第3場 西園寺の想い人
西園寺さんは相変わらず穏やかな微笑みを口元に湛えながら、
「僕に好きな人はいるかって? いるよ」
と答えた。ぼかされると思っていたらまさかの即答と来た。意外に西園寺さんって大胆な性格なのかな?
「え、誰だれ?」
航平が前のめりになりながら質問をぶつける。
「吉田健太だよ」
え、まさかの西園寺さんも好きな相手って男なの!? というか、その「吉田健太」って名前、どこかで聞き覚えのあるような……。
「えー!? 兼好さんのことが好きだったの?」
航平が一際大きな叫び声を上げた。そうだ。兼好さんの本名が吉田健太だったんだ。いつも部活での名前で呼び合っていると、たまに本名が出て来なくなる。西園寺さんは航平の大声に慌てて、「シーッ」と航平の口元に人差し指を当てた。
「周りに聞かれたらまずいから、静かに聞いてくれないか? それから、この話はここだけの秘密な」
俺は勿論西園寺さんのこんな大切な秘密は絶対に守るが、航平にそれを要求するのはちょっと不安じゃないのかな?「はーい!」と航平はノー天気な返事をしているが……。
暫しの沈黙の後、
「でも、西園寺さんが兼好さんのこと好きなの、ちょっとわかるかも」
と航平がポツリと呟いた。
「去年の大会で主役を演じたのが、西園寺さんと兼好さんの二人だったんだよね」
そういえば去年の大会の作品がどんなものだったのか、航平は中等部三年生の時から演劇部に入り浸っているということは知っているんだよな。俺は今更ながら、自分が所属する演劇部が過去にどんな作品を演っていたのか何も知らないことに気が付いた。
「そうなんですか?」
「うん。そうだよ。僕と健太で去年は主役を演じたんだ」
「ってことは、恋人役をしていたってことですよね?」
「そう。僕たちは劇中で恋人だったんだ」
うん? そういえば今年の台本も、二人の演じるナツとフユは最後には結ばれるんだったっけ? 二年連続で好き同士の役をするのか、この二人は。しかもそのうちの一人が相手役の役者に片想い中と。今年の台本の主役である俺と航平も恋人関係でって、おいおい。台本の設定そのままじゃないか。
「ビックリした?」
西園寺さんが苦笑を浮かべながら俺にそう尋ねた。
「はい、そりゃもう」
「そうだよね。僕たち、二年連続で恋人の役を演ることになっちゃって、自分でも何の巡り合わせなんだろうって思ったよ。でも、美琴ちゃんって本能からなのかわからないんだけど、僕や君たちのような男を好きな部員を例年集めちゃうんだ。特別なレーダーでも備わっているんじゃないかと思うくらい、ピッタリの役者を毎年集めて来る。僕たちの先輩も、前の年に主役を演じた二人が最終的には付き合っていた。だから、つむつむとこうちゃんが付き合ってるのを知って、勿論驚いたのは驚いたけど、やっぱりそうだったかって気持ちもあるんだ」
美琴ちゃん、只者ではなさそうな感じは元々あったけど、まさかそんな能力もあったなんてな。BLなんか舞台でやっているから、主役を演じさせられる部員も目覚めてしまうということだろうか。俺に関して言えば、航平を最初から意識していた訳だから違うか。西園寺さんも自分が男が好きな男と言っているし、やっぱり美琴ちゃんは男が好きになりそうなポテンシャルを秘めた男子生徒を探し出す特殊能力でも本当にあるのかもしれない。
俺が大真面目にそんなことを考えていると、
「でも、その線でいくと、いずれ兼好さんも西園寺さんに振り向くんじゃない?」
と航平が言った。確かにそうだ。美琴ちゃんによって見出された演劇部員なのであれば、あんなに女好きをアピールしている兼好さんだってもしかしたら……。
「ないよ、それは」
そう言って兼好さんは淋しそうに笑った。その淋し気な笑顔は、さっきのトレーニングルームで見せたあの表情だった。
「健太は美琴ちゃんによって
兼好さんの女好きもここまで来ると清々しい。それに、俺たち演劇部が腐女子人気が高いだって? 俺と航平の関係は見世物じゃないんだからな。
「ふうん。でも、そんな兼好さんの何処が好きになったの? 僕からしたらただの女ったらしの鼻たれ小僧って感じだけどね」
航平もなかなかのセリフを先輩に向かって吐くな。西園寺さんは声を上げて笑った。
「あはは、鼻たれ小僧は笑うな。そうだなぁ。健太はさ、ああいう軽そうな男に見えて、結構優しくて思いやりがあるんだよ。僕も最初、健太が入部し立ての頃は正直苦手だった。でもね、そんな僕の健太に対する印象が変わったのは、地区大会が終わった後に起こったある事件がきっかけだった」
「ある事件って何なんですか?」
「僕はね、健太に人生を助けて貰ったんだよ」
そう話す西園寺さんの目は何処となく潤んで見えた。
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