第8場 仲直りと告白

「へぇ、反省文かぁ。僕が代わりに書いてあげようか?」


航平はいつものようにいらずらっぽく俺に笑いかけながら、俺の席に座って原稿用紙に落書きを始めた。


「おい、やめろよ!」


俺は慌てて航平から原稿用紙とシャープペンシルを取り上げた。と、その勢いで原稿用紙はビリっと音を立てて破れてしまった。


「あーあ、どうしてくれるんだよ。新しい原稿用紙、職員室に行って取って来いって言うのか?」


「紡は悪いことをした訳じゃないじゃん。だから、反省文なんてすっぽかしちゃいなよ」


航平は悪い顔をして笑っている。そこで俺はふと気が付いた。


「そういえば、何でお前はこれが反省文だって知ってるんだ?」


俺の質問に航平はニヤリと笑った。


「だって、あんな派手な喧嘩してたら嫌でも目立つじゃん」


「あれは……その……」


「あはは、いいっていいって。紡が西条くんと喧嘩した理由は、西条くんが僕や演劇部のことを馬鹿にしたからでしょ? 何だかんだ言って、僕たちのこと気にかけてくれてるんだなと思って嬉しかったよ」


奏多との喧嘩の場面だけじゃなくて、事の初めから全部知っていたのかよ。それならそうと、もっと早く言えばいいのに。もったいぶりやがって。


「別に俺は奏多の発言が許せなかっただけで、航平のこと気にかけていた訳じゃ……」


「紡、ありがとう」


と、航平は俺が照れ隠しに取り繕おうとするのを遮って、にっこり俺に笑いかけた。俺の心臓がバクバク音を立てて鳴り出した。


「あ、ああ。その……さ。この前は、悪かったな。男同士の恋愛がじゃないとか言って。俺、そういうやつが身近にいること知らなかったし、まさか航平を傷つけることになるなんて思っていなかった。ごめん」


「わかればいいよ、わかれば」


航平はそう言うと、小さくため息をついた。


「でも、僕の口から紡には言いたかったな。西条くんの噂話からじゃなくて」


「お前が男が好きだってこと?」


「そ。だって、僕にとっては大事なことだから」


「そうか……。そりゃ、そうだよな」


「うん。でも、紡は、僕が男の人が好きでも引いたりしない人だって理解でいいよね?」


「しないよ。それに……」


ここまで航平が話してくれたんだ。俺ももう、自分の気持ちに向き合おう。自分にも航平にもこの気持ちを誤魔化して付き合うことはやめよう。俺は俺の航平に対する想いを全て航平に打ち明けることにした。


「俺もたぶん、男が好きなのかもしれない……」


航平は目を丸くした。


「紡、それ本当?」


「本当だよ。だって、俺が初めて好きになった相手は航平、お前だったから」


「紡……」


航平の頬がポッと赤くなった。


「俺、怖かったんだ。俺はずっとの人生を送りたかった。このままいい成績で聖暁学園を卒業して、いい大学に行って、いい会社に就職して、結婚して、家庭を築いて、子どもを作って。そんな当たり前の人生を送ることが俺の全てだった。でも、航平に出会って、寮で同室になって、俺の中の何かがこの三か月で激変したんだ。その何かに向き合うことが俺はできなかった。もし向き合えば、俺は俺が目指すの人生のレールを外れることになるかもしれないと思ったから。その何かってのが、航平を好きな気持ちだったんだよ。


 男が男を好きになる。そんなのじゃない。俺はそう思って自分の感情が怖くなった。しかも、そんな時に男同士のラブストーリーを部活でやることになるなんてことになって、凄いタイミングだよな。その上、好きになったお前と寄りにも寄って恋人同士の役をやるとかさ」


俺はずっと心の中に溜め込んでいた想いを全て航平にぶちまけてしまうと、何だかすっきりした。あんなに怖いと思っていた自分の航平に対する感情も、認めてしまえば何てことはなさそうだ。


「紡!」


航平はそう叫ぶなり、俺にギュッと抱き着いた。これだ。この感覚だ。航平と喧嘩してからというもの、ずっと俺が戻って来て欲しかったのは。小さくて、温かくて、可愛くて。いや、待てよ。そんなことよりも、この反応って……。もしかして、航平も俺のことを……。


「僕も、僕も紡のことが好き! 僕が演劇部に紡を誘ったのは、紡がただで、美琴ちゃんに求められていた条件を満たしていたからだけじゃないんだ。僕、紡のこと、中等部の時に初めて見かけた時に一目惚れしていたんだ」


航平が顔を赤らめてそう俺に捲し立てた。これは航平からの告白ってことでいいんだよな? 最高に嬉しい。こんなに嬉しい感覚を、にこだわっていた中等部時代、俺は味わったことがなかった。俺はアホだ。勝手にの枠を自分で決めつけ、こんな幸福な瞬間が人生に訪れることをずっと避けて来たのだから。というか、中等部の頃からずっと俺のことを目で追っていたのか、この小さくて可愛いやつは。愛おしくてたまらなくなるじゃないか。


「ねぇ、紡。キスしていい?」


航平がトロンとした目で俺にせがんで来る。俺の心臓が大きく高鳴る。


「き、キス?」


「だって、僕と紡は両想いだったんでしょ? だったら、キスくらい……」


「だ、ダメだ。キスなんかできない。もうちょっと待ってくれ。まだ心の準備が出来てないし」


俺は恥ずかしさのあまり、思わず航平のキスの求めを断ってしまった。そんな俺に、航平はぷくっと膨れっ面をした。


「本当に紡ってチキンなんだから。キスくらいなんてことないでしょ?」


「はあ? お前はキスをすることに何も感じないのか?」


「何もって?」


「その……照れとか恥ずかしさとか……」


「だって、好きな人とするキスだもん。恥ずかしがっていたら、いつまでもできないよ?」


航平の言うことは至極真っ当なのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。


「あ、そうだ。反省文反省文!」


俺は反省文を書かねばならない状況がここまでありがたいと感じることになるとは想像もしていなかった。

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