第3場 まさかの三角関係

 実際に始まってみると演劇のワークショップは、想像していたよりもずっと楽しかった。初めて他校の演劇部員と知り合うこともできたし、こんなに大勢の女子生徒たちと関わることができるのも新鮮だ。


 自己紹介を兼ねてパントマイムで「好きなもの」を表現したり、言葉のキャッチボールをイメージしながらボールを投げ合って会話をしてみたり、目の前の相手のジェスチャーをひたすら真似てみたり、いくつか定められた設定に従って演技をし、相手にその設定を言い当ててもらったり。ゲーム感覚で楽しく身体を動かし、心と身体を解放していく。


 俺はいつの間にか、他校の演劇部員の女の子たちとすっかり打ち解けて、バカみたいに口を開けて笑っていた。


「つむつむ、今度聖暁学園の主役なんだ。楽しみにしてるね!」


「後で連絡先交換しよ。演劇の話とか、いろいろ相談に乗ってほしいんだ」


男子校の演劇部は少し特別感があるのか、皆、俺に興味津々なようだ。中には、「つむつむの好きなタイプってどんな子?」なんて際どい質問を投げかけられることもあったが、俺は冷や汗をかきながらも、適当に答えて受け流していた。だが、こうやって女の子たちに囲まれるのは、何だか人気者になったようで俺も満更ではない。聖暁学園に男子寮に住みながら通っている俺は、いつも男とばかり付き合っているから、こうして同年代の女の子たちと親密に話すのも小学校以来になる。それが何だか新鮮で楽しい。


 そんな女の子たちとのを楽しむ俺に、


「おいおい、つむつむモテモテじゃん。やっぱりイケメンは違うな」


と兼好さんがニヤニヤしながら近づいて来て、俺に耳打ちした。


「はい? 俺は普通に皆と話してるだけですよ?」


「はぁ。これだから鈍感なイケメンはダメだよな。お前、たぶん今回の合宿で一番人気だぜ。皆キャーキャー言ってるぞ」


「へぇ。そうなんだ」


「そうなんだ、じゃねえよ。本当に自覚ないのな、お前。女にモテたいって願望とかないわけ?」


「いや、まぁ……」


「何だよ、その煮え切らない返事。あぁ、でも西園寺も地味に人気だよな、女に」


俺が西園寺さんの方に目をやると、西園寺さんの周囲に女子部員たちの人だかりが出来ている。西園寺さん、優男やさおとこだもんな。女の子に人気が出るのも無理はない。


「悠希……」


兼好さんが西園寺さんの本名をボソリと呟いた。俺が兼好さんの顔をチラリと見ると、どこか複雑そうな表情で西園寺さんを見つめていた。


「兼好さん?」


俺がそんな兼好さんの名前を呼び掛けると、兼好さんははっとして我に返った。


「ああ、ごめん。何でもない。それより、さっきお前が幼馴染だって言ってた百合丘の子、お前はどう思ってるの?」


「いや、別にどうって言われても……。でも、小学校以来再会したんで嬉しかったですよ。俺にとっては、昔一番仲が良かった幼馴染ですし」


「へぇ。でも、幼馴染以上の何かをあの子に感じていたりしない訳?」


「幼馴染以上って何ですか?」


「そこまで俺に言わせるか? だから、あの子にお前が気があるのかないのかってことだよ!」


俺はそんな兼好さんの質問を一笑に付した。


「あはは、そんなことある訳ないじゃないですか。普通に友達ですよ」


「はあ? あんな可愛い子なのに、興味ないとか、つむつむ性欲あるの?」


「ば、バカなこと言わないでください。俺は少なくとも、葉菜ちゃんをそういう目で見てないですから」


「ふうん。じゃあ、俺、いっちゃってもいい?」


俺は困った。葉菜ちゃんを愛してくれる誰かいい男がいたらそれは幸せなことだろう。だが、兼好さんが葉菜ちゃんにいくのは、西園寺さんの想いを知っている以上、正直賛成出来ない。しかも、西園寺さんの想いを知りながら、俺が西園寺さんとは別の誰かと兼好さんを繋ぐ仲介役を務めるなんて、とてもじゃないが無理だ。でも、ここで背中を押さなければ、それはそれで兼好さんは俺のことを訝しく思うだろう。でも……。


「どうした? 別にいいよな? だって、つむつむにとってあの子は友達なんだろ? だったら、俺があの子にいくことに何も問題なんかないじゃんか」


「えっと、それは……」


「おいおい、どっちなんだよ。お前、やっぱりあの子に告って振られた過去があるとか、未練でもあるんじゃないだろうな?」


「いや、それはないです。ないですけど……」


俺が答えに窮していた時、


「いいんじゃないかな?」


と西園寺さんが俺たちの会話に割り込んで来た。え、西園寺さん、いつの間にそこにいたんだよ。しかも、そんな敵に塩を送るようなことを……。


「お、おう。何だ、お前も俺たちの会話聞いていたのか」


「そりゃ、あんな大声で騒いでいればね。あの子に聞こえてなきゃいいけど」


「う、うるせえよ」


兼好さんは突然の西園寺さんの登場に驚いたのか、ひどく動揺して見えた。


「なぁ、悠希。本当にいいのか? 俺、あの子にいくぞ?」


「何で僕にそんな許可を求めるの? いいよ。健太がそれで幸せになるなら僕は応援するから」


「お、おう。ありがとよ。なぁ、つむつむも許してくれるよな?」


兼好さんは何か含みのあるような態度を取っている。さっきまでの葉菜ちゃんを狙うと俺に宣言していた時の勢いは何処へやらだ。だが、取り敢えず、葉菜ちゃんにアタックするつもりではいるようだ。これで本当にいいのかな? 俺は西園寺さんに視線を送る。西園寺さんはただ頷くばかりだった。


「……なら、いいですよ」


西園寺さんがいいと言っていては、俺にこれ以上兼好さんを引き止め、恋路を邪魔する正当な理由はない。俺はもやもやした想いを抱えながらも、折れるしかなかった。




 兼好さんがいなくなると、俺は西園寺さんを問い詰めた。


「西園寺さん、本当にあれでいいんですか?」


西園寺さんは悲し気な目をしながらも頷いた。続けて、いきなり古典の文章らしきものを暗誦し始めた。


「男女の情もひとへに逢い見るをばいふものかは。逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜をひとり明かし、遠き雲井を思ひやり、浅茅が宿に昔をしのぶこそ、色好むとはいはめ」


「何ですか、それ?」


「吉田兼好が書いた『徒然草』の一節だよ。恋は成就した時ではなく、成就しなかった時の方がその趣を理解できるんだって吉田兼好は言ったんだ。結ばれない愛しい人を遠くに懐かしく思い浮かべる。それこそが恋の本髄なんだってさ。こういうの見てると、何だか僕みたいだなって思うんだよね、吉田兼好って人は。兼好って呼び方、健太より僕の方に似合ってると思わない?」


そう言って西園寺さんは力なく笑った。

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