第八幕 元親友の秘めた想い

第1場 反発し合う者ほど引き合うらしい

 二学期が始まった。この二学期は、演劇部にとって怒涛の四か月間だ。地区大会、県大会、そして中部大会と、重要な大会は全てこの学期の間に開催される。夏休みを通してほぼ毎日稽古を続けて来た俺たち聖暁学園演劇部の上演する『再会』も、そろそろ形になりつつあった。だが、最初の大会である地区大会を前に、俺たち演劇部には一つの障壁が待ち構えていた。


 その障壁の名は「体育祭」だ。九月に入り、聖暁学園の一大イベントであるこの体育祭の準備のために、部活は二週間近く完全に停止させられるのだ。本番に向けた稽古に一番時間をかけたい時期に訪れる毎年のこのイベントは、演劇部にとって一つの鬼門だ。


「二週間後にまた集まる時までに、しっかりと台本を読み込んでおいて、次に集まった時にセリフが抜けているなんてことにならないようにね!」


と美琴ちゃんは俺たちに再三注意した。


 芝居の稽古が出来ないことは勿論だが、この体育祭というイベントは、俺個人にとってもなかなかの曲者だ。俺のような運動音痴な生徒にとっては、非常に有難くない日々が二週間も続く。毎日放課後に日が暮れるまで競技の練習に参加させれるのだ。


 クラスも部活もバラバラになり、玄武、白虎、朱雀、青龍の四つの団に生徒たちは分けられる。俺は演劇部員の中でただ一人、玄武団に配属された。航平は朱雀団に入れられてしまったし、普通クラスで仲の良くなった友達も悉く別の団に入ってしまい、俺はたった独りぼっちで玄武団の最初のミーティングに参加していた。だが、俺はそんなことよりももっと憂慮するべき事態が起こっていることに気が付いた。


 玄武団に配属された一年生の中に、あの西条奏多の姿を俺は認めたのだ。航平や演劇部を巡って取っ組み合いの喧嘩になって以来、俺と奏多は廊下ですれ違っても挨拶すら交わさない関係になっていた。奏多は俺と目も合わせようとしてくれないし、俺もそんな奏多を余計に意識してしまい、自然と避けるようになっていた。半年前に急転直下、「親友」だった俺たちの関係は180度変わってしまっていた。


 だが、言葉は疎か、目すら合わせない俺と奏多は互いを強烈に意識し合っていることは確かだった。俺も奏多も、大勢の玄武団員の中で真っ先に互いの姿に気が付いた。俺と奏多の目線が一瞬交錯し、二人共慌てて目線を逸らした。だが、それからもチラチラ互いを見ては、目が合いそうになると目線を逸らせるのだった。


 そんな意識し合う二人は、好き合っていようと嫌い合っていようと、何故かくっついてしまうというのが世の習わしらしい。俺は組体操のペア、騎馬戦の騎馬チーム、更には二人三脚のペアまで奏多と組まされる羽目になったのだ。何もここまで集中的に奏多とばかりペアを組まされなくてもいいと思うのだが、どうやら運動神経の似たような生徒同士がペアになるらしく、運動音痴な俺と奏多はということらしい。不名誉極まりないペアリングだ。


 早速初日から二人三脚の練習が始まった。奏多は俺と目も合わせずに、互いの足を結び付ける紐をぶっきらぼうに差し出した。


「ほら、さっさと足に結べよ」


奏多は俺の前に足を差し出した。


「俺に紐結べって言うのかよ」


俺も負けじとぶっきらぼうに言い返す。


「何だよ、紐も結べないのかよ」


「は? そんなの言われなくても結べるし」


俺は腹立ち紛れに奏多から紐を奪い取ると、ぞんざいに互いの足を結び合わせた。俺と奏多の足が直接当たる。しかも、この競技、二人で肩を組んで走らねばならない。こんなに奏多と密着したことは、俺たちがであった時代にもなかったことだ。


 「よーいドン」の掛け声と共に、二人三脚に出場する生徒たちが一斉に走り出す。だが、互いに反発心を募らせる俺と奏多が上手くいくはずもない。走り出した途端、俺たちの足はもつれ合い、二人して派手に転倒した。すると、奏多が俺に向かって声を荒げた。


「何グズグズしてるんだよ! お前、どれだけノロマなんだよ」


「ノロマ」という一言に殊更腹の立った俺は、むかっ腹の立つままに、即座に言い返す。


「奏多こそ、タイミングも合わせないで急に走り出すからだろ!」


「は? タイミングなんかお前が合わせればいいだけだろ」


「いや、お前が合わせろよ」


「俺じゃなくて紡が合わせろ」


俺たちが言い合っていると、


「おい、一年! やる気がないなら帰れ!」


と先輩からの怒声が飛んで来た。すると、奏多はチッと舌打ちをすると、「やってらんねぇよ」と俺に吐き捨て、


「わかりました。帰ります」


と先輩に堂々と告げると、本当に帰ってしまった。


「おい! ふざけんなよ、お前!」


先輩の怒声が、お構いなくさっさと帰って行く奏多の後ろ姿に虚しく響いた。こんなことをしたら明日、先輩に大目玉を食らうんじゃないか? いや、上等じゃないか。あんなやつが先輩に怒られるなら、こっちもせいせいするよ。大体、二人三脚が上手くいかない理由を全部俺のせいにしやがって。帰るならさっさと帰ってしまえ。俺だって、あんなやつとペアを組まされて、これからの二週間ずっと一緒に競技の練習をさせられるなんてごめんだ。

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