一章 焦眉 7

加賀美宏親かがみひろちか

七月三日


 三上みかみという顧客が亡くなったと聞いた時、宏親ひろちかは動揺を隠せなかった。

 ただデバイスの調整を良く頼まれていた顧客が亡くなった、とは明らかに違う感覚で、死んだ人物が、自分が作ったリンクスをインプラントした人だからこそ、宏親はやり切れなさを感じていた。

 あゆみから聞いた内容から察するに、恐らくは自然死だろうとは思うのだが、どこかで宏親は不安を感じていた。確証になる事実などは知る由もないが、なんとなくこれは普通の自然死ではないのではないか。そう思っていた。

 三上俊明としあきという人物は宏親が知る限り、体調不良が原因でぽっくりと逝ってしまうような男には感じられなかった。

 確かに歳も歳だが、このご時世ならば七十代で亡くなることのほうが珍しい。医療の進歩で、病気などでの死亡率は著しく下がったからだ。ならば考えられる突然死の要因は絞られる。

 例えば、人工内臓への置換が難しい心臓の病だ。これならば説明はつきそうなものだ。心筋梗塞、心膜症、心不全──。心臓だけが原因では無いだろうが、同じように血液循環機能も、血管をまるごと人工物に置換するのは中々難儀であるため、突然の異常は十分に起こりうるだろう。それだけでなく、脳に隠れた異常などでも突然死するだろうし。

 と、医者でもない素人目線でだろうだろうと考えてみて、それでもどこか納得がいかなかった。何よりもやはり、自分が少しでも関わった人間の訃報について考えるという事は気分が悪かった。

 宏親は自他ともに認める腕の持ち主である。それは今までに培ってきた技術や実績だけで語れるものでなく、顧客に寄り添い、常にどんな状態の人であれ物であれ完璧に不調に対応してきた、という過去の経験から導ける事実だった。

 実際に作り上げた物を自分が満足の行く出来でないと判断したらすぐさま作り直すか、それが出来ないものは破棄していた。

 そうして自分が納得行くまで完璧の出来を追求し、顧客にもまた完璧に満足してもらう、それを信条としたのが加賀美宏親という男であった。

 だから、直接宏親に責任は発生しないとは言え、自分の顧客を理不尽に奪われるような、独占欲の刺激に似たような複雑な感情だった。

 とは言え、三上俊明のリンクスに重大な欠陥があったというわけではない。が、もしこの後に携わる作業において何か異常が起きたりすればそれこそ申し訳が立たない。宏親はこれまで以上に細心の注意を払ってこれからの作業をすることに決めた。

 そうして宏親は今日もまた作業机に向かい、聡臣さとおみの義眼の調整を行っていた。だが、特にこれと言って異常は見られなかった。

 宏親はどうしても何かある気がして、細部まで分解して作業を続けたが、何も異常はない。疑似硝子体ゲルの劣化でも無いし、水晶体の代わりの可変レンズに曇りや傷なども見られない。何なら分解したことによって出来る傷がつく方が可能性としては高いほど、義眼の内部は綺麗なものだった。

 聡臣は確かに影が見えた、と明確に異常を感知したわけではない。見えた気がする、という程度のことだ。ならば傷が無くともおかしくはない。

 それならば人工神経の方を疑い、医者に行けと言ったのは自分であるし、そちらの方で異常が出ればそうだったということになる。聡臣にとってはどちらでも同じことだ。原因を特定して排除すれば、変なものは見えなくなる。

 それが機械の不調だろうと精神の不調だろうとどちらでもいいはずだ。

 宏親は代替部品である、疑似角膜、水晶体可変レンズ、疑似硝子体ゲルを全て新品に取り替えてから洗浄容器に入れ、作業を終わらせた。

 こうしてみると、人工物であるはずの義眼が本物に見える。それはきっと再現度が高すぎて、偽物と本物の境界線が曖昧だからだ。疑問を深く持たずにいれば、何かを見紛う事は頻繁に起きてしまうのだろう。

 こと聡臣においては、機械よりも精神面での不調の方がその影響は強いだろうということを宏親は知っている。

 ──黄泉の国に行き過ぎだ。


 聡臣に義眼の調整が出来上がり、異常は見つからなかったと連絡をしたが、彼は電話に出なかった。仕事に没頭していたりすると、時を忘れてしまう事がよくあったので特に気にはしなかった。ボイスメッセージという形で報告を残しておいたので、これで良しとすることにした。

 ついでに医者に行って来いと語気を荒くして、強く勧めておいた。友人の警告を無下にするような男ではない。

 彼が悩んだり苦悩している時は、宏親が強く背中を押してやると一歩を踏み出してくれる。もちろん自分が迷っている時は、逆に聡臣が自分の背中を押してくれる。聡臣とはそういう関係性だと宏親は自負していた。

 メッセージの吹き込みを終え、宏親は外へ出て背伸びをする。いつしかの先日と変わりなく今日も暑かった。外でしばらく陽の光を浴びるだけで汗が滲んでくるようだった。

 だがそうしていると、なんだか光合成が出来たような気がして気分は晴れやかになる。

 店の中に戻ると、あゆみが休憩を終えて受付に出てくるところだった。どこか上の空で何か考え事をしている。

「あゆみ、今日はもうあがっていいぞ」

「え? 何でですか、まだ伝票整理とか色々……」

「あー、今日はもう面倒くさい。半日で閉める。お前も帰っていいぞ。そういう気分だ」

 これは嘘だった。宏親は嘘が下手で、必ず左の手で頬を掻く仕草をする。あゆみはこれを見抜いているのだが、面白がってあえて本人には言わないでいる。

「へぇ、そうなんですか。じゃあお言葉に甘えて帰っちゃいますよ。いいんですね?」

「いいっつったらいいんだよ。後、お前頑張ってるからボーナス出してやる。夏の特別賞与だ。喜べ」

「……明日、隕石落ちてきませんよね?」

「そうか、ボーナスは取り消しでいいんだな」

「冗談ですってば。……ありがとうございます、宏さん」

 あゆみがいつも、YOMIヨミを通して祖父母へ会いに行くことは宏親も知っていた。孝行なあゆみの事だから、大方暑中見舞いのつもりで今日も行くのだろうと予想はついた。ならば積極的に勧めてやろうと思ったがゆえの行動だった。

 彼女が考え事をしているふうな時は祖父母の事を考えているというのが定石だった。

 あゆみは既に長いことYOMIヨミを利用している。きっと値段も馬鹿にはならないだろうし、これはそう知った上での宏親の下手くそな気の遣い方だった。


 あゆみの右足は先天性欠損症により、右膝以下が義足になっている。それは彼女の祖父母から贈られたもので、後に宏親の手によりリサイズ作業を含めて最新式へとアップデートを繰り返してきたものでもあった。

 幼い頃から歩行を困難としてきたあゆみにとって、これはまさに天からのたまわり物だった。

 しかし何年も使っていれば、来る経年劣化や、成長によってサイズが合わなくなるという問題は避けられないのだが、祖父母からの思い出の品と言うべきものを簡単に手放すことは出来なかった。だがやはり義足がなければまともに歩行も出来ないのでは困ってしまう。

 なので彼女の気持ちをおもんばかった祖父母は、当時から小規模ながら名を馳せていた加賀美工房へと依頼をしてきたのだ。

 その時にあゆみが初めて会った宏親の、腕の良さはもちろんの事だが、無駄な装飾などを施さず内部の補強と劣化した部分のみを取り替え、新品を使わずに既存部品の延長でサイズも合わせるという、極力見た目を損なわない修理を見て、あゆみは感動した。

 出来れば見た目はそのまま残したかったが、義足の全体的な劣化を見るとそれは叶わないだろうなと半ば諦めてから依頼しに来たので、これはあゆみにとって嬉しい誤算だった。

 言葉や態度などは極めて粗暴で無愛想の権化だが、この人は人の気持ちをしっかり汲んでくれる素敵な人なんだと理解した。彼のように、自分も誰かを尊重できる人間になりたい。なんならこの人の元で、自分と同じように困っている人のために働きたい。

 そう思ってあゆみはそれから少し後に、熱意満々で宏親に弟子入りを希望したのだ。

 元々一人でやっていくつもりだった宏親はそれを最初は断っていたのだが、ついに彼女の熱意に負けて、技師見習い兼補佐、という形で彼女を雇うことになったのだった。

 技師というのは星の数ほど居るわけではないが、宏親は別にこの道で頂点を極めるつもりもなかった。宏親は金や私欲で動く人間ではなく、ただ人のためにありたい、自分に出来る範囲で人助けをしたいだけだった。

 だからいずれは店を継ぐ人間も必要ではあったのだが、まさかこんな早くに弟子が自分に出来るとは思っても見なかった。宏親にはそれが少し嬉しかったりもする。

 子供の頃は悪童と言われ忌み嫌われた宏親だったが、機械いじりの才能だけはあった。

 周りに迷惑をかけ続けるだけで、生産的な事は何もしてこなかった宏親を嫌いだったのは、他でもない宏親自身であった。

 地域で親しまれていた技師の父親が早くに亡くなり、宏親は嫌でも技師を継ぐことになった。それは茨の道に見えたが、宏親の才能を見抜いていた父親が、宏親を弟子のように扱って毎日工房の手伝いをさせていたことから、父親の得意先などにも認知が広まり、徐々に宏親の仕事は認められるようになっていった。

 今ではすっかり好きになったこの仕事に、同じく熱意を注げる人間が居ることが宏親にとっては嬉しかったのだ。


 宏親の父はYOMIヨミへの登録を嫌がっていたが、母に強く勧められる形で最後は登録していた。ところが母は黄泉人よみびととなった父親に会いに行くばかりで店のことを手伝いもしない。

 宏親はリンクスのインプラントを未だにしていなかったので面会に行くことはなく、最終的に母親は仮想現実依存症になってしまって施設送りになり、宏親が二十六の歳に父のいる仮想現実をシャットダウンし、彼は遂に父親と会うことはなく、また元の元気な母親にも会うことはなかった。

 技師である自分がインプラントを施さないと、あゆみに以前言われたとおり客との齟齬そごが出たりする。それでも宏親はこの件によって出来ないでいた。

 元々こういう機械はその性能を扱うという事より、仕組みを理解して作るほうが得意だったし、身体に異物を取り込むというのがなんとなく嫌いだったからとあゆみや客には言い訳しているが、内心はもうずっとインプラントをしないつもりだった。これからもそれでいいと思っている。

 おかげで全てが機械に制御された世界では若干生きづらいが、それでも生活するためならリンクスは絶対必要ではなかった。IOT家電もその他の機器を扱う時も、ウェアラブルデバイス──スマートウォッチやスマートフォンなどがあれば十分対応可能だった。

 自分にリンクスは必要無い。リンクスをどうしても必要とするのは、仮想現実に夢を求め、仮想現実に生きる人たちだけだ。

 そう思いかけて、宏親は聡臣とあゆみに内心で謝った。そういう人たちを一概に悪とは言い切れない。あくまで思想の違いというだけで、彼らを否定する気は毛頭なかった。それでも宏親はこのYOMIヨミというサービスにはどちらかと言えば否定的だったのだ。

 亡くなった人に会えるというのは、それほど良い事なのだろうか──。


 思案に暮れていた宏親を現実に引き戻したのは、店先に設置してあるインターホンだった。それは来客を告げるもので、宏親は早く店を閉めておくんだったと後悔する。

「あ、私が出てきますよ」

「いい、俺が行く。お前さっき退勤扱いにしちまっただろ。残業代がかさむ」

 言葉遣いは適切ではなかったが、あゆみもこれが宏親なりの気の遣い方だと知っている。

「んー分かりました。新規の人だったら愛想よくしてくださいよ。じゃあお疲れさまでした」

 そう言ってあゆみは鞄を提げて入り口へと向かう。そこしか出入り口がないのもそうだが、一応お客の顔は見ておこうという気なのだろう。連れ立って宏親も一緒に店先へ向かう。

 あゆみが扉を開けると同時に、凛とした声が飛び込んでくる。

「どうも、えーと加賀美工房……じゃなかった、ミラーズワークショップさんってのはここですか?」

 店先に立つ人物はそう声を掛けてきた。

 薄いグレーの七分丈スラックスに、水色のスキッパーシャツ。所謂いわゆるビジネスカジュアルといった装いで佇み、髪はふんわりと躍動感のある赤らんだ茶髪、その中に浮いた表情は涼やかで柔らかく、人当たりの良さそうな女性だった。何よりもまず美人だという印象を宏親は抱いた。

「はい、そうですよ。いらっしゃいませ! デバイスの調整ですか?」

 あゆみが快活に声をかける。

「あ、いや、そうではないんですが……加賀美さんはいらっしゃいますか?」

「後ろにいる無愛想なのが加賀美です。何か御用ですか?」

「用と言うほどではないんですが、いくつかお話を聞きたくて」

 宏親は自分に用だと聞き、改めてその女性の方へ目を向ける。

 その清潔さと綺麗な佇まいに、宏親は自分の汚れたツナギ姿が恥ずかしく思った。腰の部分で脱いだ両袖を縛っているのだが、思わず締め直した。今更無駄な抵抗とは分かっていたが。

「あゆみ、俺に用事だとさ。早く帰れ」

「宏さん美人には弱いんだから」

 何故か振り返ったあゆみが般若のような形相だったのが気になるが、軽くあしらった。

「はいはい。ほら、帰れ」

 あゆみはそう言われるとにこっと笑い、訪ねてきた女性にもぺこりと頭を下げて、失礼しますと言ってオートスケーターを蹴って帰っていった。

 そして訪れた彼女を促し、とりあえず空調の効いた応接室へ通して話を聞くことにした。

「お茶でいいか? なにせ客商売はさっきの子に任せっきりなんで、失礼があったら悪いね」

「どうぞお構いなく。……私、新堂しんどうと申します」

「加賀美だ、よろしく。で、話ってのは?」

 会話をしながら宏親はグラスに注いだお茶を差し出し、新堂と名乗った女はそれに頭を軽く下げた。氷の軽やかな音が優しく空間に響く。

「少しお話しにくいことなんですけど、最近訪れたお客さんの事で少しお伺いしたいことがありまして」

「それで? 誰のことだい」

 宏親は自分用にも用意したお茶を飲みながら向かいのソファに腰掛ける。

杉山すぎやまさん、という方が最近いらっしゃいませんでしたか?」

 名前を言われ、宏親は最近訪れた客を思い出そうとする。こういう時にあゆみが居ないのは残念だった。彼女ならすぐに思いついただろう。

「すぐには思い当たらんな。受注記録はつけてんだけどな」

「恐らく、リンクス関係のなにかで来られてると思うのですが……」

 そう言われて、宏親は眉を細める。リンクスの関係で訪れた客、という条件で絞られるのなら思い当たる件はいくつかあった。

 宏親は少し待ってくれと頼み、仕事場から受注記録が入っているタブレットを乱暴に引っ張ってきた。

 それでも記録は多く、スクロールしながらもう一度名前を伺う。

「杉山……だっけ?」

「そうです、杉山浩一こういちさん」

 宏親はそれで、数ヶ月前の記録に目を留めた。杉山浩一、五十二歳。リンクスそのものを発注してあった。

 よく見てみると、調整の依頼も見落としていただけで何件か入っていたようだった。

「あぁ、あるね。リンクス自体の発注から始まって、インプラント後からは調整依頼もあったようだ。リンクスは外せねぇから調整は直接うちに来てもらってやるんだが、それも数える程度の人数ってわけじゃなくてね。いちいち誰とは覚えてはねぇんだよな、嬉しい悲鳴さ」

「そうでしたか。おかしな事を聞くようですが、何か特別いつもと違ったことはなかったでしょうか? 例えばその、失礼ですけど、何か作業にミスがあったりとか……」

 それを聞いて、宏親は少し怪訝けげんに思った。思っただけでなく、顔にも出ていた。

「どういう意味だ?」

「すみません、気を悪くしないで下さい。というのも……その杉山さんが、どうもおかしい亡くなり方をしたと言うことなので」

「死んだ? ……あんた、警察か?」

 新堂はそれに大きくかぶりを振った。同時に顔の前で右手をぶんぶん振っている。が、肝要な部分ははぐらかされる。

「あぁ……となると探偵みてぇなもんか。なるほどな」

 宏親は新堂の正体に勘付き、溜飲りゅういんが下がる。警察は子供の頃から嫌いだったので、そうでないというだけで相手に気を許しそうだった。

 当の本人は何も言わず宏親の鋭い目線から逃れるばかりだったが、否定でも肯定でもない沈黙は、逆に宏親の予想が当たったということを示していた。

「私は別に容疑者を追ってるとかではなくて。この杉山さん、やけに妙な亡くなり方だったそうでして。所謂いわゆる、不審死みたいな」

 何やら身振り手振りの大きい新堂の仕草を見て、この人は探偵に向いていなさそうだと宏親は勝手に思う。だが宏親にとって彼女の正体はどうでもいい。

 それよりも、最後の言葉に宏親は疑問を持たずには居られなかった。

「その不審死って?」

「はい……。そのご遺族から聞いたのは、杉山さんが亡くなったのは、仮想現実の中でだと──」

「はぁ? そんな馬鹿な話あるかよ」

 新堂の言葉を遮るように宏親は鼻で笑った。しかし新堂は至って真剣な面持ちのまま続けた。

「実際に杉山さんは、心不全という扱いで亡くなっています。その亡くなった場所が、リユニオンセンターの中なんじゃないかと」

 宏親は面食らった。そんな話は聞いたこともない。にわかには信じられなかった。

「そりゃ流石にねぇと思うが、もし本当だったとしてもただの偶然だろ。元から身体が悪くて、偶々そん時にぽっくりって話だろ?」

「私も初めはそう思って、その遺族の方に聞いたんです。元々身体の弱い方だったのかって。でもそんな事はありませんでした。持病が無いとは言えませんが、すぐに命に関わる病気ではなかった。それもこの医療の進歩した現代でいきなり急死するなんて、それだけでも大事ですよ」

 宏親もそれには同意した。確かに世間一般の病死率は下がった。それでも急死という事例が無いわけではない。早期発見出来ない、もしくは病院の定期検診を怠っていたために病気の活動を阻止出来ずに、などという例はある。

「なので、リンクスから引き起こされる異常に何らかの原因があるのかもと思って……」

 新堂はそう言って宏親を恐る恐る上目遣いで見上げる。宏親の眉間には分かりやすく皺が寄っており、いかにも不機嫌に見えたのだろう。

 新堂はその様子を見上げ、気まずそうに頂きますと呟いて肩をすくめながらお茶を一口だけ飲んだ。

 実際、新堂がそう尋ねてきた裏には、宏親の調整に異常があったのではないか、という意味も孕んでいるのだろう。しかしそれを否定するように宏親は言い放った。

「俺の専門はあくまでも機械だよ。それに調整時に異常はなかった。百歩譲って、俺の調整が不十分だったとしても、もしそれで人体への悪影響があるなら、そもそもこんなもの世に出回らねぇだろ」

「それは確かにそうかも知れませんけど……何かちょっと引っかかって」

 そう言って顎をいじる新堂を見ながら、宏親は三上俊明の件に思い至った。あれも急な訃報ふほうだった。何か歯がゆい、引っかかりを感じたのは宏親も同じだった。

「まぁ俺の作ったモンに不具合はねぇだろうが、それでも調べたいなら記録を送信しとくよ。無下に断ってアンタに変な噂を立てられても困るしな。その代わり門外不出だぞ。個人情報なんたら法ってのがあるからよ」

「ありがとうございます、心得てます」

 自分の身はすぐに明かしたようなものなのに門外不出を心得てるとは不思議なものだ、と宏親は内心で新堂をこきおろした。

 しばらく会話は途切れ、お互いに無言が続いた。

 宏親の中では、ある疑念が渦巻いていた。杉山という男性の死から連想された、もう一人の人物の死。

「なぁ。アンタを信用したわけじゃねぇが、俺も気になることがある。俺の顧客にもう一人、いきなり死んだって客が居るんだけどよ」

 新堂はすぐにそれに飛びついた。本当ですかと凄い勢いで詰め寄ってくる。それをいなしつつ、宏親はタブレットを操作し、三上の調整記録を見せる。

「この客だ、三上俊明。元々は補聴器の調整が主だった爺さんだけど、つい最近リンクスを調整してくれって頼まれて、そのあとすぐに死んだって連絡があってな」

 新堂は調整記録と宏親の話を聞きながら、深く考え込んでいるようだった。

「この爺さんも歳は歳だが、最初に訪れた時の印象はすぐ死ぬような感じには見えなかったんで、引っかかってね。関係があるかは分からんが、それも欲しいようなら送信しとくぜ」

「ありがとうございます、是非」

 新堂はそれで満足したのか、記録を自分のスマートフォンに受け取り、何か進展があったり分からないことがあればまた連絡する、もし何かに気付いたらそちらからも連絡をしてくれ、と連絡先データを渡すと帰っていった。

 一人になった宏親は、新堂がした今の話を完璧に信じたわけではないが、どこかで違和感を感じていた。

 三上俊明の急死もまた、杉山という男性の死に似たような事例なのではないかと、確信はないが直感でそう思ったからだ。

 純粋に飲み込めない、腑に落ちないような気持ち悪さがあった。そしてそれはきっと宏親単身では解決できない、正体も掴めないようなものだと感じた。

 新堂に全てを託すわけではないが、事の経緯を詳しく確かめてみたいという欲求はあった。だからこそ会ったばかりだが探偵という身分の彼女に気を許すような気持ちも湧いてきたのだ。

 公的で冷徹ではない、いくらかは個人の心情を汲めるその立ち位置に居ながら疑問を追い掛ける彼女に少し親近感が湧き、同時に自分が感じていた違和感は自分だけのものではないと、僅かながら仲間意識が芽生えたのも確かだった。

 好奇心は猫を殺す、だが人を動かす原動力にもなる。赤信号だって全員で渡れば怖くはないだろう。宏親はそう思った。

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