くだらないロミオ

ニョロニョロニョロ太

くだらないロミオ

 部活の帰り、ケンタはハナコの家の前を通ることにした。

 家が近いわけでも仲がいいわけでもない。わざわざ遠回りをして、ちょっとからかってやろうと思ったのだ。

 ケンタ曰く、「別に好きだからとかではなく、からかったら面白いから」だそうだ。

 ハナコの部屋はマンションの四階。確認すると、ハナコはベランダに出ていた。

 地面の方向をぼんやりと見ていて、何を考えているのか分からない。口元はやけにこわばっているように見える。

 何の用事かは知らないが好都合だ。

「ハナコぉ~。」

 わざとらしい低音で呼びかける。

 しかし反応が無い。いつもは一度で気づき、速足でその場を去ろうとするとか、鬱陶しそうに「何か用?」と聞いてくるのに。

 聞こえていないのかもしれないと思い、再度声を張る。

 するとやっと夢から覚めたような顔をした。ゆっくりと顔を上げる様子が空気が足された風船のようだ。

 ハナコはきょろきょろと周囲をうかがって、ニヤニヤして様子をうかがっているケンタを見つけて、どこかがっかりしたような顔をする。

「ハナコぉ~。」

「やめてよ気持ち悪い!」と声を荒げるかと思ったが、ハナコはケンタの姿をじっと眺めたままだ。

 口元はまだ引き結んだまま固まっている。

 いつもと違う様子に、ケンタは内心焦っていた。もうこのまま帰ってしまおうか。

「……もし」

 ポツリ、とハナコが口を開いた。ケンタの元にギリギリ届くか届かないかという声量だ。

「え?」

 ケンタは慌ててハナコの真下に自転車を滑らせる。

「なに?」

 お互い顔を見ているはずなのに、ケンタはハナコと目が合っている気がしなかった。

「……もし、私がここから飛び降りたら、抱き止めてくれる?」

 ケンタは目を見開く。

「そ、それって……。」

 勢いよく両手を広げて、鼻息荒く叫ぶ。

「当たり前だ! 俺が絶対抱き留めてやる!」

 そこでやっと、ハナコと目があった気がした。

「そっか。」

 少しだけ目を細めて、にこりと口元を緩める。

「ありがとう。」

 そう言うとハナコは髪を翻して部屋に戻ってしまった。

 ケンタが何か言おうとする前に、ぴしゃりとベランダの扉が閉まる音がする。

 しかし、別にショックではなかった。むしろ口元が緩むのを我慢するのに必死だった。

(これってつまり、そういうことだよな……!)

 力任せにペダルを踏んで、帰路を急いだ。



 

  次の日の放課後。ケンタは昇降口にもたれかかってハナコを待っていた。ハナコが来たのに気づくと、「よ」とすまして言う。

 ハナコはそちらをちらりとも見ず会釈を返して、その横を通り過ぎようとする。

「おい待てよ!」

 無視。

 ケンタはハナコの前に回り込んで続ける。

「一緒に帰るだろ。」

「は?」

 眉間に深いしわを寄せ顔を歪め、不快感をむき出しにするハナコ。

「照れんなって。俺ら付き合ったじゃん。」

 ケンタの横をすり抜けようとしたハナコの足がぴたりと止まる。

「はあ? 知らないんだけど。」

「昨日、お前が俺に告白しただろ。」

「はあ!? いつ!? ほんとやめてほしいんだけど。」

「言ったじゃねえか。昨日、ベランダでお前が。「こっから飛び降りても、抱き止めてくれるか」って。」

 ケンタが顔を真っ赤にして言うと、ハナコは「ああ、そのこと」とつぶやく。

 信じられないという顔をして、深々とため息をついた。

「そんなわけないでしょ。」

「ウソだ。じゃあどういう意味だよ。」

「そのままの意味よ。

 私が死のうとしたとき、助けてくれる人が欲しかっただけ。」

「はあ? なんだよそれ。ほんとに死にたいわけじゃあるまいし。」

 そういうと、ハナコがケンタを見た。

 困ったように眉を寄せて、口元が引きつった曖昧な笑みを浮かべている。

「……え。う、ウソ、だろ……?」

 ただ変わらず、じっと、笑顔を向けられる。

「なんで……。」

「……別に。」

 ハナコはふいと顔を背ける。

「そういうことだから。告白とかじゃないから。」

 じゃあ。といってハナコはすたすたと歩きはじめる。

 いつもと変わらない足取りだ。

 何か言いたいと思って、絞り出すように声を出す。

「し、死ぬな。」

 それだけだった。

 ハナコが立ち止まって、振り返る。少しだけ目を細めて、にこりと口元を緩める。

「死なないよ。ケンタが受け止めてくれるんでしょ。」

 そう言って、髪を翻してまた歩き出した。

 ぽかんと口を開けて呆然とするケンタ。

 これは、勘違いしてもいいのだろうか。

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くだらないロミオ ニョロニョロニョロ太 @nyorohossy

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