第12場 お互いの好きな理由
俺と航平は久々に一緒に夕飯を食べ、風呂に入った。やっぱり飯も風呂も航平がそばにいると落ち着く。航平のキャッキャキャッキャとはしゃぐ声を聞きながら、俺はしみじみとその幸せに浸っていた。俺は湯に浸かりながら、心地良さにうとうとし始めたのだが、脇腹を航平にいきなりむぎゅっとつかまれ、思わず「ひぃっ」と悲鳴を上げた。
「な、何をするんだ!」
俺が思わず大声で怒鳴ると、航平は、
「美琴ちゃんに紡のボディチェックをしろって言われたからね。紡がトレーニングサボっている間に、どれだけ身体がなまったのかチェックさせてもらうよ」
と言いながら、俺のお腹を撫で回す。俺はくすぐったいやら恥ずかしいやらで、風呂の中で思わず水飛沫を盛大に上げて暴れた。
「おい、お前ら、いい加減にしろ!」
浴槽に浸かっていた先輩の怒鳴り声がすかさず飛んでくる。
「すみません!」
俺は慌てて風呂場を飛び出した。
「お前なぁ、ボディチェックなんて風呂場でいきなり始めるなよ」
「じゃあ、いつ紡の身体を見ればいいの? もしかして、夜、エッチしてくれるとか?」
航平のやつ、平気でエッチなんて言葉を口にするなよ! 俺は心臓もバクバクと激しくなり、顔から湯気が上がりそうなほど真っ赤にのぼせ上ってしまった。
「し、しねえよ!」
「じゃあ、今しかないじゃん」
すると、航平は俺に抱き着いて、俺の腹をつまんで来る。
「ほーら、紡のお腹、ぷにぷにだぁ!」
「や、やめろ! ダメだ! ほら、その手を離せ!」
俺は何とか航平を振り払うと、急いでシャツを身に付けた。
「あーあ、服着ちゃった」
航平は実に残念そうだ。
「当たり前だろ。誰が俺の腹を触れって言ったよ。ボディチェックなんてただの目視で十分だろ」
「でも、僕に触られて興奮したでしょ? 紡、顔真っ赤だよ? おちんちんも大きくなってる」
俺は慌てて股間を隠しながらパンツを履いた。
「いい加減にしないと、お前のことしばくぞ」
「僕をしばく前に、紡は自分の身体を心配した方がいいよ。紡のお腹、脂肪がたっぷりついてぷにぷにだったよ?」
「そ、それは……」
「まだまだトレーニングが足りないみたいだね」
クソッ! 航平のやつ、調子に乗りやがって! しかし、実際にそれは本当のことだし、反論することもできない。
「お腹出ていて落ち込んだ?」
部屋に戻った俺がベッドで不貞寝していると、航平が俺を揺すり起こそうとしながら尋ねた。
「落ち込んでなんかねえよ。疲れただけだ」
「大丈夫だよ。僕が明日から紡と一緒にトレーニングしてあげるから、一緒に頑張ろう?」
可愛い航平に励まされるなんて、俺も情けなくなったもんだな。でも、仕方ない。身体がなまったのも、演劇部を辞めると言って飛び出した自分のせいだ。すると、航平がいきなり俺のベッドの中に潜り込んで来た。
「お、おい! お前、何するつもりなんだよ!」
俺が思わずそう叫ぶと、航平は甘えた声で
「ねぇ、紡。紡は僕のどこが好きになったの?」
と、俺に尋ねる。その可愛さに思わず俺はドキッとした。
「そりゃ……可愛いところ、とか……」
「それから?」
「まだ言わせるのかよ」
「知りたいんだもん。紡が僕のどんな部分を好きになってくれたのか」
改めて、航平の前で、航平に惚れた理由を告白するのは何だか照れくさい。でも、こんなに航平から可愛くせがまれて、その頼みを無下にできるやつがこの地球上にいるのなら教えて欲しい。
「ただのグミなのに、めっちゃ美味そうに食うところ。人懐っこくて、いつも可愛い笑顔を見せてくれるところ。天然で自由で人を振り回しているようで、実際は結構気を遣ってくれているところ」
「それからそれから?」
「まだ言ってほしいのか」
「紡が僕について思ってること、全部知りたいの!」
「わかったよ。全くお前ってやつは知りたがりなんだから。そうだな……。演劇部で一緒に部活始めてから、お前と一緒に台本読んだり、トレーニングしたり、そういうの、全部楽しかった。お前と一緒にいると俺、すげぇ楽しいんだよ。特進クラスにいた時はこんな感覚がなかった。俺、航平と出会ってから、毎日が充実してるんだ。確かに普通クラスに降格させられたり、成績落としたりしたけど。でも、俺は今、特進クラスに戻って勉強だけする生活に戻るか、航平と普通クラスで一緒に学校生活送るかって選択を迫られたら、俺はお前と一緒にいることを選ぶ。
それに、ここ数日、お前と飯を食うことも、風呂に入ることも、同じ空間で寝ることもできていなかっただろ? 俺、お前がいないとすげぇ落ち着かなくてさ。何か、お前と一緒にいることが俺の新しい普通になっちゃったみたいなんだ」
「紡が僕のこと好きな理由いっぱいだね!」
ここまで俺が航平を好きな理由をせがまれるままに事細かく説明してやったにも関わらず、当の航平の反応はたったこれだけかよ! 全く、航平のやつは気ままで勝手なもんだ。航平らしくて逆にホッとするぜ。
「いや、お前が言わせたんだろ! 俺だけ言うの、恥ずかしいから、お前も言えよ。俺のこと、好きになったんだろ?」
「えー? どうしよっかなぁ」
「ダメだ。俺だけ言わされるなんて不公平じゃないか。それに、お前が俺の好きな理由言わないと、俺、気になって夜眠れないよ」
「世話のかかる子だね、紡は」
「お前がそれを言うか!」
「えへへ。うーん、僕が紡の好きなところかぁ……。そうだなぁ。まず、残念なイケメンなところ!」
「あのなぁ、あんまりふざけたこと言うなよ?」
「本当のことだよ! 紡、イケメンな顔してるのに、おっちょこちょいだし、性格ちょっと面倒くさいし、不器用じゃん?」
「それ、俺の悪い所ばかりじゃん」
「でも、そんな紡が可愛くて好き」
小さくて可愛い航平の癖に、逆に俺に対して「可愛い」と言うなんて反則だぞ。俺は思わず赤面して、息が荒くなった。
「お、お前、俺に可愛いとか言うな!」
「だって、紡が僕に紡の好きな所言えって言ったんだよ?」
「それは……そうだけど……」
「それから、いつも一生懸命なところ。それに、いつもツンツンしている癖に、実は優しいところ」
俺から航平に俺の好きな所を言えと要求したのはいいが、こうして列挙されると何だか照れ臭い。
「お、おう。そうだろ? 俺にもいい所、たくさんあるだろ?」
「これだけじゃないよ。まだ紡が魅力的な理由、もう一つあるんだ」
「何だ?」
「紡の裸がトレーニング始めてからめっちゃエロくなったところ」
「お、お前!」
俺は心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらい、鼓動が激しく波打った。
「ドキッとした?」
航平が俺の耳元で囁く。
「う、うるせぇ!」
俺は思わず布団を頭まで被った。
「でも、もうちょっと頑張ってもらわないとなぁ。お腹の脂肪もまだついてるし」
航平が俺の脇腹を再びむぎゅっとつまんだ。俺はベッドから飛び起きた。
「ちょ、お前! やめろ! あー、何だか熱くなって来たわ。購買行ってアイス買って来よう」
「アイスなんか食べたらまた太るよ?」
「いいよ。明日からトレーニング頑張るから。お前は太るからアイスなしな!」
「紡のケチ! 僕はいいの。太ってないし」
悔しいけど、航平の身体は綺麗なもので、無駄な脂肪一つついていないんだよな。食事量も大して変わらないだろうに、一向に太らない体質なのが羨ましい限りだ。やっぱり、脂肪のついた下っ腹は指摘されればされるほど気になるし、ここはアイスは航平の忠告に従ってやめておこう。
「わかったよ。じゃあ、今夜はやめとく。お前だけ行って来いよ」
すると、航平は少しだけ拗ねたような顔をして俺の手握ってそっと引っ張った。
「紡と一緒にアイス食べる」
と航平は膨れっ面のままボソッと言うと、俺の手を引いて部屋を出た。なんだ。結局俺とアイス食いたかったんじゃないか。素直じゃないな。でも、この膨れっ面、反則級に可愛いじゃないか。真っ白な頬がぽっと赤くなり、文字通りぷくっと膨らんでいて、まるでリスみたいだ。俺は人差し指で航平の膨らんだ頬をついてみた。「ぷっ」という小さな音と共に頬に溜め込んだ空気が吐き出される。
「もう、紡のバカバカバカ!」
航平が俺の身体をポカポカ叩く。可愛いやら面白いやら、俺は笑いが止まらなかった。まぁ、航平も一緒に食べたがっていることだし、今夜くらい、アイス食ってもいいよな!
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