第4場 誘い込まれる薔薇の園

、今度こそちゃんと聴いてみた?」


と部活の時間に美琴ちゃんに尋ねられた俺と航平は顔を真っ赤にして硬直してしまった。そんな俺たちの様子を美琴ちゃんも先輩部員たちも不敵な笑みを浮かべながら眺めている。


「そう。聴いたのね」


俺も航平も言葉を一言も発していないにも関わらず、美琴ちゃんは満足気に頷いた。


「この土日にしっかりと聴き込んでおきなさい。きっと得るものは多いはずよ」


 昨日はタイトルやらあらすじやら事細かな情報を聞いて来た癖に、今日はサラッと流されてしまった。あんなストーリーを自分の口で説明するなんて、とてもじゃないが恥ずかしくて出来ない俺にとっては、美琴ちゃんに根掘り葉掘り作品について感想を求められなかったことは幸いだったのだが。


「さてと。今日は読み合わせはしません。皆で映画を観ましょう」


美琴ちゃんのその計画に俺は二つ返事で乗った。あまりにもBLドラマCDとかやらが衝撃的過ぎたおかげで、昨夜は台本を読み込むのをすっかり忘れていたのだ。ホッと肩を撫で下ろす俺と対照的に、他の部員たちはざわつき、ヒソヒソ話をし合っている。ん? 映画鑑賞に何か特別な仕掛けでもあるのだろうか? 俺は不思議に思いつつも、特段気に留めることはなかった。


 俺たち演劇部員全員が視聴覚室に集まるなり、美琴ちゃんはカーテンを全て締め切り、部屋の鍵も厳重に施錠した。何もそこまで外界をシャットアウトしなくてもいいのにと俺は思ったが、美琴ちゃんは念入りに廊下に誰もいないことを確認すると、廊下に面した窓も全て鍵をかけ、視聴覚室は完全なる密室と化した。


「さてと。じゃあ、映画を流すわね。あまり大音量で音は流せないから、皆、前の方に集まって」


美琴ちゃんに言われるがまま、部員全員で一番前の席に固まって座る。部屋の電気が消され、真っ暗になった部屋の中、映画の上映が始まった。


 舞台は人里離れた別世界のような美しい学園。まるでヨーロッパの城のように壮麗な校舎に、俺たちの住む古臭くてダサいだけの聖暁学園の寮とは似ても似つかないこれまた西洋風のこじゃれた宿舎が目を引く。薔薇の花が咲き誇る庭園に噴水の上がる池が広がり、鳥たちのさえずりが響くまるで異世界のような美しい学園だ。その学園に通うのは全てが男子生徒であった……。


 その時点で俺は全てを察した。これは、「ただの」映画ではない。そして、この学園に通う男子生徒たちが繰り広げるストーリーというのも、冒頭の時点で明白だった。この学園に通う男子生徒たちは、この学園の中で恋人同士になるのだ。メインキャラクターを演じる輝くようなイケメン俳優たちの中でも、一際美しいヒロインポジションの少年を巡って恋のバトルが繰り広げられる。愛情、憎しみ、嫉妬。様々な感情が入り乱れ、物語はクライマックスへと突き進んでいく。


 主人公がその美少年と結ばれた瞬間、二人は熱烈なキスを交わし、抱き合い、ベッドの上に倒れ込む。窓から差し込む木漏れ日に照らされ、美しく光を反射する美少年の裸体に主人公は折り重なり、舌を這わせていく……。


 映画のエンドロールが流れる頃には、ただ一人満足気な美琴ちゃんを除き、部員全員が魂の抜け殻状態になっていた。部長も兼好さんも西園寺さんも、すっかり死んだ魚の目をして椅子にもたれかかって脱力している。航平は顔を赤く染め、いかにも恥ずかしそうにもじもじしていた。俺の股間は昨日、BLドラマCDを聴いた時のようにムズムズ反応し、息が上がっていた。


「愛する男を見つめる時の熱い視線。素直になれず、好きな人に反発してしまう男の切ない表情。愛するがゆえに憎しみを生んでしまい、葛藤する男の息遣い。どう? こうやって映画も定期的に鑑賞して、私たちのお芝居に生かしましょう」


美琴ちゃんが一人、熱っぽく演説を始めた。


「BLは二次元だけの世界でいいという人もいるわ。でも、私たちがやるのは三次元でのBLの世界なのよ。三次元のBLだって、二次元に負けないという所を見せつけてやりましょう。どこまで三次元で二次元の美しさを出せるのかが勝負なの! つむつむとこうちゃんくらい、その理想にぴったりの役者は今まで揃った試しがないわ。二人共、この映画を超えるのよ! いいわね!」


「あのぅ……俺たちは一体どこに向かっているんですか?」


俺は思わず美琴ちゃんにそう尋ねずにはいられなかった。すると、美琴ちゃんは得意気に、


「それはね、つむつむとこうちゃんが誘う輝く薔薇の園よ!」


と宣言した。なんじゃそりゃ! 俺は正直、美琴ちゃんにはついていけないよ。でも、今の映画も嫌いじゃない。どちらかと言えば、むしろ好きだ。昨夜航平とイヤホンを分け合って聴いたBLドラマCDだって、精魂尽き果てながらも楽しんでいる自分がいたことも確かだ。美琴ちゃんによって、俺は新たな世界の扉を開けようとしているのだろうか。俺がちらと航平に視線をやると、何かに当てられたかのように頬を紅潮させ、熱っぽい表情で俺を見つめる航平がいた。こんな表情の航平は初めてだ。俺の心臓がバクバクと音を立てて鳴り始めた。

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