第8場 芝居創りは楽しいものだ

 トイレから戻り、大分頭も冷えた俺は、劇作品の制作に取り掛かった。このままダラダラしていても、何もできないからね。俺はチームのまとめ役として、メンバーからアイデアを集め、設定や構成を固めていく。莉奈ちゃんは特に積極的に意見を出してくれるので、俺はすこぶる助かった。


 決まった設定はこうだ。主人公は西園寺さんと莉奈ちゃんの二人。二人は想いを伝えられずにいながらも両想いである高校生だ。莉奈ちゃんの女友達は、西園寺さんと莉奈ちゃんをくっつけるべく、奔走する。だが、そこに現れたのが俺。莉奈ちゃんに片想いをしているが、自信家で尊大な性格をしている俺は、莉奈ちゃんを自分のものにしようと画策し、西園寺さんに嫌がらせを行う。だが、莉奈ちゃんの女友達に西園寺さんを陥れようとしている所がバレ、敢え無く撃沈。西園寺さんと莉奈ちゃんは結ばれる。


 BLばかりやっていると、こういう王道のラブストーリーは新鮮だ。ストーリーを考えているだけでも楽しくなって来る。しかも、俺が今までに演ったことのない悪役だ。主人公よりも脇役である悪役の方が芝居する時は楽しい。大体のストーリーを決めた後、エチュード形式でセリフや動きを大方決めていく。悪だくみをする不敵な笑みや、恋敵である西園寺さんを陥れようとする冷たい目線をあれやこれやと試行錯誤してやってみるのが楽しくてたまらない。俺が悪役よろしく、悪い顔をしながら鼻でフンッと笑ってみせると、グループのメンバーたちは大受けだった。


 この作品の発表会は、ほぼコントだった。俺が小細工をして西園寺さんに意地悪をしようと企む芝居に、会場は爆笑の渦に包まれた。俺が上半身裸で身体中にキスマークを作っていたことも、余計に俺のちょっぴり腑抜けな悪役をより面白く仕上げるのに一役買っていた。まさか、航平のキスマークがこんな所で役に立つとは、人生わからないものだ。


 俺が誰か聖暁学園の演劇部員以外の観客を前にして芝居をした初めての経験。俺が芝居をしていると、俺の呼吸に合わせたように会場の観客も呼吸をしているのがわかる。俺が一生懸命演じる役を、こんなに大勢の人が見てくれて、ストーリーに入り込み、笑ってくれる。観客は役者の演じる世界からは外の世界にいる存在だ。だが、観客の呼吸、感情、笑い声。それを五感で感じ、まるで意思疎通を図っているかのような一体感を覚える。外の世界でありながら、俺たち役者と観客は一つの空間を共有している。こんな快感を俺は今まで味わったことがなかった。


 俺たちのグループは参加者全員の多数決で、今日の発表会の最優秀賞に選ばれた。俺たちはグループの皆と手を取り合って喜んだ。ただの小さな半日で仕上げた作品の発表会だったが、こうやって結果が出るのも楽しい。チーム一丸となって作った物が評価されるというのも、気持ちがいい。秋から始まる大会でも、この感覚を味わいたい。今度は俺のホームである、聖暁学園演劇部の皆と、美琴ちゃんと一緒に。俺の心にメラメラとやる気が満ち溢れて来た。


 あれだけ俺たち聖暁学園演劇部を目の敵にしていた青地鼓哲は、俺の姿を認めるなり、相変わらず尊大にのっしのっしと歩いて来ると、


「確かに、君の実力は天上先生のおっしゃる通り、史上最高の逸材かもしれませんねぇ。でも、そのまま勝てると思ったら大間違いですよ! 我々、百合丘学園演劇部の今年の演目は、あなた方聖暁学園演劇部に対抗して百合作品でいくことにしました!」


と大声で言った。


「百合、ですか?」


俺が要領を得ない返事をすると、出鼻をくじかれたように青地はガクッとなる。


「あなた達がBLで男同士のラブストーリーを演るのであれば、我々は女の子同士のラブストーリーで対抗するって意味です!」


青地はムキになって叫んだ。


「男同士の恋愛を一般に薔薇っていうのに対して、女同士は百合っていうんだよ」


と部長がそっと俺に耳打ちする。へぇ。そんな呼称があるんだな。男同士や女同士の恋愛って奥が深い。俺は感心した。


「本当にあんたって、うちのストーカーみたいねぇ。わざわざ作風まで似せて来ようっていうの?」


美琴ちゃんが迷惑そうに青地に言った。青地は顔を真っ赤にして怒り出した。


「す、ストーカーとは何ですか! いいですか? これは、正々堂々とした百合丘対聖暁の勝負です。絶対負けませんからね!」


「いいじゃないの。そこまで言うなら、あんたなんかコテンパンにやっつけてやるから。大会が終わった後、わたしたちが全国で優勝した時みたいにピーピー泣くんじゃないわよ」


俺たちは思わず顔を見合わせて笑い出した。何故だか、この慇懃無礼で尊大な青地の、情けなくピーッと泣き出す姿が容易に想像できるのだ。俺たち高校生に笑われた青地は頭から湯気を出さんばかりに顔を真っ赤に染めた。

 

「な、そんな話を今しなくてもいいじゃないですか!」


「だって、あんたがあんまりにもわたしたちに対抗心メラメラ燃やしていてうっざいから」


「いいでしょう。そんな偉そうな口をきいていられるのも今のうちですよ! あなたたちの部活に一ノ瀬紡と稲沢航平という史上最高のコンビがいるなら、こちらには皆月葉菜と桐嶋莉奈がいるんですからね。この二人を主役で今年はドカンとかましますから!」


何と、葉菜ちゃんと莉奈ちゃんで「百合」作品を大会で披露するとは。百合丘学園演劇部の大会での上演が、彼女たちは我らの敵ながら俄然楽しみになって来た。

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