第四幕 BLで学べ!愛の表現

第1場 「愛」の演技に四苦八苦

 部活に復帰した俺を、演劇部の部員は全員で歓迎してくれた。だが、二週間近く部活をサボっていたせいで、俺は思った以上に身体がなまっていた。筋トレも前より少し重量や回数を落とさないといけなかったし、ランニングも息が切れるタイミングが早い。基礎錬を久しぶりにがっつりやり込んだ俺は、それだけでへとへとになり、汗だくになって倒れ込んでいた。


「つむつむもうへばってるの? 情けないなぁ」


航平が茶々を入れて来る。だが、息を切らした俺に航平に反撃する余裕はない。身体もなまり、航平にも笑われて散々だ。とはいえ、ここでトレーニングをサボる訳にもいかない。昨夜から航平のやつ、俺の下っ腹についている脂肪を事あるごとにネタにして来やがる。俺の身体でいいように遊んでいるんだよな。ならば、完璧な筋肉を手に入れて、航平をぎゃふんと言わせてやるんだ。夏には、


「つ、紡の身体キレイ……」


なんてうっとりした目であいつが俺を見つめて頬を赤らめるに違いない。今に見ていろよ、航平のやつ!


「はい、じゃあ、集合!」


美琴ちゃんが俺たちに合流し、めいめいストレッチや発声練習をしている部員たちを集めた。


「じゃあ、今日も読み合わせからやっていきたいと思います。つむつむ、ちゃんと台本読んで来たわよね?」


美琴ちゃんは地味に俺にプレッシャーをかけて来る。


「はい、まぁ、一応」


「一応? 何だか頼りないわね。あなたは主役なんだから、ちゃんと台本読み込んで来ないとダメなのよ。あ、ちなみに台本を読む時は、自分のセリフだけでなくて、他の役のセリフも読むこと。自分の役が他の役のどんな行動や言動を受けてそのセリフを言うのかを考えないと、芝居にならないからね」


ギクリ。俺は自分の役のセリフだけ適当に読み飛ばして来ていたんだった。でも、仕方ないじゃん。今日渡された台本を読む時間なんて昼休みの一時間くらいしか取れなかったんだから。


 舞台監督の兼好さんが映画のカチンコのごとく、「よーい、はい!」という掛け声と共に手をパチンと鳴らして、読み合わせが始まる。俺演じる主人公のアキが航平演じるハルに初めて想いを伝えるシーンだ。互いへの恋心を自覚しつつも、複雑な境遇に対するコンプレックスもあり、なかなか近づけない二人。だが、決意を固めたアキは、逃げようとするハルを追いかけ、抱きしめる。


アキ「ハル!」


ハル「何するんだよ! 離せよ! アキなんて嫌いだ。家族も誰も頼れる人のいない僕のことなんか何も理解できない癖に!」


アキ「確かにそうだ。俺はお前のことを全部は理解できない。でも、俺も母さんがいないんだ。だから、少しはハルの気持ちが理解できるはずだ」


ハル「え? アキ、それって……」


アキ「俺の母さんは、数年前に死んだんだ。俺はずっと母さんがいないことが淋しかったし、授業参観でも運動会でも母さんがいないことがコンプレックスだったんだ」


ハル「ごめん……。僕の方こそアキの事情も知らないで、勝手に家族と一緒に暮らしていて、幸せいっぱいだなんて言って。僕、最低だ。アキを傷つけて……」


アキ「ううん。実際、俺には父さんはいる。その幸せを俺は忘れていた。俺には確かに母さんはいないけど、父さんはいる。帰る家もある。俺は自分の幸せをわかっていなかった。でもね、ハル。俺がお前を好きになったのは、ただの同情なんかじゃないんだよ。確かに俺は最初にお前の境遇を知った時、ショックを受けた。ハルがその小さな背中に、俺が想像もできない程、大きな悲しみを背負って生きて来たってことに、俺も辛くなったよ。でも、俺は初めてハルを見た時から、ハルのことが好きだったんだ。ずっとずっとハルのことを愛して来たんだ。俺はもうこのハルを好きな気持ちから逃げない。俺はハルを幸せにしたい。ハルに帰る場所がないというのなら、俺がお前の帰る場所になるよ。ハル、お前のことが好きだ」


ハル「ダメだよ、アキ。僕なんかに関わったらアキも不幸になっちゃう」


アキ「ハルを好きになって俺が不幸になるのなら、俺はいくらでも不幸になってやるさ」


ハル「アキ……」


アキ「ハル、俺はお前を愛している」


ハル「僕もアキのことが好きだったよ。出会った時からずっとすっと。アキ、僕もアキが好きだ」


 あれ? このシーンってこんなに濃厚な愛の告白をするんだったっけ? 俺は驚きと気まずさで一杯いっぱいになっていた。航平を前にこんなセリフを言うのが恥ずかしくて仕方がない。俺は全身がカッカと熱くなり、頬がぽっと赤く紅潮した。セリフ回しもぎこちなく、恥ずかしさに声も小さくなる。


 初めて見る台本でもない癖に、こんな反応を示していては、台本を適当に読み飛ばしていたことがバレてしまいそうだ。俺は内心ビクついていた。


「はい、ちょっと待って!」


と、美琴ちゃんが俺と航平の読み合わせを止めた。


「二人とも、ちゃんと読んで来たの? これじゃ、棒読みで全然話にならないじゃない」


案の定、美琴ちゃんに叱られた俺と航平は気まずそうに顔を見合わせた。航平も心なしか顔を赤らめている。いつも悪目立ちばかりしている航平だが、そんなやつにも少しは「恥じらい」というものがあるらしい。


「す、すみません」


俺はおずおずと美琴ちゃんに謝る。


「じゃあ、もう一回!」


俺と航平は再び最初から読み始める。だが、何度やっても恥ずかしいセリフは恥ずかしい。「愛の告白」なんてどうやってするのが正解なんだ? 確かに俺は昨日、航平に人生初めての「告白」をした訳だが……。でも、俺が告白なんぞしたのは昨日の一回きりだ。そんな俺にいきなりこんなセリフをロマンティックに言えといわれても、無理なものは無理だ。


「二人共、恥ずかしがっているの? そんな声でホールの一番後ろの席に座っているお客さんに聞こえると思う? もじもじしながらそんな小さな声でセリフを読んだところで、何も伝わらないわよ。いい? 恥ずかしさなんてさっさと捨てなさい。そうやって恥ずかしいと思いながら中途半端な芝居をしている方がよっぽど恥ずかしいんだからね!」


「つむつむはもっと情熱的にハルに告白しないと。ハルに何度拒絶されても諦めない芯の強さが欲しいの」


「こうちゃん、あなたはただアキの告白を拒否しているだけになっているわよ! いい? ここではね、ハルもアキのことが好きなのよ。でも、過去の辛い経験から、自分の心に正直になれないの。その葛藤をもっと出しなさい」


「つむつむ、そこで変な間を開けない! アキは思いの丈を矢継ぎ早に吐露するんだから、もっと勢いをつけてバーッと感情を爆発させなさい」


美琴ちゃんの熱の入った指導が次々に入る。美琴ちゃんの熱血指導のおかげか、俺も航平もだんだん恥ずかしさを忘れ、台本に没入していった。気が付けば、もう部活を終了する時刻になっていた。

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