校の大会以外では殆ど接点のない演劇部員たちと、寮生活で衣食住まで共にする聖暁学園の生徒とでは状況がまるで違う。だけど、俺はもう、航平との関係を隠し続けることが、割とどうでもいいものになっていた。俺には演劇部という居場所があるし、別に他のやつにバカにされたって構わないと思うようになっていたのだ。それよりも、あの東崎漣とかいうやつに航平を横取りされることの方が、今の俺にとってはよっぽど大問題だ。


「いや、そんなことはもうどうでもいい。俺たちの関係を言いたいならどんどん言えばいい。東崎に対してだって正直に言ってやればいいだろ。ただのルームメイトと恋人じゃ、その関係性は大違いだ」


「どっちでも大して変わらないじゃん。僕にとって紡はルームメイトでもあることに変わりはないんだから、どう紹介しようが僕の勝手でしょ?」


「何だよ、その言い方! 俺はお前のルームメイトである前に、お前の恋人なんだよ!」


「じゃあ、紡は西条くんとはどうなったの? もう、西条くんのこと振ったんじゃなかったの? 何で演劇部にまで来てるの?」


「知らねえよ! あいつが勝手に来るって言い出したんだろ。俺、体育祭の時以外、あいつと話なんかしてねえし」


「ふうん。本当に?」


「本当だよ!」


 俺たちの言い争いはだんだん激しくなっていく。俺たちは、付き合ってから初めて、大きな喧嘩をした。俺たちは珍しく夕飯も風呂も別々に行動した。俺は半分わかっていた。俺は航平のことで漣に嫉妬している。航平は逆に奏多に嫉妬心を持っている。だが、俺たちはなかなか互いに素直になれていないのだということを。


 だが、俺は一つはっきりしたことがある。漣という存在が現われてから、一度はぐらつきかけた奏多への浮気心はすっかり消え去ってしまっていた。それよりも、俺は航平が漣に盗られてしまうのではないかという心配に苛まれていた。失いそうになった時に、そのものの価値を一番よく理解するという。今の俺はまさにそれだ。


 俺以外に航平があんなに心を許した表情を見せた男はいなかった。航平を下の名前で「航平」と呼び捨てにしていいのは、航平の家族を除いてこの俺だけだ。それなのに、あんなに馴れ馴れしく航平を呼び捨てにするなんて。


 そもそも、俺が数学の時間に外で立たされていた時に、俺を挑発するようなことを言ったのは、俺から航平を奪うという宣戦布告ではないだろうか? そう考えると、漣は虎視眈々と俺から航平を奪い取ろうと狙っていることになる。そんなことさせてたまるかよ! 航平も何だ。いくら旧友とはいえ、そんな危険なやつの前でヘラヘラと愛想を振りまきすぎだ。


「あのさ」


「ねえ」


就寝前、俺と航平はどちらからともなく声を掛け合った。


「航平から言えよ」


「紡から言ってよ」


俺たちの言葉は再び重なり合う。ったく、仕方ねえな。


「東崎とあまり俺の前で仲良くするな。俺、あいつとお前が仲良くしているの、見ていてあまりいい気はしない」


「だったら紡も西条くんとあまり近付かないで。僕、不安になっちゃう」


俺と航平は顔を見合わせた。どちらからともなく笑いがこみ上げて来て、俺たちは笑い合った。


「何だよ、航平。焼餅焼きだな、いつも通り」


「紡こそ、変な心配ばっかしてさ」


「おい、こっちで一緒に寝ろよ」


俺はベッドの布団をそっと持ち上げた。


「いいの? やった!」


航平が俺のベッドに滑り込んで来る。やっぱり俺は航平と一緒にいるのが一番落ち着く。俺は航平を抱き締めながら、安心して眠りへ落ちて行った。




 だが、奏多と漣の攻撃は一向に止むことがなかった。漣は一方的に俺を敵視し、事あるごとに俺に絡みついて来る。一方、奏多は航平と冷戦状態のように、互いを警戒し合い、言葉も交わさない。そして、何より奏多と漣の仲は最悪だ。漣が俺に攻撃的な口をきこうものなら、奏多が俺の代わりに「それはねえだろう!」などと漣に食ってかかり、しょっちゅう二人は口喧嘩をしている。先輩部員たちもそんな俺たちの微妙な空気感を察知したようで、西園寺さんが俺にそっと話しかけた。


「ねぇ、あの二人、つむつむとこうちゃんとどんな関係なの?」


「いやぁ、俺もよくはわからないんですけど……。ただ、奏多については俺のことが好きだったらしくて……」


「ええ? じゃあ、四角関係ってこと!?」


「いや、東崎がどうかはわかりませんけど」


「でも、そう考えると、あの二人の普段の行動も納得できるかも……。この演劇部って、一体どうしてこんな人たちばかり集まるんだろうね。まさか、応援スタッフまでそうとは思わなかったよ」


「確かに……」


「美琴ちゃんがあの二人も連れて来たんでしょ? どういうレーダーしてるんだか、あの人」


俺も感心することしきりだ。いや、俺は感心している場合じゃないってば!


「でも、このまま悪い雰囲気のままじゃ、僕たちもやりにくいしさ。何とか一年生四人で仲良くやれるようにしてよ」


「はぁ……。でも、東崎は俺に一方的に敵対心持ってるみたいですし」


「いやいや、つむつむも相当やり返してるよ?」


「え、そうですか?」


「そうだよ。四人が四人ともバチバチやってるのが、僕が見ていてもわかるよ」


「えっと、それは……」


「兎に角、本番まで時間がないし、トラブルを起こすのだけはダメだからね。地区大会で失敗でもしたら、取返しがつかないよ」


それもそうだ。俺は仕方なく、航平、奏多、漣の三人を呼び集めた。


「取り敢えずさ、折角一緒に活動することになったんだし、俺たち、仲良くやろうよ」


俺がそう切り出すと、早速漣が俺に噛みついて来た。


「はあ? 何で一ノ瀬くんにそんなに偉そうに指示されないといけないんですか!」


俺はイラッとしたが、努めて冷静に返答する。


「だって、俺にとっても航平にとっても、次の地区大会は初舞台なんだ。今年は俺たち、全国大会を目指してる。だから、次の大会で失敗したくないんだ。航平もそうだよな?」


俺がそう話を振ると、航平も頷いた。


「そうだね。紡の言う通りだよ。僕たちは一つのチームなんだ。だから、大会が終わるまでは、一緒に頑張ろうよ」


「でも、一ノ瀬くんなんかと……」


漣が飽くまで反論しようとするのを、奏多が制した。


「いや、俺も協力するよ。俺は紡の力になってやりたいと思って、演劇部の応援に入ったんだ。このままじゃ、紡の足を引っ張っちゃうよ」


まさか、奏多がここまで素直に従うと思っていなかった俺は、いい意味で予想を裏切られて目を見開いた。奏多は照れ臭そうに頭をかいている。


「……わかったよ。協力すりゃいいんだろ、協力すりゃ」


漣も渋々ではあるが、俺たちに協力することを約束した。

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