第5場 月夜の告白
さて、今夜はどうやって寝よう。航平が俺のベッドで一緒に寝ると主張する上に、俺が上半身裸で身体にキスマークを作って帰ったりでもすれば、同じ部屋のやつらがそんな俺を訝しく思わない訳ないんだよな。取り敢えず、この場所で全員寝静まるまで時間を潰して、後でこっそり部屋に戻ることにしよう。そろそろ自然ばかりで他には何もないこの場所に飽きて来たらしい航平を俺は引き止めた。
「なぁ、航平。もうちょっと星空でも見ていかないか? こんな綺麗な星空初めて見るよな」
「星空? うーん、綺麗っちゃ綺麗だけど。紡、星に興味なんてあったっけ?」
「別になくても、こんなにたくさんの星が空一杯に見えることなんて早々ないだろ? ほら、夏の大三角ってあるよな。あれ、どれだろ?」
「さぁ。僕、地学取ってないしわかんない」
俺の必死の説得にも関わらず、航平は星空など一切興味がなさそうだ。それどころか、踵を返して屋内に戻ろうとする。
「ていうか、そろそろ中に戻ろうよ。山の中だし、真っ暗だから何か怖いよ。クマとか出たらどうするの?」
「く、クマ?」
「そう。だって、こんな山の中だったら一頭や二頭いてもおかしくないじゃん。それに、僕、聞いたことがある。山の中ってね、見えざるものが集まって来るんだってよ。ほら、登山して遭難した人が不思議体験をしたとかよく聞くじゃん?」
「ふ、不思議体験って何だよ」
「聞こえるはずのない声が聞こえた、とか、列をなした行者が音もなく横を通り過ぎて行ったとか、山道に迷った所で出会った知らない女に道案内されるままに先を行ったら崖から落っこちそうになって、気付くと誰もいなかったとか」
俺は俄かに恐ろしくなって来た。
「や、やめろよ。そんなの迷信だろ。お、俺は信じないからな」
「紡、怖いの? 泣きそうだよ?」
「な、泣きそうなんかじゃねえよ! 俺は平気だ。そんな作り話に怖がったりしねえから」
「あ、そうだ。この辺に心霊スポットがあったらしいんだよね。どうせだったら一緒に行ってみる? 確か、この少年自然の家を出て、少し行った先に、とある古いトンネルがあるらしいんだけど、そのトンネルを通ると子どもの霊に腕を引っ張られるって噂があるよ」
「だ、ダメだって。そんな所まで行って道に迷ったりでもしたらどうするんだよ」
「大丈夫だよ。だってこの先ずっと一本道だもん」
「いや、ダメだって! 一本道でも、帰って来るの遅くなったら怒られちゃうってば」
さっきまでは屋内に戻ろうとする航平を引き止めていた俺が、今は逆に心霊スポットとやらに出掛けようとする航平を引き止める番だ。俺たちが行く行かないで揉めていると、屋内から誰かが出て来た。どうやら一人は男子部員、もう一人は女子部員らしい。俺と航平は顔を見合わせた。
「誰だ、あいつら?」
「さぁ。暗くてわかんないや。もしかして、付き合ってるのかな?」
「ってことは、夜に隠れてデート?」
「あはは、僕たちみたいだね。ねぇ、見に行ってみない?」
「え? 見つかったらまずいだろ」
「だから、見つからないように隠れながらさ」
実はその二人がカップルかもしれないことに興味を抱いていた俺は、航平と一緒に木陰に隠れながら距離を詰めた。男子部員の方が誰か周囲にいないかしきりに気にしている。誰もいないことを確認すると、女子部員と向かい合って立った。
「あれ、告白でもするんじゃない?」
航平は俺の手を引いて、極限まで二人との距離を詰めた。と、その瞬間、俺は月明りに照らされた二人の顔を認識した。何と、それは兼好さんと葉菜ちゃんだったのだ。思わず声を上げそうになるのを堪え、航平ともう一度顔を見合わせた。俺はもう、ここで何が行なわれるのか、察しはついていた。
「葉菜ちゃん、今度俺と映画でも観に行かない? 演技の勉強にもなるじゃん?」
兼好さんはとうとう葉菜ちゃんをデートに誘い出す決意を決めたらしい。でも、「演技の勉強のため」だなんて、下手な言い訳。いくら取り繕っても、下心が丸見えなんだが。
「ごめんなさい! わたし、演劇部の活動で忙しいし、勉強もあるので吉田先輩と映画に行く時間は取れそうにありません」
葉菜ちゃんは悩む様子もなく、即答した。ここまで何の気もないことを示されると、逆に清々しい。だが、兼好さんは食い下がる。
「じゃあ、時間のある時でいいから。俺ならいつでもいいから。葉菜ちゃんの都合に合わせるよ」
「ごめんなさい。吉田先輩と映画に二人で行くのはちょっと出来ないです。気持ちは嬉しいんですけど」
葉菜ちゃんはきっぱりと兼好さんの誘いを再度断った。本当に兼好さんに気はないらしい。
「そう……なんだね」
「はい。ごめんなさい」
「こんなこと聞くのは野暮かもしれないんだけど、もしかして、誰か他に一緒に映画行きたい人がいるとか?」
兼好のその質問に葉菜ちゃんは少し顔を赤らめた感じがした。
「……はい。います。でも、わたしにはきっと可能性はないから……。でも、まだ気持ちの整理がついていなくて。ごめんなさい、こんな話しちゃって」
「いや、謝らなくてもいいよ。俺の方から聞いたんだし。俺も急に呼び出したりしてごめん」
葉菜ちゃんは兼好さんに一礼すると、屋内へ走り去っていった。彼女の後姿を見送る兼好さんの背中は寂しそうだった。まぁ、デートを誘っておいて断られたら誰でも淋しく思うか。でも、俺は内心ほっとしていた。西園寺さんの姿が脳裏を過る。後で、兼好さんが葉菜ちゃんをデートに誘って断られたこと、それとなく教えておいてあげるかな。これでしばらくは、西園寺さんも心の平安を取り戻すことができそうだ。
兼好さんが屋内に戻るのを見届けた俺も、そろそろ部屋に戻ることにした。まだ全員が寝るには少し早いが、どこか講堂の中にでも姿を潜ませておけばいい。心霊スポットに連れて行かれるよりはマシだ。だが、立ち上がろうとした俺を航平がいきなり押し倒した。
「お、おい。何するんだよ!」
俺の問いには応えず、航平は先ほど俺にキスマークをつけた胸とは反対の胸に思い切り噛みついた。
「い、いってぇ!」
俺は思わず叫んだ。
「これで、明日、皆に紡の身体を見せびらかして回ってね。特に、紡の幼馴染の子には重点的にね!」
航平はそう言うと、俺の唇を強引に奪った。こんな激しい航平を見るのは初めてだった。航平のやつ、何をそんなにムキになっているんだか。葉菜ちゃんが俺のことを好きだとでも思っているのだろうか? 全く、そんな心配は無用だと教えたはずなのに。本当に疑い深い性格だな。
でも、葉菜ちゃんが映画館に誘いたい相手っていうの、ちょっと気になるかも。しかも、自分には可能性がないだなんて。彼女持ちの男ってことなのかな? ダメだよ、葉菜ちゃん。それ、幸せになれないやつ! 今度それとなく恋のアドバイスってやつをしてあげようかな。これでも俺、恋人出来たし、もう恋愛初心者卒業した所なんで!
それにしても、キスマークを身体に三つもつけて、しかも上半身裸でワークショップ受けるとか、明日俺無事に帰れるのかな。美琴ちゃんには何て説明しよう。俺の心配事は増えるばかりだ。
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