第4場 史上最高の逸材らしい俺

「えっと、俺の名前は一ノ瀬紡です。出身は富野市で、今は聖暁学園の寮で生活してます……って、そうか。ここにいる人、全員寮生だった。演劇はしたことなくて、何も知らないですけど、よろしくお願いします」


俺はしどろもどろになりながら自己紹介した。というか、キャラの濃すぎる先輩や天上先生の後に、この平凡な俺がどう自己紹介したらいいのかがわかんねぇよ。俺はうまく自己紹介ができなかった恥ずかしさからすっかり顔を赤くして俯いてしまった。


「へぇ。紡くんかぁ。かっわいいなぁ、うぶで」


天上先生が俺の腕をツンツンしながらニヤニヤしている。


「ちょ、ちょっと先生! やめてください!」


母さん以外の「女性」からボディタッチされる経験など、ほぼ皆無だった俺は思わず椅子から転げ落ちた。


「反応まで完璧ね! あなたは私がこの演劇部の顧問に就任して以来史上最高の逸材だわ! こうちゃんと最高のカップリングになりそうね」


天上先生は随分と鼻息が荒くなっている。俺はポカンとして、そんな天上先生を眺めていた。航平とのカップリング? コンビやら相方やら今度はカップリングやら、一体俺はこの部活で何をさせられようとしているのだろう。


「もう、あなたの名前をいろいろ考えるのはやめる。そのつむぐって名前だけでも十分に私好みだもの。そうだ。でどう?」


「え、、ですか?」


「そ。どう、皆?」


「いいですねぇ」


「うん、可愛い感じ」


「ピッタリだと思う」


ちょっとちょっと待ってくれよ。なんて、そんな呼び方、小学生じゃないんだからさ。


「へぇ、かぁ。紡くん、可愛い名前貰ってよかったね」


と、航平が俺に小悪魔な笑顔を向けた。航平に「可愛い」とか言われると余計の俺のペースが乱れる。


「う、うっせぇ。お前は黙ってろ」


と叫ぶ俺の声は完全に裏返っていた。


「キャー、つむつむとこうちゃんのそのやり取り、最高に萌えだわぁ。もっと続けて!」


天上先生が黄色い歓声を上げる。「萌え」って何? しかも、生徒の前でこんなはしゃぎ方するなんて、この人、本当に教師か? しかも、もっと続けろって、いい加減にしてくれよ!


「あのぅ、今日のミーティングの本題ってこれで終わりですか?」


そろそろこの場にいることが辛くなって来ていた俺は、「新入部員は今日は帰っていいよ」という答えを期待してそう尋ねた。


「あ、そうそう。本題はこれからだった」


と部長がはっとした表情をした。俺の目論見は脆くも崩れ去る。


「じゃあ、それぞれの部員の名前も決まった所で、これからの活動内容を新入部員の二人に教えるね。といっても、こうちゃんはもう知っていると思うけど」


部長は部室の黒板に演劇部の一年間のスケジュールを書き始めた。


「まず、今月末に俺たち二年による自主公演を開催します。一年の二人はお客さんとして見に来てくれるだけでいいよ。あ、稽古には一緒に参加してもらうよ。それから、チケットノルマもあるから、よろしく頼むね。会場の受付も二人にはお願いしようかな」


おいおい。見に来るって、ぜんぜんで済んでねぇじゃん。というか、俺、今何か不吉な響きのする一言を聞いた気がするんだけど……。


「あのぅ、チケットノルマって……」


「あぁ、自主公演はね。部員が十人分ずつチケットを売るノルマがあるんだ。もし売れなかったら自腹で払ってもらうから、頑張って売るようにしてね」


「はぁ? そんなこと聞いてないですよ! 俺にはそんなチケットを売れるような友達は……」


「いない」と言いかけて俺は口ごもった。今までなら奏多や特進クラスの皆が俺の友達だと思っていた。でも、昨夜、それが俺の完全なる思い込みであったことが判明した。普通クラスにもまだ入ったばかりで航平以外に話せる友達はいない。でも、そんなこと、俺は惨め過ぎて皆の前で言うことなんかできなかった。


「いるいる。いるよね、つむつむ?」


と、いきなり航平がそう叫んだ。


「え?」


「つむつむだって、友達の一人や二人くらいはいるって。ね?」


それ、もしかして航平が俺をフォローしてくれたってことなのか? いや、でもそこで取り繕った所で、俺に新たに友達が出来る訳でもなく、大した解決策にはならないのだが。


「まぁ、心配しなくてもいいよ。友達だけじゃ余るんだったら、先生にも売ってみたら? 先生たち、皆、買ってくれるからさ」


「はぁ……」


「で、ゴールデンウイークの自主公演を終えたら、早速大会の準備に入ります」


演劇部なんて、文化祭で発表するだけの部活だと思っていたのだが、大会まであるとは意外だ。


「演劇部に大会なんてあるんですか?」


「あるよ。まず、夏休み明けの九月下旬に地区大会。十一月上旬に県大会。そして、十二月の終わりに中部大会。俺たち演劇部は、美琴ちゃんが顧問になってから、三年連続で中部大会に出場している強豪校なんだ。だから、今年は四年連続の中部大会進出がかかってる。だから、俺たち皆で頑張ろうな」


俺が思っていたより、この演劇部は本格的な部活のようだ。俺はだんだん不安に駆られて来た。


「あの、すみません。演劇部の練習って、どれくらいの頻度でやるんですか? 俺、今は勉強を頑張りたいんです。そんなに部活に割く時間なんかないというか……」


「大丈夫だよ。何とかなるから」


部長の返答の軽いことといったら……。


「とりあえず、公演や大会の前は毎日稽古があると思っておいてね。大会の後はしばらく活動はお休みになるから、そこで頑張って勉強すればいいんだ。あ、それから定期試験の前の一週間と、体育祭の練習の期間も部活は休みになるよ」


じゃあ、とりあえず一学期の間はそんなに部活はしなくていいってことか。六月の実力テストに向けての勉強にも集中できそうだ。


「とりあえず、ゴールデンウイークに自主公演だから、稽古は毎日やるよ。一年の二人ももちろん、一緒に参加してね」


「待ってください。俺、自主公演には出ないんですよね? なのに、毎日練習に参加しないとダメなんですか?」


「嫌なの? 一年生はまず俺たち二年生のやる自主公演を見て貰って、芝居の作り方を勉強してもらいたいんだよね。特に、つむつむは演劇初心者みたいだし。例年、新入部員は全員そうしているよ。もちろん、去年の俺たちもそうやって先輩たちに学んだんだ」


「嫌というか……あの、六月に実力テストがあるんです。そこでいい点数を取って、特進クラスにいきたいんです。だから、俺、実力テストまでは勉強に集中したいんです」


「特進クラス? それなら、西園寺も特進クラスだから大丈夫だよ。それに、実力テストなんていくらでもあるじゃん。今回ダメでも、次頑張ればいいんじゃない? 一回くらい失敗しても、人生が終わる訳じゃないんだから」


兼好さんがそう言った。雰囲気からして秀才っぽい西園寺さんは、確かに特進クラスにいてもおかしくない雰囲気だ。毎日部活をやりながら特進クラスを維持している部員が他にもいるとなると、俺もこれ以上は何も言えない。黙ってしまった俺に、天上先生が次のようなことを話した。


「つむつむのその勉強にかける熱意は認めるけどね。うちの高校では、部活に打ち込んでいる生徒の方が、帰宅部の生徒よりいい進学実績を出しているのよ。部活と勉強を両立してやれる生徒の方が、時間の使い方もうまいのよね。それに、部活に打ち込んでいる人が、成績もトップだった方がカッコいいじゃない? つむつむはカッコイイ男になりたいとは思わないの?」


カッコイイ男……。その響き、悪くないかも。よくあるじゃん。勉強も部活もトップクラスの秀才って。そんな完璧でカッコイイ聖暁学園一の男になっちゃったら、俺、どうしよう。俺はそんな妄想をしただけで、思わず笑みが零れる。


「わかりました。そこまで言われるなら、毎日出ます」


こんな調子で、俺はいとも簡単に天上先生によってほだされてしまった。俺が毎日部活に出ることになり、部員から安堵の溜め息が漏れた。


「よかった。つむつむとこうちゃんはね、この演劇部において唯一無二の逸材なの。いい? この演劇部の今年の運命はあなたたちにかかっているといっても過言じゃないのよ? あなたたちが頑張れば、きっと最高の作品が出来るはず。中部大会に四年連続の出場も確実ね。いいえ、きっと、全国大会だって目指せるわよ」


と、天上先生が熱っぽく俺に語る。その熱量に俺は終始押され気味だ。俺と航平の双肩にこの部活の「今年の全て」がかかっているらしい。航平はともかく、こんな演劇なんて一ミリも興味のない俺の双肩にね。何だかよくわからないけど、俺が相当に必要とされていることは確かなようだ。そこまで言われるのなら、毎日の部活、ちょっくら頑張ってみるか。ここまで俺が必要とされたことは今までの人生で一度もなかったしな。俺はこのとんでもなさそうな部活に所属することが満更でもなくなって来ていた。

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