第4場 暴露された演劇部の裏事情
それから数日後、美琴ちゃんが俺たちの部活中に息を切らせて駆け込んで来た。
「今日は皆に重大報告があります。大会の脚本、一部ですが書き終えました!」
部員全員から歓声と拍手が起こる。
「じゃあ、今から出来立てホヤホヤの台本を配るわね。それから、配役も発表します」
とうとう、俺の役者デビューする役が決まるのか。俺の期待は膨らむばかりだ。
俺ははやる気持ちを抑えながら台本を受け取った。だが、台本を読み始めた俺は戸惑った。確かに、この美琴ちゃんが作る大会に向けた芝居は以前聞いた通り、ラブストーリーだ。だが、男女の恋愛ではない。登場人物全員が「男」のラブストーリーだったのだ。それも、物語の終盤で、主人公とその愛する相手の男が抱き合ってキスをするシーンまである。
「え? あの、これって……」
俺が質問するよりも早く、
「主人公のアキ役はつむつむね!」
と美琴ちゃんが俺を指名した。
「アキの相手役ハルはこうちゃん」
「はーい!」
ちょっと待てよ。航平も何「はーい」なんてノー天気に返事しているんだよ! え? 何? 俺がこの物語の主人公アキで、航平演じるハルに恋をする、だって!?
「ま、ま、待ってください! 俺、こんな役を演じるなんて聞いてないですよ。何かの間違いですよね? 俺、こ、こ、こんなのできません……」
俺はもうオーバーヒートしそうな程全身がカッカと熱くなっている。だが、美琴ちゃんはそんな俺の文句に耳を傾けるつもりは一切ないらしい。
「異論は認めないわよ? この前、早く舞台に立ちたいって、つむつむ言っていたでしょ? 今年の大会の主役はあなたにしたの。もっと喜びなさいよ」
「そ、そんなぁ……。だって、自主公演の時は、普通の、本当に普通の話だったじゃないですか。こんな……その……ホモの話だなんて、俺、聞いてないですよ……」
「そんなに男の子同士の恋愛を演じるの、嫌?」
「い、嫌ですよ。お、お、俺は……俺は……」
その時、俺は自主公演の先輩たちの芝居を観ながら考えていたことを思い出した。
『俺があの客席の向こう側に立つ人間になった時に、もし、航平のことを特別な存在として見做す世界に飛び込むことが許されるのだとしたら、俺はどうするだろう? ……もし俺が航平を愛する役をすることになったとして、航平を特別な存在として扱うことができるだろうか。俺は航平を俺にとって特別な存在として受け入れることを自分に許可するだろうか。芝居という、現実世界から隔絶された世界であれば、俺はもしかしたら、そこまで「普通」のレールを踏み外すことを自分に許してしまうかもしれない』
そうだ。俺はそんなことを考えてあの時、劇場に座っていたんだっけ……。今、美琴ちゃんが作った台本というのは、俺があの時夢想したストーリーが現実のものとなったということになるのか? いや、あれはただの妄想で、本当にやることになるなんて、俺は想像だにしていなかったことで……。普通であるはずの俺が、男の航平を愛する男の役を本当に舞台上で演じることになるだなんて……。
口ごもってしまった俺に、部長が少し申し訳なさそうに切り出した。
「ごめん、つむつむ。俺たち、今までつむつむにいろいろ隠していたんだ」
「隠すって何をですか?」
「まず、自主公演で普通の青春群像劇をやったのは、新入部員を集めるため。といっても、今年の新入部員は結局、つむつむとこうちゃんだけだったんだけどね。いきなり、男同士の恋愛物見せられたら、皆ドン引きするでしょ? だから、まずは無難な芝居をやって、興味をもってもらう。俺もそのせいでコロッと騙されてこの部活に入ったんだよね」
部長に続けて兼好さんが俺に説明を続けた。
「美琴ちゃんの作る脚本って、基本的にBL物なんだ。あ、そうそう。つむつむはBLって何なのか知らなかったよね。
「男同士の恋愛ストーリー」だって!? 「ボーイズラブ」というその響きを聞いただけでも、俺の身体の中が沸騰してしまいそうなほど熱くなる。
「それに、実はつむつむをこうちゃんに勧誘して貰ったのにも訳があって……」
西園寺さんが航平をチラッと見やった。
「え? 航平に……じゃなかった、こうちゃんにどんなわけが……」
「私がお願いしたの。残念なイケメンを見つけて勧誘してねって」
「こ、航平……」
航平は顔を少し赤らめて恥ずかしそうに頭をかいている。
「ほら、普通のイケメンくんはサッカー部やバスケ部に入るでしょ? 演劇部に入る男子で、早々イケメンの子なんていない訳。だから、私は完璧なイケメンになり切れない残念なイケメンくんを探していたのよね。BL的にも残念なイケメンってある意味萌え要素だし。
だけど、なかなか現実は厳しいわね。どうしても顔のいい子は、だいたい運動部に取られちゃう。私好みのイケメンくんがうちの演劇部に揃うことは今までなかったのよ。でも、そんな私に強力な助っ人が現れた。それがこのこうちゃんだったの。こうちゃん、中等部にいた頃から演劇をやりたいって言って、演劇部に顔を出してくれるようになってね。しかも、話をしてみたら、こうちゃんは何と腐男子だったのよ! あ、腐男子っていうのは、BLが好きな男の子のことね。だから、新しい部員集めにも、私の希望に叶う残念なイケメンくんを探し出す手伝いをしてくれることになったのよ。
しかも、こうちゃんはこんな可愛い顔してるでしょ? 受けのキャラをやってもらうには完璧すぎる見た目よね。だから、こうちゃんに釣り合う、最高の攻めキャラを獲得できれば、史上最高の作品ができるって算段なのよ!」
熱っぽく語る美琴ちゃんの話を俺はひたすら唖然として聞いていた。「受け」だの「攻め」だの何の話をしているのか、ところどころわからないが、美琴ちゃんがとんでもないことを考えていたことだけはわかった。
「そんな時にこうちゃんが見つけ出してくれたのが、つむつむ。あなただった。あなたは完全に私の理想とする残念なイケメンだわ。顔はとってもきれいなパーツを揃えているのに、どこか垢抜けない感じ。私の出した筋トレメニューも最初は最後までこなせるか心配になるくらい、運動は苦手。勉強も特進クラスにいることはいるけど、実際の実力では下の方。それに、髪の毛はいつも寝ぐせがついているし、お世辞にもリア充とはいえないじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! それじゃ、俺は顔以外いい所がなかったから、この部活に入れたって言ってるようなものじゃないですか!」
「何言ってるのよ。あなたのちゃんと磨けば美しくなるポテンシャルを存分に秘めたその顔は、生まれ持った才能なのよ! それに、スタイルも抜群じゃない。だから、あなたには特別に筋トレメニューを組んだんじゃない。より、こうちゃんと釣り合いの取れるカップル感を醸し出すには、色っぽい筋肉がついていないといけないからね。つむつむ、いい? あなたは自分にもっと自信を持ちなさい。あなたはこの一か月半、よく頑張ったわ。身体つきも随分変わったし、以前より笑顔も増えて、部活でも楽しそうにしているじゃない。確実に素敵なイケメンになりつつあるわよ。それに、あなたはじきにうちの演劇部創立以来最高のスターになるんだから!」
これは褒められているんだか貶されているんだか。あまりにも美琴ちゃんの話がぶっ飛んでいる。俺は感情がどこかに飛んでいってしまったかのように、ただひたすら、バカみたいに口を開けて、ポカンとしているだけだった。
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