第6場 部長の頼み事

 それから何日経っても、俺も航平も言葉を交わすこともなく、航平は夜になると友達の部屋に通い続けた。学校でも寮でも一切口もきかず、目も合わせない日々。それは俺の心にボディーブローのように次第にダメージを与え続けていた。そろそろ、航平に無視され続ける生活もキツイ。航平のあの屈託のない笑顔を見たい。俺に乗せ付いて甘えて欲しい。俺に目もくれない航平を見るのは正直とても辛い。


 俺は演劇部に行くこともなくなり、放課後は一人、寮の部屋で勉強をして過ごすようになった。だが、どうしても航平のことが気になって、勉強には身が入らない。それに、演劇部などさっさと退部届を出してしまえばいいところを、俺はグズグズと先延ばしにし続けていた。どうしてか、スパッと辞めてしまう決断ができずにいたのだ。


 そんなある日の放課後、俺が寮に戻ろうとするのを、部長に呼び止められた。


「演劇部のことで、いろいろ不快な思いをさせてごめん」


部長は俺に頭を下げて謝った。


「もし、演劇部を辞めたいというのなら、退部届を出してくれて構わないから。俺たちがつむつむのことを騙していたのは事実だし、つむつむが怒るのも無理はないと思っている」


俺はどう答えていいかわからず、黙っていた。すると、部長は顔を上げ、こんな話をし始めた。


「それで……、こうちゃんのことなんけど……」


「航平の話は聞きたくありません」


俺は思わずそう突っぱねた。本当は航平の話を聞きたい癖に、俺は素直にそう打ち明けることができなかった。


「俺からこうちゃんについてつむつむに話すことは何もないよ。そうじゃなくて、つむつむとこうちゃんの間に何があったのか、俺、知りたいんだよ。こうちゃんは今、凄く落ち込んでる。あんなに暗い顔をしたこうちゃんを俺は今まで見たことがないんだ」


 部長の言うことは何となくわかる。教室にいる航平は今までに見たことがないくらいしおらしく、友達と関わることもあまりせず、不気味なほど静かにしている。俺は航平の逆鱗に触れたということはわかる。俺があの台本をではないと言ったことに航平は相当腹を立てているらしい。何故それがいけないのかがわからない。俺はただでいたいだけだ。そこに航平は関係ないはずだ。何故、あいつにそこまで俺の内面に踏み込まれなければならないんだ。


 俺は正直に航平との出来事を部長に話した。部長は難しい顔をして俺の話を聞いていたが、俺が話し終わると空を扇いで大きな溜め息をついた。


「つむつむの気持ちもこうちゃんの気持ちもわかるんだよなぁ」


部長はそう言って頭を抱えた。


「俺もつむつむと一緒で、最初にBLなんてものを大会で演らされることになった時、正直嫌だった。確かに、男同士の恋愛物なんてだなんて思えないもんな。ただでさえ、男子校ってだけで、小学校の頃の友達に『学校にホモいるのか』なんて興味本位で聞かれたりして迷惑してるのにな。それをわざわざ、男子校の演劇部の俺たちが男同士のラブストーリーを、しかも大会なんて大きな場所でやらなきゃいけない、なんて抵抗あって当たり前だよ。


 その理由で演劇部を辞める新入部員が多いことも事実なんだ。俺たちが一年だった頃、俺や兼好、西園寺以外にも俺たちと同じ学年の部員がいたんだ。だけど、そいつらは美琴ちゃんの台本を見るなり拒絶反応を起こしてさ。それで、そのまま演劇部を辞めていった。


 俺たちも部員が減ることにはショックがあったけど、こうちゃんは特にガッカリしていてね。詳しいことはこうちゃんに許可貰ってないから話せないけど、こうちゃんは何も考えていないようで、いろいろ抱えている子なんだ。こうちゃんがうちの演劇部に来るようになったのにも、いろいろ事情があってね……」


部長の話は意味深だ。航平の事情というのが、俺にとって一番聞きたい部分なのだが、そこをぼかされては元も子もない。


「あいつの事情って何なんですか?」


「ごめん。それは言えない。さっきも言ったように、こうちゃんに許可貰ってないし。あの子の個人的な問題だから」


俺ははっきりしない部長に苛立って来た。


「そうやって、今回の台本の話もずっと隠して来たんじゃないですか。史上最高の逸材だとか、だとか、そんなボカしたことばかり言って、肝心なことは今まで隠していたんですよね。これ以上、まだ俺に隠し事をしながら頼み事をするんですか? もう、嫌です。俺はそんな風に肝心な話をぼかされるのは、正直ムカつきます」


そんな俺に、部長は申し訳なさそうな表情で、


「ごめん」


と謝るばかりだった。


「でも、一度、ちゃんとこうちゃんと話をして欲しい。こうちゃんはね、本当につむつむのことが大好きだったんだよ。つむつむは知らないと思うけど、俺たちの前では、ずっとつむつむの話ばかりしているんだ。俺は、つむつむ以外に、こうちゃんが誰かのことをあそこまで熱っぽく語るのを見たことがない。それは、兼好や西園寺も一緒だと思う。それに、きっと美琴ちゃんも同じなはずだよ。


 こうちゃんの演劇部との関わり方も、つむつむが入って本当に変わったんだよ。こうちゃんが中等部の生徒だった時は、基本的に俺たちと一緒に基礎錬をして、稽古を見学して帰るだけだった。それが、つむつむが一緒に俺たちの部活に来るようになってから、どんどん積極的に部活の内容にも関わるようになってさ。自主公演で演出助手なんかの役割を任された一年生、君たちが初じゃないかな。俺も、まさかこうちゃんが、自分が出る訳でもない自主公演の台本を完璧に覚えて来るなんて思わなかったよ。それだけ、つむつむと一緒に部活をやれることが楽しかったんだと思う。基礎錬だって、つむつむだけ別メニューでキツイ筋トレが課されたら、こうちゃんはずっとつむつむのそばにいた。一緒にジムでトレーニングまでしてさ。


 だから、こうちゃんがつむつむのことでこれ以上辛い顔をしているのを俺は見たくないんだよ。だから、俺からのお願いだ。こうちゃんの話だけでも聞いてやって欲しい」


 部長は後輩である俺に平身低頭頼んで来た。俺も一度ちゃんと航平と話さなくてはならないと思っていたところだ。部長立っての頼みを無下にもできないだろう。俺は、航平と腰を落ち着けて向き合うことを決意した。

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