第7場 高校演劇界一のイケメン
女の子たちのはしゃぐ声が遠くから聞こえて来る。ちょっと外にでも出て頭を冷やそう。
「ごめん、ちょっとトイレ」
俺はそう皆に告げると、フラフラ立ち上がり、その場を離れた。用を足し、手を洗いながら大きな溜め息をつく。
俺、女の子と付き合う可能性なんて一パーセントでもあるのかな? でも、女の子と付き合うってことは航平と別れる前提での話になるよな。そんなことは考えたくない。相手が男だろうが女だろうが、俺にとっての恋人は航平以外考えられない。
きっと航平と知り合う前の今までの俺であれば、「彼女持ち」のステータス欲しさに、莉奈ちゃんにこの勢いのまま告白でもぶちかましていたかもしれない。あの頃は「愛」なんてものの本質を、何一つわかっていなかったからな。普通の人生を送るため、いや、普通の人たちの中でもちょっとランクの高い「彼女持ち」というステータスを得るために、こんな都合のいい展開はなかったはずだ。
だが、俺はいくら莉奈ちゃんに身体を触れられようが、航平に触れられた時に感じたトキメキも興奮も感じてはいなかった。勿論、あんな際どい状況を作られたことに動揺はしたし、胸もドキドキした。でも、このドキドキは、航平を前にした時に感じるドキドキとは違う。俺の彼女への答えはもう決まっていた。
何だか、昨日の今日で一気に疲れてしまった。これで今夜寮に戻ったら、一番風呂に入らせてもらって、そのまま早目に寝よう。すると、俺を追うように、西園寺さんがトイレに入って来た。
「つむつむ、女の子に大人気だね」
西園寺さんは俺の姿を認めるなりニヤッと笑いかけた。
「冗談はやめてくださいよ。キツイですって、あの状況」
「あはは、つむつむにはこうちゃんがいるもんね」
「まぁ、はい。そうですね……」
「この合宿でつむつむ、男子部員の誰よりも人気だったもんね。僕も、つむつむを紹介して欲しいって頼まれて大変だったよ。つむつむ紹介した所で、つむつむにはこうちゃんがいるし。だけど、こうちゃんが恋人だなんて漏らせないしさ」
俺が男子部員の中で一番の人気者だって? いやいや、そこまでの人気はないって。あんなに女の子たちに騒がれているのは、俺が身体にキスマークなんかつけたまま、上半身裸でワークショップに参加していて目立つからだろう。西園寺さんをはじめ、航平も兼好さんも俺を買い被りすぎだ。何だって俺が女の子たちにモテている設定になっているんだろう。
「俺が男子部員の誰よりも人気だなんて、そんなバカな。俺なんかに興味を持つ物好きなんか、航平くらいのものですよ」
「あはは、つむつむは本当にこうちゃんが好きなんだね。でも、本当に自覚ない? つむつむのこと、女の子、皆イケメンだって話で持ち切りだよ。多分、県内の演劇部員の中で一番のイケメンってことになっているんじゃないかな?」
「や、やめてくださいよ。俺が一番のイケメンだなんて、そんなに褒めても何も出ませんよ。それに、俺一人だけ裸になるなんて恥ずかしくてあの場に戻るのが辛いです。皆ジロジロ見て来るし」
「はぁ。これだから自覚のないイケメンは困るよ。そりゃ、今回集まった県内中の演劇部の男子の中で一番のイケメンが裸で、しかもその身体にキスマーク作っているんだから、注目されない方がおかしいでしょ」
「もう、イケメン言うのやめてくださいって! 俺、恥ずかしくていられなくなるじゃないですか」
俺は顔を真っ赤に染めながら西園寺さんに叫んだ。
正直、女の子にモテるモテないという話は置いておいて、俺が「県内中の演劇部の男子の中で一番のイケメン」と西園寺さんに認定して貰ったのは悪い気はしなかった。そういえば、航平も昨日、俺が「カッコイイ」と言っていたっけ。最初期は残念なイケメンとばかり言われていた俺も、とうとう残念の二文字から卒業できる日が来たらしい。この俺がイケメンか。俺は思わずほくそ笑んだ。
「昨日、こうちゃんにキスマークつけられたり、服汚されたり、いろいろあったみたいで大変だっただろうけど、こうやって君たち二人の恋人関係が公になって良かったじゃん。これからは堂々と付き合えるね」
「それは、そうですけど……」
確かに、俺と航平の関係が、明らかになる過程は置いておいても、こうして明るみに出たことで少しほっとしている自分がいるのも確かだった。これまで、部活でも学校でも、男同士で付き合っていることがバレることが恥ずかしくて、頑なに隠していたからな。でも、ずっと隠し続けているのもしんどいものだ。こんなことなら、もっと早く航平と付き合っていることを、少なくとも聖暁学園演劇部の中では公にしても良かったのかもしれない。
そこで、俺は昨夜の兼好さんと葉菜ちゃんの告白事件を思い出した。そうだ。俺と航平の恋は成就している訳だが、西園寺さんと兼好さんの関係はまだ何も解決していなかったんだ。
「あの、西園寺さん。ちょっと俺のこととは別に話があるんですが」
「何?」
「兼好さんのことなんですけど……」
その瞬間、西園寺さんの顔から笑みが消えた。
「何? 健太がどうかしたの?」
「あの、この話はここだけの秘密にしておいてくださいね。俺、昨夜見ちゃったんです。兼好さんが葉菜ちゃんをデートに誘うところ」
「そうか……。そうなんだ」
西園寺さんの顔が一層強張った。
「俺、最後まで見ていたんですけど、葉菜ちゃんは兼好さんを振ったんです」
西園寺さんがはっとした表情で俺の目を見つめた。
「そうなの?」
「はい。何か兼好さんには興味ないみたいで」
すると、西園寺さんはほっとしたような顔になり、大きく息を「はあっ」と吐き出した。兼好さんが葉菜ちゃんと付き合う結果にならなかったことに安心したのだろう。何だかんだ言いつつ、やっぱり西園寺さんは兼好さんが好きなんだ。だが、西園寺さんはこう言った。
「つむつむ、僕のことを気にかけてくれていたんだね。ありがとう。でも、もういいんだ。僕は男同士で付き合うつもりはないから。父のこともあるしね。だから、この話はもうこれっきりにしてほしい」
「でも……」
「大丈夫だから。心配しないで」
西園寺さんは飽くまでも、兼好さんに想いを伝えるつもりはないらしい。このままずっとずるずる片想いを引き摺るつもりなのだろうか。俺は何となくだが、西園寺さんと兼好さんはお似合いのカップルになれるような気がするのだが。
兼好さんはいつもあんなに女好きをアピールしているが、昨日、西園寺さんに葉菜ちゃんへ告白しようとしていることを知られた時、少し動揺した様子だったのが妙に気にかかっていた。何か、西園寺さんには言えない秘めた想いがあるような気がしてならないのだ。このまま、二人が向き合うことのないまま兼好さんは彼女を作り、西園寺さんが兼好さんに告白すらせずにただの友人で終わってしまうのは、どうしても俺の中で何かが引っ掛かり、すんなりと認めることが出来なかった。
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