Day21〜Day25
Day21 缶詰
「してたんだね、結婚」
喉からしぼり出すように言った。声は震えていなかっただろうか。自分の声なのに、どんな声で言ったか分からなかった。床があることを確認するように、トントンとつま先を動かす。
「ああ、うん。実は、つい最近」
そう言って照れ笑いをする石井くんを、心の底から憎いと思った。いや、憎いという表現が合っているのかは分からない。ただ、すごく裏切られたような気持ちになった。
ずっと蓋をしていた心が、ついに開いてしまった。
Day22 泣き笑い
「結婚、おめでとう」
そう言葉にしたら、奥のほうから笑いが込み上げてきた。くつくつと笑う私を見て、石井くんは不思議そうな顔をしている。
「大丈夫?」
声が優しい。その声色が私をもっと惨めにする。
恋を終わらせようと思っていたのに、心の奥底では期待していたのだ。もしかしたら何かが起こるかも、と。自分の意志の弱さに情けなくなった。
笑っているのに、涙が溢れて止まらない。石井くんはきっと驚いて、こんな私を不気味に思っているだろう。それでも涙は止められない。
顔をぼろぼろにして泣く私を見ながら、石井くんはそっと席を立った。
Day23 レシピ
扉を開けようとする石井くんの腕を咄嗟に掴んだ。驚いたように振り向いた彼は、困ったように眉を下げている。
「戸、開けようと思って。瀬尾も酔ってるんだろ。新鮮な空気を吸ったほうがいいよ」
でも、この手を離したら、石井くんが行ってしまいそうな気がする。腕を掴む手にぎゅっと力を込めた。
「大丈夫」
石井くんの声が、小さなコインランドリーに響く。落ち着いた優しい声だ。石井くんは私の手をそっと包んでほどいた。
「こういうときは、新鮮な空気を吸って、思いきり吐いて、ゆっくり呼吸するのがいい。綺麗な空気が体をめぐっていって、新しい自分になれるような気がするんだ」
石井くんの言葉は、ささくれた私の心を少しだけ癒してくれた。
※レシピ(recipe)は、もとは医者の処方箋の意味だったそうです。
Day24 月虹
コインランドリーを出て、すうっと深く息を吸った。吸って、吐いて、また吸って。ゆっくり呼吸するたびに、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。やっぱり、石井くんはすごいなぁと思う。空を見上げると、大きな月が私たちを見ていた。
恋を終わらせる。なんて悲しい行為なのだろう。本当は七色の宝物みたいに尊い気持ちのはずなのに、大事にしていたらいけないなんておかしい。私たちはどんな気持ちを持っていてもいいはずで、それは誰にも邪魔できないものなのに。
「石井くん、話があるの」
月光に照らされた石井くんの顔が美しくて息を呑んだ。私のぐしゃぐしゃの顔もきっと見えているのだろう。
念入りにした化粧は全部流れてしまった。中学の頃と同じありのままの姿で、私は石井くんを見つめた。
「私、石井くんのことが好き」
Day25 ステッキ
「こんなこと、急に言ってごめんね。中学のときから、ずっと好きだったの。卒業しても、大人なっても、ずっと好きだった」
気持ち悪くてごめん。
そう言うと、石井くんは目を丸くした。
「振ってほしいの。私はたぶん、おばあちゃんになっても好きだよ。杖をつきながら、きっとあなたのことを思い出す。だから、石井くんに振られたい」
溜め込んでいた気持ちを一気に吐き出した。この言い方で良かったのか、ちゃんと伝わったのか、正直分からない。
でも怖さも不安もない。私は振ってほしいと言っていて、石井くんは私を振ると分かっている。結果は全部見えていて、あとは言葉にするだけだ。
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