第6場 鬼のトレーニングメニュー
早速、翌日から俺の演劇部での活動が開始となった。まずは、部室に着くと、制服を脱いで体操服に着替える。俺以外の部員は、学校の周辺を5キロ走り、自重での筋トレを腹筋、背筋、腕立て伏せをそれぞれ50回ずつ行い、その後はストレッチだ。それだけでも随分キツいと思うのだが、俺の場合は別メニューが組まれていた。その名も「美琴ちゃん特製つむつむ肉体強化メニュー」なるものが俺に課されたのだ。
「筋トレはね、本当は有酸素運動をする前にした方がいいのよ。つむつむの場合は、他の部員のみんなより、いい身体を作ってもらいたいから、先にジムでしっかり身体を鍛えましょう。そうそう。トレーニングが終わったらプロテインも飲むのよ。筋トレのメニューは、この紙に書いてあるから、これに忠実に従ってやること。いいわね?」
美琴ちゃんの提示した筋トレメニューを見て、俺は思わずゲンナリした。これでも、「初心者向け」メニューであるらしいのだが、学校併設のトレーニングルームでがっつり一時間はかかりそうな筋トレが課されていた。
「僕も一緒にやる!」
と言って聞かない航平を連れて、俺は筋トレを開始した。筋骨隆々とした運動部の部員たちに混ざって、ヒョロヒョロの俺と航平がトレーニングルームにいるのはどう考えても浮いている。しかも、運動部でもない、文化部の俺たちが、だ。
美琴ちゃんの指定したマシンを使ってトレーニングを始めるが、これがまたキツイ。特に、脚のトレーニングが泣きそうなくらいキツい。スクワットなんて、ただしゃがんだり立ったりする動作の繰り返しだと思っていたのだが、バーベルを担いでやると一気に地獄のトレーニングと化す。殆ど吐きそうだ。それに、あのレッグプレスってマシンはなんだ。両足で100キロ近いウエイトを乗せた板を持ち上げるのだが、太ももも、太ももの裏もパンパンになる。俺がヒィヒィ言いながらトレーニングしている間、航平は呑気に軽い重量で遊び感覚でマシンに乗っている。
「こうちゃんはあまり筋肉がつき過ぎないように、少し加減すること」
という美琴ちゃんの指示もあるのだが、俺はひぃひぃ言いながら必死でトレーニングしなければならないのに、随分な差別じゃないか。俺が顔を歪め、歯を食いしばり、渾身の力でバーベルを持ち上げているのを、
「あはは、つむつむ面白い顔!」
と言って航平は揶揄うのだった。
やっと筋トレが終わると、すかさずプロテインを飲むように指示されている。チョコレート味らしいが、どうも癖があり、お世辞にも美味しいとはいえないプロテインを飲み干すと、やっとここからランニングだ。
「あまりランニングをし過ぎると、筋肉が落ちてしまうのよね。でも、基礎体力と心肺機能は上げてほしいから、3キロだけ走りなさい」
という美琴ちゃんの指示通り、学校の周囲を3キロ走る。といっても、十分にキツイのだが……。汗だくになってゼイゼイ言っている間もなく、今度はストレッチだ。俺は元来身体が固く、ストレッチは大の苦手だ。
「つむつむ身体かっちこちだね」
と横で再び茶々を入れる航平に再び殺意を覚えながらも、俺は痛みに顔を歪め、必死にメニューに食らいつく。ここまでのメニューをこなす頃には、すっかりふらふらになっていた。既に筋肉痛が全身を襲い、少し動くのもしんどい。もう一度確認したい。演劇部は文化部だよな? 運動部じゃないよな?
俺がこれだけへばっている時に航平は何をしているのだろう。ふと航平を探すと、花から花へ飛び回るモンシロチョウを無邪気に追いかけて遊んでいる。ったく、あいつは余裕ぶっこきすぎだろ。いや、待てよ? あいつも軽いウエイトとはいえ、曲がりなりにも俺と一緒に筋トレをして、ランニングは俺よりも長い5キロだ。それをこなしてもなおあんなに飛び回って遊ぶ体力があるんだな。これしきのことでへばっている自分が何とも情けなくなってくる。
「つむつむ、よく頑張ったね」
部長が倒れ込んでいる俺にそっと手を差し伸べてくれた。
「お、俺、こんなメニューを毎日こなさないといけないんですか?」
俺は泣きそうになりながら、部長に尋ねた。
「毎日じゃないよ。美琴ちゃんに聞いてない? つむつむは筋肉をつけないといけないから、一度筋トレしたら中一日は最低空けることって。毎日筋トレすると、筋肉がつかないんだって。俺たちは自重トレーニングだし、そんなに筋肉量も求められていないから、毎日やっているけどね」
「そうなんですか……」
俺は少しホッとする。でも、よく考えてみれば、俺は特別に週三回程度部活に参加するということで妥協してもらってたはずだ。もしや、俺が毎日部活に来ることを拒絶した罰じゃないだろうな……。流石にこのメニューは悪意があるとしか思えない。
「でも、何で俺だけ別メニューなんですか? 二日に一回でもキツイですよ」
「そりゃ、つむつむがこの部活にとって史上最高の逸材だからね」
と兼好さん。
「それもよくわからないんですけど。何で俺なんかが逸材扱いされるのか。それに、こうへ……こうちゃんも逸材なんですよね? 何であいつは普通のメニューでよくて、俺だけ別メニューなんですか?」
「それはね、大会の台本を見たらわかるよ」
兼好さんが不敵な笑みを浮かべた。
「大会の台本?」
「そう。俺たち聖暁学園演劇部は、美琴ちゃんが顧問に就任してからずっと中部大会まで駒を進めているって昨日話しただろ? 美琴ちゃん、演劇人として結構凄い人なんだ。でもね、美琴ちゃんがここに来てから、もう一つ変わったことがある」
「そのもう一つって?」
「美琴ちゃんの書く台本は全部恋愛物なんだ」
「え? 恋愛物って、ここ、男子校ですよ? 女子部員なんていないですよね? それでどうやって恋愛物をやるんですか? 恋愛ストーリーにはヒロインが必須ですよね? 透明人間の設定にでもするんですか?」
「あはは、透明人間のヒロインか。それは名案だ。でも、違うんだよな」
「はぁ……」
「そこで、抜擢されたのがまずはこうちゃん。そして、つむつむの二人って訳。今までの部員は、僕らも含めて、美琴ちゃん的に完璧ではなかったみたいだね、残念ながら」
と西園寺さんが苦笑いしながら続けた。俺と航平が演劇部史上最高の逸材で、大会の台本は恋愛物。まさかとは思うが、俺か航平に女装をしろって話じゃないよな? 航平はともかく、俺は絶対に女装なんて嫌だぞ。だからといって、女装した航平を相手にラブシーンを演じるなんて完全にコントだろ。
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