第3場 奏多とペアリング

 体育祭で奏多が俺と競技をしたくないという態度を取り続けるのは、俺にとっては好都合だ。だって、そのおかげであいつとの数々の競技でのペアリングが解消されれば、俺にとっては願ったり叶ったりだからだ。ところが、そんな簡単に自分の思い通りに人生は回っていかない。翌日の練習で、俺は先輩から奏多と二人で呼び出され、大目玉を食らったのだ。


「お前ら、昨日のようなやる気のない態度を取ったら、今日という今日は許さねえからな!」


奏多はともかく、何故俺まで怒鳴られなければならないんだ。俺は憤慨していた。


「昨日のあれは、奏多が勝手に帰っただけで、俺は真面目に練習に参加していたのに何だよ」


俺がボソリと文句を垂れると、地獄耳な先輩は俺が反抗的で恨みがましい目線をこっそり向けていた俺をギロリと睨み付けた。


「何だと? てめぇ、先輩に盾突くつもりか?」


と先輩が俺に凄んだ。こういう体育祭のような行事で先頭に立つような先輩って、どうしてこんなにも脳筋で喧嘩っ早いんだろう。横暴だし、威圧的だし、体育会系の先輩のノリって、本当に受け付けられない。大体、先輩なんていっても、たかが生まれた年が一年や二年早かっただけだろ? 何でそれだけの理由でここまで偉そぶれるんだよ。理不尽極まりないよな。だが、どれだけ先輩をうざったく思おうとも、腕力で圧倒的に劣るであろう相手に堂々と立ち向かえる程、俺は強くはない。殴られたくなかった俺は、


「すみません。何でもないです」


と情けなく謝るのだった。


「チッ。ったく、一年の癖にいっちょ前に反抗してんじゃねえぞ」


先輩はもう一度俺に睨みをきかせると、クルリと身体の向きを変えて去って行った。


「うっざ。ああいう、先輩風吹かせてる先輩って、俺、一番嫌いな人種だわ」


先輩がいなくなると、俺はボソッと呟いた。


「だよな。俺もああはなりたくねえわ」


奏多が俺に同意する。


「お前もそう思うよな! あんなのただの脅迫だよ」


「もし、お前が今度手出されたら警察呼んでやるよ。被害届出してギャフンと言わせてやるから」


「あはは、それ、最高!」


あれ? 俺、奏多と意気投合している? 俺と奏多は顔を見合わせたまま、固まった。俺も奏多も暫しの沈黙の後、「ふんっ」と横を向いた。


「だ、大体、紡がノロマなのが悪かったんだからな。大本の原因を作ったのはお前だろ」


やっぱり、奏多の言うことはムカつく。昨日も今日も俺がノロマ、ノロマって。そりゃ、ノロマだけど、そこまで連発しなくてもいいじゃん。性格悪いな。


「ノロマとか思うんだったら、奏多が俺に合わせて走れば良かっただろ」


「お前、いつもそうだよな。自分に合わせて貰って当たり前。去年だって、俺が試験勉強で忙しい時に、あれ教えてこれ教えてって、一日中話しかけて来て、いい加減うざったいんだよ。あの時から何も変わってないんだな」


「それは悪かったって前に謝っただろ。いつまで俺はお前にそのことを謝り続ければいいんだよ! もう俺はお前に頼ったりなんかしねえよ。二度とな」


「お前に謝れだなんて俺、言ってないだろ。ただお前のそういうところにムカついてるって事実を言っただけだ」


「だから、それはごめんって……」


「ごめんって思うんだったら、ちょっとは俺にも気遣えよ」


俺は、確かに奏多に対する配慮が欠けていた部分はあっただろうが、「気を遣え」なんて普通、本人の前で要求するか? 奏多は暴君にでもなるつもりかよ。俺が気を遣うのは、俺が気を遣いたいからであって、お前なんかに命令されて無理矢理気を遣わされるのはごめんだね。俺は一瞬引っ込んだ怒りが再び沸々湧き上がって来た。


「それはそうと、奏多のせいで俺、昨日膝擦り剥いたんだからな。薬代出せよ」


「は? んなもん、絆創膏貼っときゃ治るだろ」


「そういう問題じゃねえよ!」


「じゃあ、どういう問題だよ!」


俺たちの喧嘩が激化しそうになった時、


「おい! 一年、いつまでくっちゃべってるんだ! さっさと準備しろ!」


と、あの先輩風を吹かる感じの悪い先輩が俺たちに怒鳴った。


「は、はい!」


いくらその先輩の悪口を陰で言っても、本人の前では逆らうことの出来ない俺だった。奏多はそんな俺を鼻で笑った。先輩を怖がるなんて弱虫だ、とでも言うのだろうか。完全に奏多は俺を見下している。俺は悔しさに唇を噛み締めるのだった。




 そんな横暴な先輩を前に、俺は負傷欠場を申し出ることなど出来る訳もなく、日が暮れるまで競技の練習に駆り出されることとなった。今日の競技練習は昨日にも増して最悪だ。体育祭で一番の見せ場である組体操の練習だ。見ている側なら楽しいのだろうが、やる側は大変だ。身体はあちこちを引っ張られて痛いし、人を持ち上げたり持ち上げられたり、キツイし怖いし、俺が一番避けたかった演目だ。だが、一年生の俺に拒否権など存在しない。先輩に言われた通り、俺は組体操への出場は最初から決められていた。


 そんな組体操も奏多とずっとペアを組まされることになっていた。二人技から大人数の技まで、奏多とはずっと同じチームだ。体育祭中ずっと奏多の呪縛から逃れることは俺には出来ないらしい。


 この組体操で一番嫌なことといえば、何と言っても、短パン一丁の上半身裸で、奏多と素肌を触れ合わせなければならないことだ。奏多と裸で密着するなんて、罰ゲームもいいところだ。だが、脱がなければまたあの横暴な先輩に怒鳴られるだけだ。俺は渋々服を脱いだ。周囲を見回すと、俺の身体はこの半年間ずっとトレーニングを続けて来たおかげか、並みの運動部員ほどには仕上がっている。文化部のやつらの中では断トツに俺はセクシーボディだ。そう思うと、案外気分は爽快だ。


 だが、俺のペアの相手である奏多はなかなか裸になって俺と合流しようとしない。何やってるんだ、あいつ。また俺があいつのせいで怒られるじゃんか。奏多を探すと、奏多はただ一人、恥ずかしそうに顔を赤らめ、端っこでもじもじしているのが見えた。ったく、何を恥ずかしがってるんだよ。風呂でもいつも他の生徒と一緒に裸になってるだろ。


「おい、早く脱げよ。お前がグズグズしていると、俺まで怒られるんだよ」


俺が奏多の服を引っ張ると、奏多は真っ赤になった泣きそうな顔を俺に向けた。


「み、見るな。向こう向いてろよ」


「はあ? 何言ってるんだよ」


「いいから、こっち見んな!」


ったく、何恥ずかしがってるんだよ。パンツまで脱げと言われている訳でもないのに、この恥ずかしがり様はどうかしているよ。

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