第七幕 ひと夏で生まれた小さな恋心
第1場 難しい子ども役
俺がいつぞやの先輩部員たちと出かけた大道具小道具類の買い出しで買ってしまった玩具の刀。高校生にもなってチャンバラごっこをする訳でもあるまいし、何のために使うのだろうと思っていたあの玩具の刀が、今年の大会用の作品で、まさか役に立つとは思ってもみなかった。
幼馴染であったアキとハル。二人が子供時代を回想するシーンで、丁度、玩具の刀を二人で持ってチャンバラごっこをして遊ぶのだ。航平が玩具の刀を持って遊ぶのは似合うだろうな、と思っていた俺だったが、まさか俺までさせられることになるとは想定外だ。なるほど、航平が玩具の刀を持って、
「とりゃー!」
と叫びながら振り回してはしゃいでいる姿は似合っているどころの話ではない。航平は無邪気でやんちゃ坊主な小さな男の子そのものだ。可愛すぎるその姿に俺は芝居を忘れ、思わずニヤケてしまう。高校生になったハルは、内向的でナイーブな性格になってしまっている分、このシーンでは航平の元々の性格がよく活きる。というか、もう芝居でも何でもない、ただの航平の素じゃないか。
対する俺は、このシーンにずっと四苦八苦しっぱなしだ。等身大の高校生としてのアキを演じることに対する心理的抵抗は既にない。だが、小学生を子どもらしく演じるというのは、どうも照れが出てしまう。小学生らしく振舞うというのも、うまくイメージをすることができなかった。
「こうちゃんはいつもこのシーンはバッチリハマってるんだけど、つむつむは少しわざとらしいのよね。子どもだからってオーバーに高い声を出す必要はないの。子どもを演じなきゃいけないんだけど、あまり子どもを演じようとし過ぎないで」
美琴ちゃんのダメ出しが飛ぶ。俺は戸惑った。子どもらしくせずに子どもを演じろと言われてもなぁ。どうやって演じればいいのだろう。今度は子どもを全く意識しないで演じてみる。だが、それも美琴ちゃんの眼鏡には敵わない。
「うーん、それじゃ、いつもの高校生としてのアキじゃない。高校生男子のノリと小学生のノリってちょっと違うじゃない? 自然に演じるといっても、何も工夫しないということとは違うのよね。飽くまでも劇中の役において自然に見せるということだから。そうね、小学校の校庭で小学生の子たちが遊ぶ所、一日観察して来たらどう?」
「そんなことしたら、不審者じゃないですか。それに、今、小学校も夏休みだから、小学生は殆ど学校に来ていないですよ」
「あ、そうか」
演劇部には夏休みらしい夏休みがないので、ついつい今が世間一般の学校においては夏休みであることを忘れてしまう。
「じゃあ、こうちゃんの芝居を参考にしてみたらどう? 小学生役としてとっても自然よ」
「え、航平の芝居ですか?」
俺が航平の方を振り返ると、キョトンとした表情で航平はこっちを見つめている。確かにこの反応一つ取ってもまるで子どもだ。こんなに身近に本物の子どもを超える子どもらしい演劇部員がいるのだから、参考にしない手はないのかもしれない。
いや……。航平の真似をするのは、俺にとって、その辺の小学生の真似をするよりも心理的なハードルが高い。俺が航平のように、無邪気な笑い声を上げ、あざとく上目遣いで甘えたりなど出来るはずもない。
俺は考え込んでしまった。何処かにモデルになるような存在はいないのだろうか。俺に近い場所に小学生なんて……。いや、いた。弟の海翔だ。海翔は今小学六年生だったはずだ。だが、あいつとは離れて暮らしているし、海翔は最早チャンバラごっこをして遊ぶような無邪気さも持ち合わせてはいない。生意気盛りで、俺に反抗してばかりいる子憎たらしいイメージしかない。小学生時代のアキのような屈託のない純粋さの欠片もあいつにはないから却下だ。
俺があれこれ考えを巡らせていると、美琴ちゃんは溜め息をついてこう言った。
「まぁ、あんまり考えすぎて煮詰まってもいいアイデアは出て来ないし、明日からしばらく大道具の制作に入りましょうか」
そうだ。俺たちは未だ、『再会』の芝居の稽古はすれど、大道具や小道具を何一つ制作してはいなかった。もう時期は八月も中旬に入ろうとしている今作っておかなくては、秋から始まる大会に間に合わない。
美琴ちゃんの言う通り、このまま悶々と「子どもらしい演技とは」という難問の解答を考え続けていても、碌な答えを導き出せそうもない。たまには芝居から離れて違う作業をしてみるのも、気分転換になりそうだ。
「わかりました。俺、ちゃんと演出担当として、大道具や小道具、照明のプランも立てて来ているので、これから皆に説明するね。それじゃあ、ここにいるのも暑いし、部室に移動しよう」
部長の提案に、俺たちは二つ返事で乗った。やった! 今日の午後は快適に部活が出来そうだ。俺たちは熱気の籠った体育館のステージを後にした。
「暫く、これでわたしも楽ができるわね」
美琴ちゃんが額から流れる汗をハンカチで拭きながらそう言った。
「大道具の制作は、屈強な男子のあなたたちに全部お任せしているのよね。か弱い女子のわたしは、明日から冷房の効いた職員室でゆっくりさせてもらいます。もし、何かトラブルがあったら言いに来なさい。でも、くれぐれもトラブルは起こさないようにしてね。暑い中外に出て行くのはごめんよ」
美琴ちゃんはいつものことながらちゃっかりしている。これ幸いと、俺たちに力仕事を押し付けて、その間は自分だけ夏休みを取ろうという魂胆だ。美琴ちゃんの考えていることが最近は手に取るようにわかるようになって来た俺であった。
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