第5場 意外にハードな演劇部

「それで、勉強を頑張りたいつむつむにはちょっと申し訳ない話なんだけど……」


部長がその言葉通り申し訳なさそうに切り出した。何か嫌な予感がする。


「演劇部に夏休みはお盆の期間以外ないんだよね。夏休みも基本的に寮に残って稽古をしてもらわないと大会に間に合わないから。秋には体育祭の練習でしばらく部活もできないしね」


「え? でも、夏休みの稽古って、午前中だけとか……ですよね?」


「いや、朝から夕方までぶっ通しで稽古をやるよ。本当に大会までに集中して稽古できる最後の機会だからさ」


「そんな……」


「ごめん。でも、楽しいこともあるよ。毎年県の主催で演劇のワークショップをやっているんだけど、それに演劇部の合宿として参加することにしているんだ。他校の演劇部員とも知り合う機会だし、楽しいよ」


俺の勉強時間はどんどん削られていく気がするのだが……。夏休みは家に帰ってゆっくり冷房の効いた部屋で宿題をやりつつ、のんびり過ごしたかったのに、それも不可能らしい。


「男子校の俺たちにとっては、あの合宿はオアシスだよな。女の子がたくさんいて。普通、演劇部って女の子が大半だからさ。ここが男子校で特別なだけで」


兼好さんがいかにも夏の合宿が楽しみといった様子でそう言った。すると、天上先生の眉がピクッと動き、大きな咳払いをした。


「兼好、ダメだよ。その話を美琴ちゃんの前でしたら」


西園寺さんが兼好さんを止める。ん? 何がダメなんだろう。健全に育っている一男子高校生としては極めて当たり前の話に聞こえるのだが。いや、健全なる高校生として、異性の話を先生の前でするなど不適切だということだろうか?


 俺に関して言えば、別に女子生徒と知り合うことに然して興味もない。これは本当だ。俺には一般的な中高生の多くが持っているらしい、「異性への興味」というものが、はっきり言って。恋愛などしたこともないし、興味もない。


 他校の演劇部の女子部員たちと知り合って彼女ができるかもしれないということに、先輩たちは期待を膨らませているのだろうが、俺には今一その「楽しみ」という感覚が理解できなかった。まぁ、将来結婚したい俺にとって、いずれは「彼女」を作らないといけないのは明白なんだが、そんなものは大学に入ってから、ともすれば会社に就職してからで十分だ。


「ということで、明日から本格的に自主公演へ向けた稽古を開始します。もう読み合わせも終わってるから、立稽古から始めるよ。一年の二人は、とりあえず、基礎錬は一緒にやってもらおうか。それから、演出の俺と一緒に稽古を見て、もし気が付いたことがあったら何でもダメ出ししてくれ。先輩だからって遠慮する必要はないぞ。さしずめ、演出助手みたいな役割を果たしてくれればいい」


「はーい! 楽しみだなぁ」


と、部長の説明に航平がウキウキして答えた。


「基礎錬って、何するんですか?」


俺が尋ねると、部長は飄々とした顔で、


「まずは基本的な身体づくり。5キロのランニングに筋トレ、ストレッチ。それから発声練習ね。腹式呼吸を意識して、滑舌も鍛える」


と如何にもキツそうなトレーニングメニューを提示した。嘘!? トレーニングをするなんて、俺、聞いてないんだけど。演劇部って文化部だよな?


「ご、5キロも走るんですか?」


「うん。走るよ。特にうちの部活は美琴ちゃんが部員の身体作りにうるさいんだ」


「ふふん。まぁ、私の脚本に出るには、綺麗な身体のラインが整っていないといけないからね」


天上先生が不適な笑みを浮かべた。


「特に、つむつむには頑張って貰わないとね。そうだ。運動部が使ってるジムのマシンを使って、あなたは追加で筋トレ頑張ってちょうだい」


「え? は? はい?」


「だって、つむつむにはとっておきの役を演じてほしいと思っているのよ。そのためには、もっと綺麗なボディを仕上げてもらわないと」


「お、俺だけ……ですか?」


「僕もやるー!」


航平が真っ先に手を挙げた。お前、筋トレを自分からやりたいとか、ドМかよ。


「こうちゃんはあまり筋肉をつけすぎないでね。イメージが崩れるから。あ、でも腹筋はちゃんと鍛えた方がいいわね。まだまだこうちゃんは体幹が弱いから」


「了解ですっ!」


と言って航平は敬礼をしてみせた。まるでトレーニングをキツイとも思っていないらしい。返す返すも変なやつだ。


「さっきから、天上先生が言ってるイメージって何なんですか? 俺にやってほしい役ってどんな役なんですか?」


ね?」


そうだった。って呼ばなきゃいけないんだった。あぁ、もうこういうの慣れないんだよな!


「はい、……。ええと、だから、俺にしてほしい役って……」


「それは、おいおいわかるわよ。もう大会に向けて脚本の大体の構想はできているの」


「はぁ……」


「今はとりあえず、他のことは気にせず筋トレ頑張ってちょうだいね」


美琴ちゃんは俺に有無を言わせるつもりはないらしい。俺は不承不承部員たちの基礎錬に加えて、ジムでの筋トレを頑張ることを確約させられてしまった。俺の勉強時間は……。いや、もうそのことを考えるのはよそう。この部活にいる限り、そんなことを考えるだけ無駄だ。

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