第2場 思いがけない訪問者

 俺たち聖暁学園演劇部の部員は全員で五人。秋からの大会では、俺たち五人全員がキャストとして舞台に立つ。だが、演劇は舞台に立って演技するだけでは演劇作品たりえない。大道具があり、小道具があり、衣装がある。照明に音響の担当者も必要だ。しかし、俺たちのような少人数の演劇部では、裏方専門で働くスタッフに捻出できる程の部員数がいない。そこで、俺たちはそれぞれが役者と兼ねて裏方も担当している。


 まず、演劇作品を創る際に一番重要な役目。それは演出家だ。作品のプランを練り、役者の演技を指導し、大道具小道具照明音響といった舞台装置の組み合わせを考え、一つの作品を完成に導く作品創りの要。所謂灰皿を投げるポジションにいる人だ。その役割を果たすのは、一応部長ということになっている。とはいえ、演出の大部分に美琴ちゃんが関わっているので、殆ど実質的な演出担当は美琴ちゃんといった感じだ。


 そして、舞台監督。通称ブタカン。稽古から本番まで段取りを決め、スムーズに演目が上演できるように調整を図るのがこの役職。普段の稽古では専ら、「よーい、ハイッ!」と映画監督さながらカチンコの代わりに手を打って芝居の始まりと終わりを役者に指示する役目。この役割を果たすのは兼好さん。


 大道具、小道具及び衣装の準備は部員全員の担当だ。ちなみに、本番での大道具や小道具の移動はキャスト自らが行なうか、演劇部の外部の人間に応援を要請する。照明と音響の担当者も基本的には、外部への委託だ。外部からの応援要員は、主に部員が友人に頼み回って人員を確保することになっている。


 そんな訳で、今日は昨日の美琴ちゃんの予告通り芝居の稽古は一旦お休みし、大道具や小道具の制作に入った。いくら応援を頼むとはいえ、あまり大掛かりな大道具や大量の小道具を用意すると、俺たちのような少人数な演劇部では裁き切れなくなる可能性がある。だから、舞台は基本的に簡素なものだ。だが、そこがまた腕の見せ所で、少ない舞台セットでそれぞれの場面のシーンを観客がイメージし易いように工夫するのだ。


 俺たちが大会で演ることになる『再会』でのシーンは主に、家の中、学校の教室、そして河川敷だ。河川敷はプロジェクションマッピングで川を再現する。従って、主に大道具や小道具が必要になるのは家と学校の教室の場面だ。家の中を演出する食卓、そして教室を演出する勉強机。俺たちはどちらのシーンにも応用できるような大道具を制作することにした。


 ホームセンターで木工用具を揃え、校庭裏の空き地で作業をする。校舎の影になり、熱い直射日光が当たらずに涼しい風の入って来る絶好の作業スペースだ。体育館のステージの上で芝居の稽古をしているよりもよっぽど快適だ。ノコギリで木材を切るなんて、小学校の図工の時間以来だろうか。俺は次第に作業に夢中になり、黙りこくったまま一心不乱にノコギリを動かし続けていた。部員全員、作業に夢中になり、ただただノコギリを引く音や金槌を叩く音のみが響き渡る奇妙な静寂の空間が出来上がっていた。


 俺が木材を切り終わり、一息ついて顔を上げた時、俺の視線の先に一人の小学生くらいの男の子が校舎の柱の陰に身を隠しながら、こちらの様子を窺っていることに気が付いた。一体、いつからあの子はあんな所にいたのだろう。作業に夢中で気が付かなかった。それに、何故小学生が聖暁学園高等部の敷地内にいるのだろう? 誰かの先生の子どもかな? そう思ってよくよくその男の子を見た瞬間、俺は「あっ!」と声を上げた。それは弟の海翔だったのだ。海翔は俺に見つかるや、慌てたように校舎の柱に身を隠した。


「どうした、つむつむ?」


部長が俺に尋ねる。だが、すっかり海翔に気を取られ、部長の質問には答えなかった。


「海翔!」


俺は叫んで海翔に駆け寄った。俺は混乱していた。何故、海翔がここにいるのだろう? 俺たちの家から聖暁学園までは電車に乗って一時間もかかる距離にあり、とてもじゃないが小学生が一人で来るような場所ではない。父さんか母さんが連れて来たとか? いや、だったら俺に訪ねて来るという連絡を一本くらい寄越すはずだ。


「兄ちゃん」


海翔は気まずそうにおずおずと柱の陰から出て来た。見れば、所属しているサッカークラブのユニフォームを着たままだ。演劇部員たちがわらわらと集まって来る。


「つむつむの弟?」


兼好さんが俺に尋ねる。


「はい。俺の弟の海翔です」


「へぇ、海翔くんかぁ。かっわいい! 紡の面影があるね。でも、紡より小さい!」


そうやって航平は海翔の頭を撫で回した。とはいえ、航平の身長は海翔と大して変わらないように見えるのだが。見ず知らずの高校生たちに囲まれたためか、海翔はすっかり緊張してガチガチに固まっている。


「海翔、一体お前はこんな所で何してるんだ?」


俺は海翔を問い詰めた。すると、海翔は俺に抱き着くとわっと泣き出した。


「兄ちゃん、何も聞かないで、兄ちゃんの寮で一緒に住ませてよ。もう、僕の頼れる人は、兄ちゃん以外他にいないんだ」


「何言ってるんだよ。そんなの無理に決まってるだろ。大体、ここまでどうやって来たんだ? 交通費はどうした? サッカーのユニフォーム着ているってことは、今日も練習あったんだよな? 家に帰らずにここまで来たのか?」


矢継ぎ早に俺が海翔を問い詰めるのを、部長がそっと止めた。


「そんなに一気に聞いても、海翔くんが困っちゃうよ」


そう言うと、海翔の目線に合わせるように、部長は海翔の前で屈んだ。


「自己紹介が遅くなってごめんね。俺は海翔くんのお兄ちゃんが入っている演劇部の部長だ。立野燿平っていうんだ。よろしくね」


部長が優しく海翔に話しかける。すると、海翔は恐る恐る涙に濡れた顔を上げた。


「い、一ノ瀬、海翔、です」


海翔はヒックヒックとしゃくり上げながら自己紹介をし返す。


「海翔くん、俺たちは海翔くんに何があったのか知りたいんだ。海翔くんが嫌だと思うなら、話さなくてもいい。でも、ちゃんとお兄ちゃんも俺たちも海翔くんの味方だからね」


「僕がどんなこと話しても嫌ったりしない?」


「しないよ。なぁ、皆?」


部長が俺たちの方を振り返る。「しないよ」「大丈夫だから安心しな」

と皆は口々に同意する。


「ごめん、皆。海翔のことで気を遣わせちゃって」


俺が謝ると、


「そんなことないって。海翔くんにも何か事情があるはずだよ。じゃなかったら、わざわざつむつむを頼ってここまで来たりしないって」


と部長は俺の肩をポンと叩いて言った。


「じゃあ、何があったのか話してくれるかな?」


海翔はコクリと頷いた。


 昨日、子ども役のモデルとして、当の子どもである海翔を頭に思い浮かべたりしたが、まさか本人が翌日俺の元にやって来るなんて。今、こうして泣きじゃくっている海翔を参考には……できないよなぁ。

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