第4場 身体と身体を触れ合わせ

 渋々裸になった奏多だが、顔を赤らめたまま、頑なに俺と顔を合わせようとしない。その上、腕でなるべく身体を隠そうと縮こまっている。中等部の時に一緒に風呂に入った時など、こんな反応を俺に示すことなどなかったのに、一体この半年間で何があったんだろう。こんな奏多は初めて見る。


「おい、一年、さっきから何もじもじしてるんだ! しっかりやれ!」


先輩の怒声が奏多に飛ぶ。だが、奏多は一向に俺の目も合わせない。こんなことでは、組体操どころではない。怒った先輩が奏多に詰め寄った。


「おい、お前、聞いてんのか!」


奏多は何も答えない。奏多に対する先輩の苛立ちが募っていくのが手に取るようにわかる。あのムカつく奏多が怒られているのだ。放っておけばいい。一発殴られでもすればせいせいするだろう。


「こいつ、舐めてんな。調子に乗んなよ、一年!」


だが、頑なに口もきこうとしない奏多に堪忍袋の緒が切れた先輩が、とうとう殴ろうとした時、俺は咄嗟に二人の間に割って入った。


「すみません! 俺がちゃんとするんで勘弁してください」


「そうだよ。お前、西条とペアの癖に、何ボーッとしてるんだよ。お前ら二人のせいで練習が止まってんだよ。いい加減にしろ」


先輩の怒りは俺に転嫁する。


「すみませんでした!」


俺は平身低頭謝り続ける。


「お前ら、いい加減にしろよ」


先輩は俺をもう一睨みすると帰って行った。


「バカ。お前なんか関係ないだろ。何でしゃしゃり出て来てるんだよ」


奏多は相変わらず俺から目を逸らせながら小声で悪態をついた。


「知らねえよ。何か、お前が集中的に怒られているのを見るのが、ちょっと嫌だっただけだ」


「は? 何だよ、それ」


「これ以上、怒られないようにちゃんとやろうぜ。俺、これ以上怒鳴られるのは限界だ」


「お前に指示されたくねえよ。俺はちゃんとやるから」


奏多は飽くまでそう主張したが、やはり、俺から目を背けたまま顔を赤くしていた。


 だが、いつまでもそうもしていられない。笛がピッとなる。二人技の肩車をする合図だ。俺は奏多の足の間に顔を潜り込ませた。奏多の股間が俺の後ろの首筋に当たる。その途端、奏多が小さく「あっ」と声を上げた。何、意識してるんだよ。俺はそう思ったが、そんな俺たちの事情など構わずに笛が再び鳴る。俺は、力を全身に込めて、奏多を肩に乗せたまま立ち上がった。


 奏多はぎゅっと足を俺の身体に巻き付け、手を俺の頭に押し付ける。奏多の短パンから覗く生足が俺の上半身にピッタリとくっつき、互いの体温が直接互いの素肌を刺激する。俺の頭上から、奏多の息が激しくなるのが聞こえた。首筋に当たる奏多の股間が心なしか固くなった気がする。おい、一体こいつは何を感じているんだ?


 何度も二人技を繰り返し練習する度に、俺たちの裸体が直接触れ合う。奏多は俺からなるべく視線を逸らせ、俺の顔をまともに見ようとしない。いや、俺の顔を見ようとしないのはいつものことではある。だが、今日の奏多は何処かおかしい。


 三度目に奏多を肩車した時、首筋に当たる奏多の股間がドクドクと波打つ感覚が伝わって来ると共に、奏多の吐息が一層荒くなった。何やら頭上から生臭い匂いが漂って来る。おい、奏多のやつ、俺の頭上で何をしたんだ?


 俺の上から降りた奏多は殆ど泣きそうな顔をしていた。俺が声をかけようとするも、奏多は急いでトイレに走り込んで行った。あいつ……。俺は唖然として奏多の後ろ姿を見送った。


 その後、奏多はなかなかトイレから戻って来なかった。やっと戻って来た奏多は顔を真っ赤に染め、俺と言葉を交わすこともなく、一人だけさっさと服を着て出て行ってしまった。昨日のごとく、先輩の怒声が響くのも無視し、奏多はその日はもう練習に参加することはなかった。


 パートナーを失った俺は、皆の練習を隅に座って見学することになった。俺はひどく混乱していた。奏多のやつは、俺をずっと避けて来た。俺とすれ違っても言葉も交わさず、目線も合わせることなく、互いの存在をないものとして扱って来た。それよりもっと前、俺たちがまだ仲が良かった頃、あいつは俺の憧れる秀才で、誰よりも頼りになる俺にとって唯一無二の大切な存在だった。だが、過去のどんな奏多の姿を思い出しても、今日のように乱れた姿を俺の前に晒したことはただの一度もなかった。


 それに、今首筋で感じたあの奏多の股間から伝わって来た感覚に、俺は覚えがあった。いつも俺と航平が愛し合っている時に感じるあの感覚。重なり合う時に俺も航平も互いへの愛情が絶頂に達した時に訪れるあの感覚。それとよく似ている気がした。もしかしてあいつ、俺のこと……。


「つーむぐっ!」


いきなり後ろから声をかけられ、驚いた俺は思わず飛び上がった。見ると、航平がニヤニヤしながら俺を見下ろしていた。


「わぉ! 紡ったら裸になっちゃってエッチィ!」


いつものように航平が俺を揶揄う。だが、今日はどういうことか、航平を直視することが出来なかった。


「ああ、俺は今、組体操の練習しているからな」


俺は航平と目線を合わせないようにしながら答えた。


「その割には、こんな木陰に隠れて休んでいるなんて、サボってるんじゃないの? へへ、紡もワルだね」


「ちげぇよ。ペアだったはずの奏多が先に帰っちゃったの。だから、俺だけ取り残されちゃって、今、こうして見学してるの」


「へぇ。何で帰っちゃったの? 風邪?」


「あぁ、いや、俺も何だかよくわからないんだ……」


俺は航平の前で、奏多が先に帰った理由を話すのが憚られ、思わず言葉を濁した。


「紡?」


「ああ、うん。何でもない。何か、今日は組体操で疲れたみたいだ。後で一緒に風呂入ろうな」


「うん、いいけど、何か今日の紡変じゃない?」


航平は飽くまでも疑り深い。


「変じゃねえよ。いつも通りだ。後、一つだけ頼みがある」


「何?」


「今夜、俺のことを、その……」


「エッチして欲しいの?」


航平がニヤニヤ笑いながら俺に意地悪く聞いて来る。


「わかってるなら、してくれよ」


「へぇ。紡からエッチして欲しいって言い出すなんて珍しい。一体、どういう風の吹き回しなの?」


「風の吹き回しも何もない。今夜、お前が欲しくなっただけだ」


「あはは! 紡ったら、イケナイ子だねっ! いいよ。紡のエッチなボディは僕だけのものだからね」


航平はそっと俺の頬にキスをすると、スキップしながら立ち去って行った。よし。これで、俺はこの奏多によって植えつけられた変な感覚を航平で上書きするんだ。俺にとっての帰る場所は航平を置いて他にない。航平だけを俺は愛しているんだ。他の男からの愛なんて、今の俺には必要ないんだ。

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