Day11〜Day15

Day11 からりと


 ここに来る前に、仕事はしばらく休みをもらった。通っている心療内科で診断書を書いてもらい、それを提出したらすんなりと通った。想像よりもあっさりとしていて驚いた。とりあえず一ヵ月はゆっくり休みなさい、と上司は言った。

 会社に戻ったとき、私の席はもうないかもしれないと思った。もともと私には働く能力というものがないし、私がいなくなってみんな清々しているかもしれない。

 でも、そう思っても、心はなんの悲しみも感じなかった。




Day12 坂道


 始発から終電まで、私はずっとベンチに座って待っていた。駅員さんには何度も変な顔をされたし、注意もされた。おしりと膝が痛くなって、立ったり座ったりを繰り返してみたり、電車が来ないときはときどき歩いてみたりもした。

 でも全く苦痛ではなかった。一週間でも二週間でも、一ヵ月でも、もっとたくさんでも待てる気がした。

 私はどこまで転がっていくのだろう。どこまで落ちていくのだろう。




Day13 うろこ雲


 石井くんを見つけたのは三日目の朝だった。人の波に流されるようにして、改札に入って行った。

 背中を見たらすぐに分かった。彼の猫背な背中は、人がたくさんいる中でも目立つ。それくらい姿勢が悪いのだけれど、そういうところも好きなのだから自分に呆れてしまう。

 その背中をぼうっと見つめていたら、電車は彼を乗せて行ってしまった。空を見上げると、心のざわつきなど知らない顔で、うろこ雲が浮かんでいた。




Day14 裏腹


 今夜はきっと駅で会える。なんの根拠もなかったけれど、私はそう思った。そして、またずっとベンチに座って夜を待った。

 石井くんは終電で帰ってきた。今日は金曜日の夜だ。お酒を飲んでいるのかもしれない。顔がほんのり赤く、ネクタイを緩めている。

 目元に皺が増えているが、その顔はまさしく私の知っている石井くんだった。SNSに載っていた写真でも見たはずなのに、実際に見てみると変な感じがする。彼に皺があること、お酒を飲んでいること。全くおかしいことではないのに、なぜかそわそわした。

 石井くんは、確実に歳を取っている。

 私は怖くなった。逃げてしまいたくなった。この年月を否定したくなったらどうしよう。そんな気持ちにのまれそうだった。




Day15 おやつ


 それでも私は、タクシー乗り場へと向かう背中を追いかけた。これを逃したら、もう会えないかもしれない。

「石井くん!」

 名を呼ぶと、彼が驚いたように振り返った。怪訝な顔がゆっくりと和らいでいく。その視線が私に注がれているのだと思ったら、たまらなく嬉しくなった。まるでお預けされていた大好きなお菓子を目の前に広げられたときのような、そんな無邪気な喜びが私の心に湧いた。


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