第9場 反省文は共同執筆
「えー? 反省文なんてどうでもいいじゃん。つまんないの。紡くんって妙な所で真面目だね」
キスを拒否された航平は文句たらたらだ。
「真面目も何も、反省文をすっぽかして、これ以上教師に怒られるのは俺はごめんだ」
「へぇ。先生のこと、怖いんだ?」
「う、うるせぇ!」
俺は真っ赤になった顔を隠そうと、教卓まで走って行くと、セロハンテープを持ち出し、破れた原稿用紙を繋ぎ合わせた。だが、いざ書こうとするも、何を書いていいのかがわからない。「自分は悪くありません」と書くわけにもいかないし、思ってもいないのに「悪かったです。ごめんなさい」と書くのも癪に障る。俺が頭を抱えているのを、航平はじっと見つめていた。しかし、とうとう痺れを切らせたのか、
「しょうがないなぁ。じゃあ、僕が反省文一緒に考えてあげよっか」
と、こんなことを言い出した。反省文を考えるどころか、原稿用紙に落書きをしようとしていたやつが何を言うか!
「航平が? いいよ。お前の手を煩わせるまでもないから。こんなもの五分で書いてやる」
「その割に、全然進んでいないよね? もう何分原稿用紙とにらめっこしてるの?」
「そ、それは……」
「だから、僕に任せときなって。ちゃんといい感じの反省文、考えてあげるから。ね?」
航平の考えた反省文など、まともな反省文になるとは思えないのだが。しかし、航平はすっかりやる気だ。俺の隣に椅子を引っ張って来て座った。航平が俺の隣に密着して座っている。それだけで、俺は気が散って反省文どころではなくなりそうだ。
「うーんと、まずね、紡の中に、自分がちょっとでも西条くんに対して悪いことしたなぁって思うところある?」
航平が俺の顔を覗き込んで尋ねた。航平の顔をまともに見た俺は、それだけで顔が真っ赤に染まってしまう。
「か、顔近いぞ、おい。……西条に俺が悪いことしたところ? んなもん、ねぇよ」
「まあ、そうかもね。でも、どんな理由があっても、西条くんを殴ったのは、紡が悪いんじゃない?」
「そ、それは……」
「だから、殴ったことはすみませんって正直に書けばいいと思うよ」
「わ、わかったよ……」
航平にしては案外まともなアドバイスだ。俺は取り敢えず、航平の言うことを聞いてみることにし、原稿用紙にペンを走らせた。
「よし。書けた。これでもういいだろ。あいつを殴ったこと以外、俺が悪いことなんてしてないんだし」
俺が立ち上がろうとするのを航平が止めた。
「だったら、ちゃんとそういうことも書いちゃえばいいよ。このまま、紡が悪者にされたままなのは嫌でしょ?」
「そりゃそうだよ。でも、そんなこと、反省文に書くことじゃないだろ」
「そんなもの、誰が決めたの? もし、ルールとしてそんなものがあるんだったら、破ってやればいいんだよ」
「お前はいつもルールを無視してばかりだろ。お前はそれでいいかもしれないけど、これを教師に直接見せに行くのは俺なんだぞ? そんなこと書いたら、俺、また怒られるだけだよ」
「じゃあ、僕も紡と一緒に行く!」
予想外の答えだ。航平は奏多との喧嘩に何ら直接的な関係はないし、俺に付き合って職員室に行くことで、航平にまで火の粉が飛んでしまうであろうことを思うと、そんなことはさせられないと思ってしまう。
「え、いいよ。お前まで怒られるところ、俺、見たくないし」
「紡は優しいんだね」
航平のやつ、上目遣いで、俺を誘うようなセリフを吐いて来やがる。もしや、こうやって俺を誘惑してキスをさせようとする算段か? 俺は身体中か熱くなり、汗が全身から噴き出すのを感じた。
「や、やめろよ、優しいとか」
「へへん。いいのいいの。気にしないで。僕、平気だよ、紡が一緒にいてくれたら」
航平のやつは、次々と俺を誘惑するようなことばかり言って来る。このまま早く反省文を完成させないと、俺は自分の理性を保てそうにない。
「わ、わかったよ。じゃあ、書く」
俺は航平の言う通りに、原稿用紙にシャープペンを走らせた。
それにしても、航平は俺と一緒について来て、本当に大丈夫なんだろうな? いや、大丈夫なんだろうな、じゃない。いざとなったら、俺がこいつを守ってやらなきゃいけないんだよ。航平にまでこの事件の被害を被らせるわけにはいかないからな。
でも、反省文に俺がなぜ奏多を殴ったのかという理由を書くと、少しすっきりした。自分が悪くない出来事について、「自分が悪かったです」と書くのはどうしても腹の虫が収まらなかったからだ。俺は間違ったことはしていない。謝罪をするのなら、まずは奏多が航平に謝るべきなんだ。俺が謝るのはそれからだ。
「よし、上手に書けたね。えらいえらい」
航平が俺の頭をよしよしと撫でた。俺は不覚を取られ、思わず「ひゃっ」と声を上げた。俺のその反応に航平はキャッキャと笑い声を上げた。
「お、おい、俺は子どもじゃないぞ」
「えー? 紡はまだ子どもっぽいところたくさんあるじゃん」
「お前にだけは言われたくねぇな。お前の方こそ……」
「うん。僕、まだ子どもだよ。僕は自分のこと子どもだって思ってるから、別に紡にお前は子どもっぽいなって言われても全然平気だよ」
くっ! こいつはどこまでも食えないやつだ。
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