第6場 知れ渡る俺たちの恋人関係
案の定、俺と航平が一つのベッドで一夜を共にしたことと、身体中にキスマークを作ったことは、すぐにワークショップに集まった演劇部員全員に瞬く間に知れ渡るところとなった。しかもワークショップにただ一人、上半身裸で参加する俺は、あらゆる方向からの視線をチラチラ感じる。航平は得意気に俺の身体にベタベタ触りながら、俺の「彼氏」であることをアピールして回っていた。もう、隠すまでもない。俺がつい昨日まで西園寺さん以外には誰も知られていなかった俺と航平の恋人関係は、聖暁学園演劇部という枠すら飛び越えて、県内中の高校演劇部の部員たちに知れ渡る事となったのだ。
そんな俺と航平が付き合っているという情報に一番鼻息を荒くしたのは、矢張りというか想像通りというか、美琴ちゃんだった。俺の身体中に出来たキスマークを人差し指でチョンチョンつつきながら、ニヤケ顔が抑えられないといった様子で、
「もう、つむつむったら、こうちゃんと付き合ってるなら付き合ってるってもっと早く言ってくれればよかったのに」
と俺を揶揄った。
「そ、そんなの恥ずかしいじゃないですか」
「かっわいい!」
「可愛くありません!」
「ねぇ、本当に付き合ってるんだったら、台本にあなたたち二人のベッドシーン入れてあげようか?」
「い、いりませんよ! 大体、高校演劇の大会でそんな不健全なシーン入れられるんですか?」
「じゃあ、次の自主公演で入れるわね」
「だから、やりませんってば!」
「あー、でも、最高だわぁ! やっぱり、わたしって部員集めの才能ありね。まさか、史上最高の逸材を集めたと思ったら、二人が出来ちゃってたなんて……。もう、今日一日、いえ、あなたたちが引退するまでわたしは幸せよ!」
もうこの人にはついていけないよ。だから、部活で俺が航平と付き合っているとバラしたくなかったんだよな。
「取り敢えず、今日一日つむつむはそのまま裸でいるといいわ。わたしが許可を出します。思いっきり、胸についたキスマークを見せつけて、こうちゃんと付き合っていることをアピールしてあげなさい」
「はーい!」
航平が俺の代わりに大きな声で返事をした。
俺は正直、この場を逃げ出したかった。普通を常に志向して来た俺が、こんなに悪目立ちしたことは生まれて此の方初めての経験だった。
今日は小さなグループを作り、小さな作品を創って全員の前で発表する。俺のグループには数人の女子部員と、一人だけ男子部員の人数に余剰が出たため、同じ聖暁学園演劇部員ながら西園寺さんも同じグループに入ることになった。本来なら早速作品創りに取り掛からねばならないのだが、劇作品の創作はそっちのけで、グループでの話題は俺の身体のキスマークと航平との恋人関係に関するもので持ち切りだった。
「いつから二人は付き合ってるの?」
「聖暁学園って毎年BLを舞台でやってるんだよね。今年もやっぱりそうなの? だったら、彼氏くんと恋人役やっちゃったりするの?」
俺のグループの女子部員たちは興味津々といった様子で、俺に矢継ぎ早に質問を投げかける。何なら、昨日よりも女子部員たちの俺に対する食いつきはいいくらいだ。その中でも一番に食いついて来たのは、葉菜ちゃんと同じ百合丘学園演劇部の
「へぇ、こんなにはっきりキスマークつけられるなんて、彼氏くんにモッテモテだね」
莉奈ちゃんは俺の胸についたキスマークを指でなぞった。同世代の女の子にこんな際どいボディタッチをされたことがなかった俺は、どう反応していいものかわからない。だが、意識すればするほど、身体は敏感になる。俺が思わずくすぐったくて笑い声を上げると、
「やーだ。紡くんって変態! ちょっと触られただけでそんな声上げちゃって」
と意地悪く俺を揶揄う。俺が変態だって? 俺の顔は紅潮して真っ赤に染まった。
「ち、ちげえよ。くすぐったかっただけだってば。俺の身体を玩具にするな」
「玩具って、また変態なこと言っちゃって」
「は、はあ?」
「紡くん、可愛い」
「ねー、可愛いよね」
「顔はイケメンなのに、中身は意外と
女の子たちはクスクス笑いながら俺をチラチラ見て来る。
「井上先輩。紡くんは普段の部活でもこんな感じなんですか?」
莉奈ちゃんがいたずらっぽく笑って、西園寺さんに尋ねた。
「うん。つむつむはいつもこんな感じで意外と純粋なんだ」
西園寺さんまで何乗っているんだよ!
「キャー、やっぱり純粋なんだって!」
「かっわいい」
女の子たちの黄色い歓声が上がる。俺、すっかり玩具にされているな。女の子の扱いって難しい。やっぱり男同士の聖暁学園の方がよっぽど気楽だよ。俺が溜め息をつくと、莉奈ちゃんが俺にグイッと顔を近づけて来た。な、何? 俺の心臓がバクバク鳴り始めた。
「ねぇ、紡くんは本当に男の人が好きなの?」
莉奈ちゃんが俺の耳元で囁くように尋ねた。俺は耳元がくすぐったくなり、思わず身体がビクンと震える。
「そ、そうだよ。じゃなかったら、俺は航平と付き合ったりなんかしないだろ」
「じゃあ、女の子と付き合ってみたいって思ったこと、ない?」
は? 藪から棒に何を言い出すんだよ。俺が女の子と付き合う? 昔の俺ならそれが普通だと思っていたけど、今の俺は航平以外の誰かと付き合うなんて、男女を問わず考えたことなどなかった。
「わ、わかんねえよ。俺にとって、恋人は航平だけだし。それ以外の誰かと付き合うかどうかなんて考えたことない」
「ふうん。じゃあ、一パーセントくらいは、女の子と付き合う可能性も残されているってことでいいのかな?」
「し、知らねえよ、そんなこと。だから、考えたこともないって言ってるだろ」
「わかった。じゃあ、それならそれでいいわ」
莉奈ちゃんは意味深に俺に笑いかけた。え? どういうシチュエーション? 俺は混乱していた。だが、俺の頭の中に浮かんだ答えは一つだった。もしかして、莉奈ちゃんは俺のことが「好き」ってことなのか?
「ちょっと、莉奈、抜け駆けはずるいぞ」
「紡くんには航平くんがいるんだから、わたしたちは見るだけ、でしょ?」
莉奈ちゃんを囲んで女の子たちがキャッキャとはしゃいでいる。俺は肩で息をしながら、その場にへたり込んでしまった。
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