第11場 彼氏は弟にも嫉妬します

 大道具の制作もお盆休みまでに何とか終わらせ、明日からはやっと俺たち演劇部にも短い夏休みが訪れる。長くて熱い日々を過ごして来た俺は、風呂上りに、すっかり火照った身体をパンツ一枚で夜風に当てながら涼んでいた。夏の部活は暑かったけど、楽しかったなぁ。俺はしみじみと夏の思い出に耽っていた。


 今日は完成した大道具にペンキで色を塗ったのだが、ペンキが乾くまでの間、俺たちは学校のプールに忍び込んで今年の夏初めての水遊びをした。いつも暑い体育館のステージで汗だくになりながら芝居の稽古に励んでいる俺たちにとって、プールの水は格別に冷たくて気持ちよかった。


 未だに鼻に残る塩素の残り香を感じつつ、俺は、うとうとし始めていた。ここ最近、毎晩のように航平と海翔の二人から一晩中抱き着かれ、寝不足が続いていた俺は知らず知らずのうちに眠っていた。


「つーむぐっ! そんな恰好で寝ていたら風邪引くよ」


航平にそっと揺すり起こされて起きた俺は、はっとした。海翔がいない。時計を見ると、もう夜の十時を過ぎている。あいつはもう寝ているはずの時間だ。俺は焦って、


「航平、海翔は!?」


と詰め寄った。


「海翔くんなら、今夜は部長と一緒に寝たいって」


なんだ。びっくりした。部長にすっかり懐いていた海翔だったが、とうとう兄貴の俺から独り立ちする勇気が出たのだろうか。取り敢えず、今夜はゆっくり眠れそうだ。俺がホッとして一息つくと、航平がいきなり俺にギュッと抱き着いて来た。


「ねぇ、紡。昨夜は僕、紡と二人きりになれなかったんだ。せっかく、海翔くんは部長と一緒に寝ることにしたんだし、今夜は二人きりで過ごそうよ」


「航平、急にどうしたんだよ?」


「いいから。そんな恰好している紡を見たら、僕、もう我慢できない」


航平は俺のパンツの中に手を入れながら、俺の唇を奪った。そして、俺をベッドの上に押し倒すと、俺のパンツをずり下ろした。


「こ、航平。お、俺は……」


抵抗しようとする俺の股間を航平がギュッと握る。俺は思わず喘ぎ声を上げた。


「あ、あん」


「紡のエッチ! もうこんなに固くなってる」


「や、やめろよ」


「ねぇ、紡。今夜は僕のことだけ考えるようにさせてあげるね」


航平は俺の脚の間に身体を滑り込ませると、俺のお尻を弄り始めた。


「お、おい! お前、一体何を……」


「紡の身体は僕だけのものなんだ。それを教えてあげる」


何だ何だ? こいつは一体何を考えているんだ。だが、俺にそんなことを考える余裕を与える程、航平は優しくない。俺のお尻に何かが、いや、恐らく航平のアレが入り込んで来る感覚に、俺は思わず言葉にならない声を上げた。


「あぁっ!」


「紡、かっわいい。やっぱり、紡がそんな可愛い顔を見せてくれるのは僕の前だけだね。安心した」


そ、そうか。よくわからないけど、航平が安心してくれたのならよかった。だが、俺の安心も束の間、航平は激しく腰を動かし、俺の身体を中から突き上げ始めたのだ。


「あっあんっ! 航平、や、やめろ、あっ!」


「やめないよ。紡を僕の色で染めるまで、やめないからね」


航平の色に染まっていく俺、か。何だその表現。さんざん俺を振り回したせいで、俺はとっくに航平の色に染まりまくってるっつうの! これでも、航平は足りないって言うのか? いや、まだだ。まだ、俺の身体は航平に染まり切っていた訳じゃないらしい。だって、航平と一つになっているという幸福感を俺は今初めて知ったのだから。まだまだ俺には航平に染められる真っ白な部分が残っているようだ。俺の身体も脳内もすっかり航平に支配され、俺はひたすら快感に浸り続けていた。


「ねぇ、紡。紡は僕のものだよね?」


俺の中で果てた航平が、同時に果てた俺の愛液のかかった腹を舐め上げながら俺に聞いて来た。


「ちょ、ちょっと待てよ。そんなことして、不味くないのか?」


「全然。だって、紡の味がするんだもん。僕は紡の中に、紡は僕の中にこうやってお互いの好きな気持ちを直接沁み込ませ合うんだ」


「やめろよ。そんな表現されたら、恥ずかしいだろ」


「紡は恥ずかしがりやさんで可愛いね」


「ば、バカ」


俺は真っ赤になって顔を背けた。


 何だかわからないけど、航平が海翔に嫉妬していたんだな、ということは何となくわかる。海翔は聖暁学園演劇部に来てからというもの、俺にいつもべったりだったからな。海翔がこっちに来てからは、航平と過ごすよりも、海翔と過ごす時間の方が多かったくらいだ。でも、海翔は俺の弟なんだから、俺にあいつが懐いて来るのは普通のことなのだが、嫉妬深い航平には面白くなかったようだ。


「ねぇ、紡。明日から、暫く僕たち離れ離れになるね」


航平が俺に抱き着きながら少し憂いを含んだ声でそう言った。そうか。明日から楽しみにしていた夏休みだけど、しばらく航平に会えなくなるんだ。ずっとこれまでこうして隣にいることが当たり前だった航平だが、いざ会えなくなると淋しいものだ。


「そうだな……」


「ねぇ、紡。僕に毎日電話してくれる?」


「するよ、勿論」


「じゃあ、僕のこと、忘れたりしない?」


「する訳ないだろ」


本当に心配性だなぁ。


 俺は呆れて寝返りを打ち、航平を抱き締めようとした。すると、航平は涙を目に一杯溜めて小さく震えていた。俺の心の中に航平に対する愛しさが一気に溢れ出して来た。俺は思いっきり航平を抱きしめた。


「大丈夫だ。俺たちはすぐここに戻って来る。俺は航平のことを手放したりしない。だから、安心しろ」


「うん……」


航平は頷きながらポロポロと涙を零し始めた。そして、俺の胸に顔を埋めて暫く肩を震わせながら泣いた。バカ野郎。そんな顔されたら、俺は余計にお前から離れられなくなるじゃないか。たかが一週間足らず会えないだけなのに、そんな寂しそうな顔をして泣くな。この可愛いやつめ。

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