第3場 BLドラマCDを聴け!
結局、俺はBLドラマCDとかやらを部屋の隅に押し込んだまま、聴くことができなかった。航平の方から聴こうと誘っても来ないし、俺も今日は勉強で忙しい。俺はそう自分に言い訳をし、台本を開くこともなく、宿題を済ませるとさっさと寝ることにした。
だが、俺と航平にBLドラマCDを二人で聴くというミッションから逃げ続けることは許されなかった。翌日、俺と航平は美琴ちゃんに呼び出された。
「アレ、昨晩ちゃんと聴いた? どう? 参考になりそう?」
美琴ちゃんは生き生きした表情で俺たちに尋ねた。俺と航平は気まずそうに顔を見合わせた。そんな俺たちの様子に美琴ちゃんの笑顔が真顔に変わる。
「もしかして、まだ一枚も聴いていない、なんて言い出すんじゃないでしょうね?」
「あ、ええっと、一応ちょっとは聴いたよね? ね、つむつむ」
おい、適当な嘘ついて、後は俺に丸投げかよ。航平は自分の都合が悪くなると俺に頼ろうとするんだから。俺は冷や汗をかきながら、
「そ、そうですよ。一枚も聴いてないなんてことはないです。絶対に」
と取り繕う。美琴ちゃんは腕組みをして俺たちのそんな様子に冷たい視線を送っている。
「そう。じゃあ、あなたたちが聴いたもののタイトルとあらすじを教えてくれる?」
航平が助けを求めるように俺を見上げて来る。いつもの可愛い航平の仕草だが、この時ばかりはどつきたくなる。俺に全部押し付けやがって!
「ええと、その、男同士で深い仲になるというか……。タイトルは何だったっけな?」
俺は必死で昨日チラ見だけしたBLドラマCDのタイトルを思い出そうとしたが、美琴ちゃんは俺たちが今日まで何も聴いていないことなどお見通しだ。
「やっぱり何も聴いていないのね。いい? 明日の部活までにあなたたちに渡した半分は聴いて来なさいよ。ちゃんと明日、聴いたかどうかチェックするからね」
「……はい。すみません」
「それから、来週から立稽古を始めます。それまでに、今までに渡した台本、覚えて来るようにね」
「ら、来週ですか!? 台本を覚えるって全部ですか?」
「そりゃそうよ。土日もあるんだし、何とかなるでしょ」
「はぁ……」
「そういうことで、よろしくね。特に、つむつむは今年の作品を史上最高の作品に仕上げるつもりなんでしょ? だったら、ちゃんとやれるわよね?」
俺のバカ! 調子に乗って「過去最高の作品にする」と宣言したせいで、これから大会が終わるまでずっと俺にプレッシャーがかけられ続けることになってしまったじゃないか。あんな紙袋に一杯入ったBLドラマCDを大量に聴いた上で、台本も覚えなければならないなんて、時間がいくらあっても足りないじゃないか。
でも、ここで美琴ちゃんの指示を聞き流す訳にはいかない。俺たちがいい加減に取り組むことで、先輩部員たちにも迷惑がかかる。俺は演劇部に対して大きな使命感を感じていた。寮に戻るなり、こそこそ逃げ出そうとする航平を捕まえた。
「航平、BLドラマCD聴くぞ」
「今聴くの? 後にしようよ」
「ダメだ。そんな風に避けていたら、いつまで経っても聴けないだろ? ほら、こっちに来いよ」
俺はCDデッキをセットすると、航平と並んで座ってイヤホンを耳に装着した。心を整えて再生ボタンを押す。軽快なBGMと共に物語が始まった。ジャケットに描かれたイケメンのメインキャラらしく、声を充てている声優の声が無駄に色っぽい。この声でこの男同士の恋とやらの物語を朗読していくっていうのか。そう思うだけで恥ずかしさに赤面してしまうが、これは飽くまで芝居の勉強のためだ。俺は自分にそう言い聞かせた。
だが、聴き始めてみると、これが意外に面白い。ストーリーは「男同士である」ということを除けば普通の恋愛物といった感じだし、声優の色っぽい声による演技が癖になりそうだ。隣を見ると、さっきまで逃げようとばかりしていた航平がすっかりストーリーに入り込んでいるようだ。何だよ、ジャケットのイラストのインパクトに衝撃を受けたが、実際に聴いてみれば案外楽しめるじゃないか。航平も何を逃げ回っていたんだか。
そう思っていたのだが、ストーリーが進行していくと、主人公と彼の愛するキャラクターの仲が進展し、とうとうベッドシーンに進んでいく。その瞬間、俺は何故航平があそこまで恥ずかしがっていた理由を骨の髄まで理解した。生々しい舌を絡め合うキスの音が艶めかしくイヤホンを通して俺の耳を脳を直接刺激する。二人の激しい吐息と喘ぎ声が上がり、身体が触れ合い、激しく絡み合っていく。しかも、このシーンを聴いている隣には、俺が今まさに恋人として付き合っている航平がいて、その航平もこの同じシーンを聴いているのだ。恋人よろしく、一つのイヤホンを分け合って。
俺は恥ずかしさのあまり、すぐにでもCDデッキの停止ボタンを押したかった。だが、押すことが出来ない。男同士で愛し合う演技を勉強するために、どんなに恥ずかしいシーンでも我慢して聴かなくてはならないのだ。いや、それはただの建前だ。俺が愛する航平と寄り添って、男同士で愛し合う熱くとろけてしまいそうなこの物語に、俺はいつの間にか俺と航平の関係を投影し、夢中になっていたのだ。このBLドラマCDでは、メインキャラクターの二人が愛し合っている。だが、その声を通じて、俺の脳内には同じ行為に及んでいる俺と航平の姿がありありと浮かんでいた。
俺は股間がムラムラする感覚を味わった。この感覚。航平が風呂場で裸になっている姿を初めて見た時に覚えた感覚だ。航平の白く綺麗な一点の曇りもないような肌の質感、湯に浸かり少しのぼせて紅潮した頬、俺の裸の身体に直接触れる航平の温もり。思わず呼吸が乱れる。航平の方を見やると、航平も顔を赤らめ、俺の方をトロンとした目で見つめて来た。ダメだ。もう、我慢ができない。
そう思った時、
「あ! もうご飯の時間だ!」
と航平が叫んで俺は一気に現実の世界へと引き戻された。時計を見ると、すでに時刻は六時半を指している。夕飯の時間だ。俺はホッと一息つく時間を得た。よかった。このままこんなものを聴き続けていたら、俺は理性を失ってしまう所だった。
美琴ちゃんは俺たちになんて恐ろしいものを聴かせようとしたのだろう。もしや、俺と航平の関係を知っていたのだろうか? むしろ、俺と航平をくっつけようと画策しているんじゃ……。いや、先輩たちも去年、同じものを聴かされたと言っていた。ただの、俺の思い過ごしか。
俺はただ朗読劇を聴いただけなのに、すっかり疲れ果て、汗だくになっていた。今日は風呂に入ったら早く寝よう。もう、俺に残された体力はゼロだ。
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