Day16〜Day20

Day16 水の


「え、もしかして、瀬尾?」

「うん。急に声かけてごめんね、久しぶり」

「うわー、びっくりした。何年ぶり? 中学卒業してから会ってなかったもんな」

 覚えてくれていたことにほっとした。話したことなどほとんどなかったから、もしかしたら忘れられているかもと思っていた。

 久々に会った同級生にこんなに気さくに話しかけてくれるのも、石井くんの良いところだと思う。私は自販機で水を買って、彼に手渡した。

 石井くんの手の中で、私が買った水が揺れている。変な感じだ。スクリーンで見ていたのに、急に現実になった感じ。二次元がいきなり三次元になって浮かび上がったみたいだ。

 水の中の私の顔がぐにゃぐにゃになっているのが見えた。




Day17 流星群


「あの、ちょっと話さない? 少しだけ」

 私がそう言うと、石井くんは少し困ったような顔をした。無理もない。どこかで飲んで、終電で帰ってきたのだ。疲れもかなり溜まっているだろう。そう思ったけれど、今を逃したらだめだと思った。

「あー、今から?」

「お願い、少しだけでいいの」

 自分勝手な行動に罪悪感を抱く。こう言ったら、石井くんは断らないと分かっていた。自分のずるさに胸が痛む。

「いいよ、明日は休みだし。俺もちょっと酔い覚まししたいし。歩く?」

 歩きだした石井くんの後ろを慌ててついて行く。戸惑う私を振り返って笑う彼の背中に、無数の星が飛んでいったような気がした。

 今なら、どんなことでも叶いそう。そう思った。




Day18 旬


 駅前のロータリーを抜け、小さな商店街を歩いていく。店舗はどこもシャッターが降りていて、全く人がいない。

 ぽつぽつとついている明かりが、石井くんの横顔を照らした。変わっていたらどうしようと勝手に心配していたけれど、中身はあまり変わっていないらしい。

 石井くんは、黙っていると冷たく感じるような顔立ちをしている。それなのに、喋ったらすごく人懐っこくて子どものような顔で笑うのだ。そういうところがずるいなぁと思う。

 老いというものは、年齢や見た目だけのものではない。心だって老いていく。それは決して悪いことばかりではないと思うけれど、石井くんに関してはそう思えない。幻滅するのが怖くて、どうかあのときのままでいてほしいと願ってしまう。

 今の石井くんは昔の彼のままだった。彼はずっと、瑞々しいままなのだ。




Day19 クリーニング屋


 クリーニング屋の隣に、コインランドリーがあった。そこは電気がついていて明るい。二十四時間開いているのだろう。誰もいない部屋の中を煌々と照らしている。

 私は思わずその中に入った。石井くんも何も言わずについて来てくれた。

 パイプ椅子に並んで座ると、錆びた椅子がギギィと汚い音で鳴った。




Day20 祭りのあと


 どうして気づかなかったのだろう。

 石井くんの左手の薬指には、指輪が光っていた。シンプルなデザインのシルバーは、彼の指にとてもよく似合っている。

 結婚。

 その文字が頭に浮かんだとき、地面がすこんと一気に抜けてしまったような感じがした。座っているのがやっとだ。

 どうしてその可能性を考えなかったのだろう。もう大人なのだから、先のことを考えなくては。そう思ってここまで来たのに。石井くんだって、私と同じだけ歳を取って、経験をして、色んな人たちとの出会いがあったのだ。

 ずっと昔のまま、なんて、あるわけなかったのに。

 先ほどまで浮かれていた自分が、心底嫌になった。


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