第2場 再会した幼馴染
葉菜ちゃんと再会したのは、小学校を卒業してから実に三年半ぶりだ。最後に別れた時、俺も葉菜ちゃんもまだ小学生だったのが、今ではもう立派な高校生になっていた。通りで、すぐには互いがわからなかったはずだ。
俺たちの付き合いは、二人が五歳だった時に遡る。保育園に入園した俺が、初めて友達になったのが葉菜ちゃんだった。俺たちは男女の別を超えて仲が良かった。あまりに仲が良かったので、「紡くんと葉菜ちゃんはカップルみたいだね」と保育士の先生からも笑われたものだった。俺たちの友情は小学校に入っても続き、互いの家を行き来したり、休み時間も一緒に遊んだりしていた。いつも女の子である葉菜ちゃんと遊んでいる俺を揶揄いに来た男子たちに立ち向かい、追い払ってくれるような頼もしさもあり、俺のことを何かと気にかけてくれる優しもあり、俺はそんな葉菜ちゃんが大好きだった。俺たちは互いを一番よく理解し合える相方のような存在だった。
だが、俺が聖暁学園に進学してからは、お互いバラバラになってしまっていた。何より、特進クラスにとどまるために勉強に打ち込む俺は、葉菜ちゃんと連絡を取る余裕もなかった。寮生活をしていたことも、二人を疎遠にする一つの大きな要因だった。地元に戻るのは月に一回あるかないかだったからな。
でも、今こうやって再会を果たせたことは、まるで奇跡のようだった。俺と葉菜ちゃんが再会を喜んでいると、
「なーんだ、ハナコ。頑張りなよ」
などとニヤニヤ葉菜ちゃんに笑いかけながら、百合丘学園の部員たちは潮を引くようにいなくなってしまった。どうやら百合丘学園演劇部での葉菜ちゃんの名前は「ハナコ」らしい。
「じゃあ、せっかく再会した二人を邪魔してもあれだし、俺たちも向こうに行っておくか」
そう部長が言うと、聖暁学園の部員たちも蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまった。だが、その中に一人だけ居残り続けていたやつがいた。他でもない。航平だ。航平は何故か葉菜ちゃんに敵意丸出しな表情で、俺の腕にしがみついていた。
「葉菜ちゃん、百合丘学園受けていたなんて知らなかったよ。高校から入学したの?」
俺が尋ねると、葉菜ちゃんは首を横に振った。
「中学からだよ。実は、わたし、紡くんには内緒で百合丘の中学入試を受けていたの」
「そうなんだ! 俺はてっきり公立中学に行くものだと思っていたからビックリしたよ。中学受験するならするって教えてくれたらよかったのに」
「ごめんね。でも、わたしにもいろいろあったんだ」
「いろいろって?」
「それは……」
葉菜ちゃんはそう言いかけて、俺にしがみついたままでいる航平に目を留めた。
「えっと、この子は紡くんの演劇部の仲間?」
すると、俺がその質問に答える前に、航平が前に躍り出た。
「どうも。僕、紡の彼氏の稲沢航平でーす。どうも、よろしくね」
航平がいきなり「彼氏」などというワードを繰り出したので、俺はテンパった。葉菜ちゃんはいきなり俺に彼氏がいると聞かされて驚いたのか、目を丸くして硬直している。俺は慌てて航平を怒鳴った。
「お、おい! いきなり何言ってるんだ!」
「何って、自己紹介しただけだけど? 紡のお友達に」
「だけど、彼氏って……」
「本当のことでしょ? 紡の昔からの友達なんだったら、正直に言わないと」
「俺たち、まだ西園寺さん以外の人に俺たちの関係言っていないだろ。何でいきなり葉菜ちゃんに……」
俺はおずおずと葉菜ちゃんに向き合った。葉菜ちゃんは唖然とした表情でいまだに微動だにせず、俺を見ている。そりゃそうなるよな……。
「ご、ごめん。葉菜ちゃん、これは、ええと、その……」
「つ、紡くんって、もしかしてソッチだったの?」
葉菜ちゃんが掠れた声で俺に尋ねた。「ソッチ」か。その響きはそこはかとない俺が男が好きである事実に対する拒絶感と軽蔑が入り混じっているように聞こえた。幼馴染で互いを一番に理解していたとはいえ、俺が男が好きであることはやっぱり理解してもらえないのかな。俺は一抹の淋しさを覚えた。
「……うん。小学校の時はそうは思っていなかったけど、こいつに出会って、俺、初めて恋人と付き合い始めたんだ」
「そう……なんだね。へぇ」
俺たちの間に非常に気まずい空気が流れる。
「ごめん。引いたよね。俺が男と付き合っているなんて……」
「ううん。大丈夫。ちょっと驚いただけ。別に嫌いになったとかじゃないから、安心して」
その言葉に、俺は少しだけ安堵した。
「よかったね、紡。嫌いにならなかったって」
航平が澄ました顔で俺に笑いかける。
「お前なぁ。俺と恋人同士であることを誰かに言う時は、時と場合をもっとよく考えろ」
「時と場合って、僕たち西園寺さん以外誰にも言ってないんだよ? 時も場合もないじゃん」
「それはそうだけど。でもやっぱり……」
「はいはい、わかりましたよーだ。でも、幼馴染の子と腹を割って話せる関係になったんだし、結果オーライって感じじゃない?」
航平は本当に調子がいいやつだ。
「ごめんね、こんなやつで。でも、悪いやつじゃないんだ。もしよかったら、航平とも仲良くしてやってくれると俺も嬉しい」
だが、俺の言葉に葉菜ちゃんは表情を曇らせた。
「うん……そうだね。紡くんの好きになった人だもんね。わたしも二人を応援しなきゃ。ごめん。皆の元に戻らなきゃ。じゃあ、また後でね」
そう早口で俺に伝えると、俺の目を見ることもなく、葉菜ちゃんは走り去ってしまった。
やっぱり口では大丈夫と言っていても抵抗があるのかな。ずっと幼馴染として仲の良かった葉菜ちゃんと再会した喜びも束の間、俺たちの間に隙間風が吹き始めたような気がした。それに、何故俺とあんなに仲が良かったはずの葉菜ちゃんは、俺に百合丘学園を受験したことを隠していたんだろう。俺のこと信用してくれていなかったのかな。結局、俺が葉菜ちゃんを一方的に親友だと思い込んでいただけなのかもしれない。そう思うと何だか切なくなって、俺は唇をギュッと噛み締めた。
「なーんか感じ悪いね、あの人」
航平が俺のそんな内面を知ってか知らずか、葉菜ちゃんの後ろ姿を見送りながら悪態をついている。
「やっぱり、紡のこと狙っていたんだよ、あの人。やっぱり僕がそばについていてよかった。危ない危ない」
「そんなことないよ。葉菜ちゃんは俺の大切な幼馴染だけど、それだけの関係だから。俺のことを狙うなんて、そんなことする訳ないだろ」
すると、航平は大きな溜め息をついた。
「本当に紡の鈍感さには僕も疲れるよ。いい? 紡はこの合宿中、絶対に女子には気を付けてよね」
「どうして?」
「紡がカッコいいからに決まってるじゃん」
航平は顔を赤らめて俺から視線を逸らせた。何だこいつ。嫉妬してるのか。俺はずっしりと重かった心が、いつも通りの可愛い航平の反応に少しだけ癒され、少しだけ軽くなる。
「何言ってんだ、お前。でも、俺のこともっと信用してくれていいんだぜ? 俺はお前のことだけが好きなんだからな」
俺はそう言って航平の頭を撫でた。すると、航平は嬉しそうな表情で俺に抱き着いて来た。
「紡! 好き!」
航平はそう言うと、唇に軽くキスをした。
「こ、航平! 今この場所でそんなことするのはやめてくれよ。他の人に見られるだろ?」
「見られたっていいよ。だって、もし演劇部で僕たちの関係がバレたって、先輩たちも美琴ちゃんも普通に受け入れてくれるよ」
確かにそうかもしれない。実際、今までの聖暁学園演劇部の部員たち同士で付き合った例は枚挙にいとまがないらしいと西園寺さんも言っていたしな。美琴ちゃんは俺が航平と実際に付き合っていると知ったらそれこそ大喜びしそうだし。だけど、やっぱり、美琴ちゃんに囃し立てられそうで何となく恥ずかしい。
「いつまでも隠し通せるものでもないと思うしさ。ちゃんと正直に言った方が僕たち楽だと思うよ」
「……うん、そうだな」
俺はそんな曖昧な返事を返すことしかできなかった。
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