第5場 彼氏の不興を買った元親友

 奏多の反応は、組体操の練習を重ねれば重ねる程、激しくなっていった。それにも関わらず、二人技からもっと大人数の技になっても、俺と奏多のポジションはいつも隣同士のままだった。奏多がどの技よりも激しい反応をしたのは、ピラミッドだ。崩れる際、俺の身体全体に俺の上に乗っていた奏多の胸、腹そして股間に足と全身が密着した。上に乗った生徒の重みで、より強く俺と奏多の身体は密着する。奏多は練習後、再びトイレに駆け込んで行くのだった。


 騎馬戦でも同じだ。組体操と同じく短パン一枚になる騎馬戦で、奏多を支える騎馬役を務める俺の肩に奏多の股間が当たる。奏多はそのせいでひどく狼狽し、玄武団の騎馬の中で、俺たちの騎馬が最弱だった。何と言っても、奏多は硬直したまま、動くことすらまともにできなかったのだから。


 俺は体育祭の練習の終わる度に、航平に夜の行為を申し込んだ。だが、不自然なまでに航平を求め続ける俺を不審に思わない程、航平は俺の普段の様子について無頓着なやつではない。


 体育祭の練習が始まってから一週間後の週末の夜、事を終えた俺と航平は荒い息を整えながら互いの裸体を直接触れ合わせながら横になっていた。よし。これで今日も航平で奏多のあの感覚を上書きできた。そうホッとしていた時、航平が俺の顔をじっと覗き込んでいることに気が付いた。


「な、何だよ?」


「ねぇ、紡。何か隠していることあるでしょ?」


「べ、別に何も隠してねえよ」


「嘘だ。絶対隠し事してるって! 僕は毎日こうやって紡とエッチなこと出来て嬉しいけど、最近の紡、何か不自然だもん」


嫌な汗が身体全体から噴き出す。俺自身は何もやましいことをしている訳ではないのに、何故、こんなにも後ろめたい気分にならなくてはいけないのだろう。


「そ、そんなのお前の思い過ごしだよ。あーあ、何だか暑くなって来ちゃったな。航平、アイス食いに行こうぜ」


俺は慌ててベッドから起き上がった。だが、航平はそんな俺の腕をつかみ取った。


「紡、僕の目見て」


「は? 何だよ、急に」


「いいから」


俺は仕方なく航平の方を振り向く。透き通るような円らな瞳が俺の目を一心に見つめていた。一点の曇りもない航平の純な瞳を見つめていると、俺は何だかとても居心地が悪くなって来た。


「ねぇ、紡。紡は僕のこと好き?」


「当たり前だろ。航平のことが好きじゃなかったら、他の誰のことが好きだって言うんだよ?」


「西条奏多くん」


航平が出すかもしれないと予想していた名前。だが、実際に航平の口から出されたその名前は、俺を動揺させるのに十分だった。


「か、奏多が何だって言うんだよ」


目を逸らせようとする俺を、航平はベッドの上に押し倒し、俺の両手を抑えつけた。航平が逃げ場を失った俺を真剣な目でじっと見つめて来る。


「ねぇ、紡。紡は奏多くんと何があったの?」


「な、何もねぇよ」


「本当に?」


「ほ、本当だよ! 俺は何もしていない」


「紡から何もしていなくても、奏多くんから何かされたんじゃないの?」


「それは……」


航平の厳しい尋問に、俺は言葉を失ってしまった。そんな俺をじっと見つめていた航平は、


「ねぇ、紡。僕に嘘をついていたら、僕、紡との関係、考え直すから」


と俺が耳を疑うようなことを言い出した。


「お、おい! 冗談だろ、それ」


「冗談じゃないよ。本気だよ」


航平の目は本気マジだった。いや、冗談だとしても、こんな冗談、笑えねえよ。奏多のせいで、何で俺は航平との仲まで引き裂かれないといけないんだよ。俺は航平を失った未来なんて想像したくない。航平だって、俺にとっての航平の存在の大きさはわかっているはずだろ。俺は思わず航平を抱き締めた。


「ダメだ! 俺との関係を考え直すなんて二度と言うな。航平は俺のお前への想いを疑うのか? 俺のこと疑うなんて、そんなこと航平がする訳ないよな?」


「僕はそんな都合のいい男じゃないよ。紡が何をしても僕は全部を受け入れられる訳じゃない。僕にだって譲れない部分はあるんだよ」


 おい、マジかよ。俺のことを無条件に全て受け入れてくれる、温かい俺の帰る場所が航平じゃなかったのかよ。俺の一番大切で、誰にも渡したくない、絶対に失いたくない存在が航平なんだ。そんな悲しいこと言うなよ……。俺は思わず泣きそうになり、唇を強く噛み締め、零れそうになる涙を堪えた。だが、涙はみるみるうちに目に一杯溜まり、一筋の涙がポロリと溢れ出した時、航平はやっと表情を少しばかり和らげた。


「やっと紡が泣いたよ」


「へ?」


「だって、泣くまで追及しておかないと、紡の本心が引き出せないと思ったからさ」


「お、お前……」


「だって、西条奏多に僕、結構ムカついてるんだもん。紡とは絶交したはずなのに、体育祭で同じ団になったのをいいことに急に近付いて来たりしてさ。それにヘラヘラしながら付き合っている紡にもムカついた」


「こ、航平。俺は、奏多とヘラヘラしながら付き合ったりなんかしてないよ。俺はあいつにずっと迷惑しているんだから」


「でも、あいつのこと放っておけないって思ってるでしょ?」


「それは……」


「ほらね、答えられない。まぁ、いいや。今回は紡のその涙に免じて許してあげる。でも、いい? もし西条奏多と何かあったら、僕、紡を許さないからね」


「わ、わかったよ……」


航平を本気で怒らせるととんでもないことになりそうだ。想像しただけでちびりそうになる。来週一週間、何とか無事に乗り切らなくちゃ。これ以上、航平を怒らせないように、奏多との関係はなるべく距離を置くように心掛けよう。

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