第3話 佐名の覚悟、夏生の覚悟

 ――「妊娠していますね」


 なんとなく体調が悪いと思っていた。

 だから、なんとなく病院に行ってみた。

 そうしたら医師にそう言われた。

 その瞬間、私の目の前は真っ暗になった。


 * * *


 落ち着いた頃、夏生くんが私の頭を撫でた。

 その掌の温かさに眠ってしまいそうだった。


「……部活辞めて、どうするつもりだったんだ?」


「…………言いたくない」


「言わないと分からない。俺の、子供でもあるんだし……」


「……言ったら、怒る」


「怒られる自覚は、あるんだ」


 声音は優しいけれど、きっと彼の表情は怒っている。

 先ほどまでは平気だったのに、今は怒られることが怖い。

 矛盾、している。なんて意志のない、弱い人間なのか。

 私はぐるぐるとネガティブ思考の沼に陥っていた。


「怒らないから、教えてよ」


「…………中絶のための、バイトをするつもりだった、の」


「……」


「今くらいなら、初期中絶っていうのが出来る。大体の費用が全部で12万円くらい。学生だし、育ててあげられる自信無い……」


「……それで、佐名はいいの?」


「いいとか、よくないとか、そういう問題じゃない。普通に出産することになれば、4倍の費用が必要になる。学生には痛いよ。…‥それに、夏生くんに、迷惑かけられないから。部活辞めて、バイトして……」


「佐名は、それでいいの?」


 夏生くんは同じことを私に聞く。

 何度も何度も、同じことを私に聞く。

 まるで自分にも言い聞かせているみたいに、何度も何度も繰り返す。


「……には、なんの罪もないよ?」


 その言葉に、体中の血の気が引いていく感覚に襲われた。


「佐名が、その子のために部活を辞めてバイトをするなら止めはしない。けど、その子とするために部活を辞めてバイトするっていうなら、俺は止めるよ」


 まだ学生なのに、夏生くんの意志は固くて。

 彼に、いっそすがってしまいたいと言う自分がいた。

 これではなんのために覚悟を決めたのか分からない。


「……だから、一緒に考えよう? 佐名は、どうしたいのか。今じゃなくてもいいから。俺も一緒に悩みたいから」


「……うん……っ……」


「よし。そうと決まったら、結婚しよう、佐名」


「……んぇ……?」


「来年、結婚しよう。まだ俺は結婚できる歳じゃないから、今すぐには無理だけど……。子供のためにも、佐名のためにも、一緒になりたいんだ」


「夏生くん?」


「お金のことは気にしなくてもいい。費用のことなら、俺の貯金を崩して使えばいいし、父さんたちに相談すればきっと助けてくれる。だから、心配しなくていいよ。……佐名、俺と結婚、してくれる?」


 私は、顔が熱くなるのを感じていた。

 高校の、保健室の一角。

 消毒液の臭いが漂う室内で、私はプロポーズされたのだ。


「………………うん」


 私は夏生くんの真剣な眼差しを受けて、彼なら大丈夫だと確信した。


 こうして私は、夏生くんと婚約をした。

 籍を入れるのは来年になってしまうけれど、

 彼の強い覚悟を聞けたことが嬉しくて、

 情緒が迷子なのか、また涙腺が崩壊してしまった。

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