第3場 しっちゃかめっちゃかな初顔合わせ
放課後になるなり、航平は俺の手を強引に引っ張って、演劇部の部室へと走り出した。中等部の頃からこっそりと高等部の部活に潜り込んだり、顧問の美琴ちゃんこと天上先生のために新入部員探しに精を出すとか、どれだけ演劇部が好きなのだろう。航平は好きなことにはとことん情熱を燃やすタイプのようだ。
航平は意気揚々と部室棟の廊下を演劇部の部室に向かって脇目も振らずにずんずん進み、部室のドアをノックもせずにガバッと開いた。
「おはようございまーす! せんぱーい、新入部員見つけましたぁ!」
航平が大声で叫ぶ。先に部室に来ていた三人の先輩が、一斉に俺と航平の方を振り向いた。
「おー、こうちゃん、おはよう。もう新入部員見つけたのか。随分早いじゃん。まだ四月三日だぜ?」
こうちゃん? こうちゃんって航平のことか? 随分部員同士仲がいいんだな。
「えへへ、実はこの子、僕のルームメイトなんです。結構いい感じの子じゃないですか?」
「確かに、いい感じだね」
「本当だ。美琴ちゃん喜びそうじゃん」
「いいねいいね。そそるね、こうちゃんの相方さん候補」
三人の先輩が俺の頭のてっぺんから足先まで舐めるように眺めてから、ワッと盛り上がった。やっぱり演劇部では天上先生は美琴ちゃんなんだな。というか、この部員たちの会話の内容、顧問の呼び方以外にもツッコミどころが多すぎる。
「すみません。ちょっと待ってくれませんか? まず、今夕方ですよね? 朝じゃないのに何でおはようございますなんですか?」
すると、俺を除く四人は顔を見合わせた。
「さぁ、何でだろうね?」
「そういう決まりだから?」
「だね。でも、誰が決めた決まりなんだろ?」
「こうちゃんはどう思う?」
「うーん、演劇界の偉い人!」
「あはは、それご名答!」
なんだなんだ、この人たちこんな感じで大丈夫なのか?
「あー、ええと何て言うかな。演劇の世界の伝統のあいさつみたいなものさ。朝でも昼でも夜でも、演劇やる時はおはようで挨拶は固定されているんだ」
一人の先輩が俺にそう説明してくれた。
「はぁ……。えっと、それから、稲沢のことをこうちゃんっていつも呼んでいるんですか?」
「うん。この部活ではそれぞれの部員を芸名というか、演劇部内限定の名前で呼ぶことにしているんだよね。ちなみに、俺は演劇部の部長だから、部長って呼ばれてる」
「へぇ……。ん? ちょっと待ってください。じゃあ、俺も何か別の名前をつけられるってことですか?」
「うん。そうなるね」
ゲゲゲ。変な名前つけられたらどうしよう。俺は普通に「一ノ瀬」とか「紡」でいいよ。
「そうなんですね……。っていうか、さっき、俺が稲沢の相方候補って言ってましたけど、それ、どういう意味なんですか?」
すると、演劇部員たちは顔を見合わせて意味深に頷き合った。
「まぁ、それは気にしなくていいよ。いずれわかることだから」
部長も航平と同じく肝心な部分は隠すんだな。何だ? この演劇部っていうのは無駄に人に言えないようなヤバい事情をたくさん抱えた部活だったりするのか? このままこの部活に入っても大丈夫なものか少々不安を感じ始めていた時、部室のドアが開き、天上先生が入って来た。噂に違わない美貌っぷりだ。スタイル抜群、顔は美人女優としてドラマや映画に出ていてもおかしくない。こんな美人な教師を俺は小学校に入学してから今に至るまで見たことがない。
「お待たせ~。あら、あなたは新入部員さん? こうちゃん、新入部員もう見つけてくれたのね」
「はーい、もう見つけましたぁ! 美琴ちゃんのご希望通りの残念なイケメンくんでーす」
と航平が得意気に天上先生に言った。先生に対して「美琴ちゃん」という呼び方だけではなく、話し方も随分馴れ馴れしいんだな。この部活は先生と生徒の間の距離感がどうなっているんだ?
「本当だ。どこからどう見ても残念なイケメンくんね。こうちゃん、でかしたわ」
「お褒めに預かりありがとうございます」
天上先生が目をキラキラさせて俺を見ている。天上先生に褒められた航平は実に誇らしげに返事をする。俺は本当にこの天上先生の求める残念なイケメンらしい。
「あの、すみません。その残念なイケメンって一体何のことなんですか? 稲沢に聞いてもちゃんと教えてくれないし、俺が演劇部に誘われた理由がその残念なイケメンってことらしいけど、俺、ちょっと意味がわかんないです」
「ああ、ごめんなさいね。じゃあ、そろそろミーティングを始めましょうか。部長、後はよろしく」
天上先生もその残念なイケメンについては深く掘り下げたくないらしく、慌てて部長に話を振った。
「そうですね。そろそろ始めますか。じゃあ、まずは自己紹介からいきますか。俺は三年の
「あ、どうも。俺は二年の兼好こと
「了解。はじめまして、新入部員さん。僕は西園寺こと
「西園寺くんのお家はね、大金持ちなんだよ! よく小説や漫画でお金持ちのキャラって西園寺って苗字だったりするでしょ? だから、美琴ちゃんがそう命名したんだって」
航平が西園寺さんを遮って相変わらず得意気に言った。その命名方法の何と安易なことか。俺は何と呼ばれることになるのか、今から戦々恐々だ。
「さてと、じゃあ、私の番ね。私は天上美琴。この聖暁学園で国語を教えています。でも、授業なんかするより、演劇部の顧問をしている方がずっと好きよ。ということで、この演劇部の顧問をしています。好きなものはBLと、もちろん演劇。あ、ちなみに、部活の中で天上先生と呼んだらダメよ? 私のことは美琴ちゃんと呼んでね」
また俺の知らない新たな用語が出て来た。演劇用語か何かか?
「はぁ……。えっと、そのびーえるって一体何なんですか?」
俺がその疑問をぶつかると、天上先生はぽっと顔を赤くした。
「あらやだ。新入部員の子にこんな話をするのは早かったわね。忘れて!」
「え……あぁ、そうです、か……」
演劇部に関する謎は増えるばかりだ。
「じゃあ、新入部員の君、自己紹介をよろしく」
と部長が釈然としない表情をしている俺を促した。兎に角、細かい所をツッコむことは、今の俺には許されていないらしい。仕方ない。俺も自己紹介するか。
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