第5場 BLの世界に犯されて
とんでもない映画を観るハメになった俺は、航平と覚束ない足取りで何とか寮まで戻ったが、部屋に入った瞬間、航平が俺にバッと抱き着いて来た。
「紡。僕、もう我慢できない」
「こ、航平?」
いつもとは明らかに違う航平の様子に俺は驚いた。目はトロンとしたまま頬を赤く染め、俺を見つめる視線はいつもにも増して熱っぽい。
「紡。目を瞑って」
航平に要求されるがまま目を瞑ると、俺の唇に何やら柔らかな感触が、そして俺の顔に温かい息遣いが直接当たった。思わず目を開けると、航平が俺の唇に吸い付くように自らの唇を重ね合わせていた。これは、もしやキスってやつなのか?
俺がそう気が付くよりも早く、航平の舌が俺の口の中に入って来る。俺の舌に航平の舌が直接当たり、俺は思わず「わぁ!」と声を上げた。だが、航平は構わず俺と唇を重ね続け、俺の舌に自分の舌を絡ませ続けた。俺もいつの間にか夢中になって航平の唇に吸い付いていた。BLドラマCDや先ほどの映画で聞いた通りのキスの音が部屋に響いている。ああ、あれは本当にリアルに作られていたんだなと俺はぼんやりと考えていた。
俺たちのキスがそれこそ盛り上がって来ると、航平は俺をベッドの上に押し倒した。航平のいつもの可憐で可愛い雰囲気は鳴りを潜め、代わりにどこにそんな部分が眠っていたのか、野性味のある鋭い眼光と俺の身体を抑えつける力強さが全面に出ていることに俺は圧倒されていた。
「こ、航平、これはどういう……」
俺の質問に航平は答えない。黙って俺の制服のボタンを外し始めた。
「ふ、服なら俺、じ、自分で脱げるから……」
航平に服を一方的に脱がされるなんて、まるで俺がされる側みたいじゃないか。本来なら、俺の方が小さくて可愛い航平を……。
「紡、顔が真っ赤になっちゃって、可愛い」
と、航平が俺の耳元で小さく囁いた。
「ひぇっ!」
俺は思わず情けない悲鳴に似た叫び声を上げた。そんな俺の口を航平は塞ぎ、
「ダメだよ。あんまり大きな声を出したら皆に聞こえちゃうよ」
と俺に再び囁いた。この航平の囁きは何だ! 妙に色っぽくて、俺はその声を聞いているだけで身体中の血が沸き立つように熱くなり、心臓の鼓動も息も一層激しくなる。俺はどんどん自分の全てが航平に支配されていく感覚を味わった。こんないたいけな少年風な可愛いやつに支配されている俺。何故だかそのシチュエーションにゾクゾクする。
俺の裸体が航平の前に曝け出される。恥ずかしさと内からこみ上げる興奮で訳の分からなかくなっていた俺は涙目になっていた。
「あはは、紡ったら泣いちゃって可愛いなぁ」
航平はいたずらっぽく笑うと、自分も制服を脱ぎ捨て、その綺麗な裸体を俺の前に曝け出した。航平は俺と裸の身体を合わせ、熱烈に絡み合った。
「あっ、ああん」
思わず俺の口から漏れ出た声は、あのBLドラマCDで聞いた喘ぎ声そのものだった。俺はもう、航平にされるがまま、抗うこともできず、ただただ恥ずかしさと快感と興奮に身を委ねていた。
事を終えた航平は、すぐにいつもの甘えん坊で可愛い航平に戻っていた。俺と裸の身体を密着させ、
「紡の身体気持ちいいなぁ」
と言って俺を無邪気な目で見つめた。さっきまでの航平の野性味溢れる一面にすっかり身を委ね、されるがままに身体をよがらせ、喘いでいた俺もふと我に返る。やっぱり航平は可愛い。俺は思わず航平をギュッと抱きしめた。航平の細っこくて小さくてすべすべの身体の感触がたまらない。
「BL観てると、僕、エッチな気分になっちゃうんだよね。しかも、紡と一緒に観るなんて、僕、自分を抑えることができるか心配だった。でも、よく考えたら紡を相手に僕、遠慮することなんかなかったんだよね。紡は僕の恋人だもん。エッチしたくなったらしちゃっていいんだよね」
航平はそう言って俺に甘えた。俺はそこで初めて自覚をした。俺は航平を相手に初体験をしたことに。キスだってまだしたこともなかった俺が、航平といきなり一線を超えてしまったことに。
「お、俺、もしかして航平と、エッチ……した、のか?」
俺は恐る恐る航平にそれを確認した。すると航平は呆れ顔をした。
「今更何言ってるの? 今のがエッチじゃなかったら、何だっていうの?」
よくもお前はそんなセリフを平然と言えるな! 俺は「エッチ」という一言を耳にしただけで、恥ずかしさのあまり、顔を再び熱くするところなのに。こんなにはっきりと俺が航平と「エッチ」をしたと言われると、身の置き所のないほどの羞恥心に襲われるじゃないか。俺はベッドの上を転げ回った。
「やべぇ! やべぇよ、俺。俺が、この俺が航平とエッチしたっていうのか? 俺、どうしたらいいんだよ。もう何もかもわかんねえよ!」
そんな俺を航平は笑った。
「あはは、紡ったらやっぱり可愛い」
「や、やめろ! 可愛いとか言うな!」
俺は思わず布団を頭まで被った。
「紡、恥ずかしがってないで可愛い顔見せてよ」
「嫌だ、絶対に見せない!」
「ねぇ、つーむーぐぅっ!」
航平が甘えた声で俺を揺すって起こそうとする。俺は頑なに布団の中にくるまっていたが、
「あ、ご飯の時間、もう終わっちゃうよ!」
という航平の大声で飛び起きた。時刻はもう十九時半を回ろうとしていた。夕飯の時間は二十時までだ。風呂の時間も迫っている。さっきまで熱に犯され、現実でありながらまるで夢の中にでもいるような気分だった俺は、一気に現実の世界へと引き摺り戻された。どうやら、性欲は食欲には勝つことはできないらしい。やっぱり、俺たちの恋は、BLドラマCDや映画のように美しいだけの恋愛には到底なりそうもない。何だか安心するよ!
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