第4場 夜の密会
ワークショップ一日目の活動が終わる頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。俺は夕食と風呂を済ませると、風呂上がりの散歩でもしようと外に出てみた。演劇部員たちの喧噪を少しだけ離れ、静かな場所に身を置きたかったのだ。山間にポツンと佇む少年自然の家の周囲に光を放つ街の灯りはなく、見上げると一面の星空が広がっていた。俺はベンチに寝転がり、夜空をぼんやりと眺めていた。
しばらくボウッと星を眺めていると、
「つーむぐっ!」
と俺が眺める星空を遮るようににょきっと航平の顔が出現したので、俺は驚いて「わぁ!」と大声を上げるとベンチから転がり落ちてしまった。
「ひっどいなぁ。僕だよ、僕。幽霊じゃないよ」
俺の反応に、航平は膨れっ面をした。
「いや、普通にびっくりするだろ。他にここには人なんていないんだから」
俺は服についた土を払い落としながら立ち上がった。そんな俺に航平が抱き着いて甘えて来る。
「つむぐぅ、会いたかったぁ」
「どうしたんだよ、航平。俺たちいつも一緒にいるだろ?」
「でも、今日は一緒じゃなかったんだもん。しかも、あんなに女の子たちと仲良さそうにしちゃってさ……」
俺が他校の女子部員たちと盛り上がっていたのを、航平は悶々としながら見ていたらしい。この合宿に来てわかったことだが、航平はかなりの焼餅焼きだ。でも、こうやって嫉妬するってことは、それだけ俺のことが好きだってことなんだよな。可愛い。俺はそっと航平を抱きしめた。
「じゃあ、これから夜寝るまで一緒にいようか」
「ダメ! 朝まで一緒にいるの!」
「それは無理だよ。だって、俺と航平は別の部屋なんだから」
「いいの。僕、紡の部屋で紡のベッドの中に入れてもらうから」
「いやいや、そんなことしたら、俺たちの関係が皆にバレるだろ」
「いいの。もう、僕は今日紡と一緒に寝るって決めたんだから、つべこべ言わない」
困っちゃったなぁ。俺たち、こんなことじゃ、付き合っていることが聖暁学園演劇部だけじゃなくて、県内の高校演劇部員全員の知る所となってしまう。
「そんなことより、紡、僕にキスして?」
「わかったよ。ここなら誰も見ていないしな」
相変わらず航平は調子のいいやつだな。俺のベッドに入りたいとごねたり、俺とキスしたいと言ったり、やりたい放題だ。でも、今、この場所であれば誰も周りにはいないし、キスくらいしてやってもいいか。俺は辺りに誰もいないことを確認すると、航平の唇にそっとキスをしてやった。
「紡、好き好き好きぃっ」
航平の俺に甘える声のトーンが一段高くなる。航平はすっかり俺に対して甘え心を起こしているようだ。この様子じゃ、一緒に寝てやる他、こいつを宥める方法はないだろう。怪しまれた時のために、何か言い訳考えておかないとな。
「紡、脱いで」
航平が俺の服に手をかける。
「いや、ダメだって。こんな所で服なんて脱げないよ」
「いいじゃん。誰もいないんだから」
「そういう問題じゃないだろ」
俺は抵抗したが、航平はつるりと俺のシャツを脱がせると、俺の首筋に噛みついた。
「いってぇ! 何するんだよ!」
「えへへ。キスマーク。後で鏡で確認してみて? 他の女の子が紡に気を持たないようにつけておいた」
「そのために服を脱がせたのかよ」
「後、ここにもね」
航平は今度は俺の胸の辺りに噛みつく。
「だから痛いって。俺の胸を噛んでどうするんだよ。こんな場所、人に見せて回らないだろ」
「紡。マリリン・モンローが何を着て寝ますかってインタビューされた時に何て答えたのか知ってる?」
「は? 何だよ。藪から棒に」
「シャネルの五番よって答えたんだよ。だから、紡も今夜は同じ格好で寝るの。いつもそうやって寝ているって言えば怪しまれないよ。そうすれば、皆に胸につけたキスマーク、見せつけることができるじゃん?」
「何それ? どういうこと? シャネルって確か高級な香水のブランドメーカーだよな? 俺、香水なんかつけたことないんだけど。しかも、香水つけて寝ると、何で俺の胸についたキスマークを皆が見ることになるんだよ?」
「あはは、本当に意味わかってないんだね。紡ったらかっわいい」
「おい、バカにするなよ。ていうか、早くシャツ返せ。もう満足しただろ?」
「やーだよっ。明日まで返さないもん」
「ふざけんなよ。おい、返せって」
「ダーメッ」
俺と航平はシャツを巡って取り合いになった。俺が何とか航平の手からシャツをつかみ取った時、足が縺れ、思い切りその場に転倒してしまった。その衝撃でせっかく航平から取り戻したはずのシャツが、俺の手から離れた。まずい! そう思った瞬間には時すでに遅し。シャツは夜風に乗り、ふわっと浮き上がると、近くの池にポチャンと小さな音を立てて落ちてしまった。
俺が慌てて池の中から拾い上げたシャツは、濁った池の泥水をたっぷり吸いこんで茶色く染まっていた。
「おいおい、これ、どうするんだよ! 俺、シャツの着替えなんか持って来ていないんだけど」
だが、俺の心配をよそに、航平は大喜びだ。
「丁度いいじゃん。明日のワークショップ、裸で参加すれば?」
「いやいやいや。無理だって。俺だけ裸で参加するなんて目立つしおかしいだろ」
「大丈夫だよ。紡、だいぶ身体鍛えられて来たし、カッコイイ身体してるもん。夏だから風邪引く心配もないしね。皆、カッコいい紡の身体にメロメロだよ」
「そんなぁ……。航平、何かあったらお前が責任取れよ。俺、誰かに何か言われたら、全部お前のせいだって言うからな」
「いいよ、別に。僕は明日紡のエッチな身体が一日中見られるから、それだけで十分だもん。それに、紡の首と胸についた僕のキスマーク、女の子たち皆に見て貰えそうで嬉しいな。きっと紡が裸でいることにツッコむ人は、紡の身体についたキスマークについてもツッコむはずだよ? 僕がつけたってことも一緒に皆にバレるね!」
俺は完全に舐めていた。航平を嫉妬させると、ただ可愛いだけでは済まないらしい。これじゃ、ただの露出狂だよ。明日、仮病でも使って帰ろうかな。俺は恨めしく泥水が滴るシャツを眺めていた。
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