意味が分からないし、意味が分からないし。

エリー.ファー

意味が分からないし、意味が分からないし。

 お菓子を作っていると気分が和らぐ瞬間がある。

 それは、物作りをしているという感覚ではなく、甘いものを作っているという感覚からくるものだろうと推測している。

 泣きながらビールを飲む、怒りながら炒飯をかきこむ。色々と料理と感情の描写はあるだろう。でも大抵、甘いものは笑顔とワンセットではないだろうか。

 私は少なくともそう思っているので、異論は認めない。

 だから、料理学校にも通ってパティシエになったのだ。

 仕事でケーキを作り、家に帰ってもケーキを作って至福の時間を楽しむ。

 でも、一つだけ悩みがある。

 私はケーキが嫌いなのだ。

 滅茶苦茶なことを言っている自覚はある。けれど、作るのが好きなのであって摂取するのは苦手なのだ。

 この摂取という単語を使ってしまうところに、自分の核から遠ざけようとしているニュアンスが伝わると思う。

 私は、ケーキを物として扱ってしまうのである。

 つまり、食べ物として見ることができないのだ。

 これは脳の病気らしく、治療はできるそうだが、それによって今現在困っているかと言われるとそんなことはない。放置してしまっている。そもそも病院がそこまで好きではない。健康診断もなるべくなら断りたいタイプである。

 ある日妹に、お兄ちゃんのケーキは美味しいけど味見してないものが来るから怖い、と言われた。

 確かに、私は味見ができない。 

 美味しいケーキとして受け取ってもらっているのが事実だとしても、美味しいという自信はない。たまに、皆が私に嘘をついているのではないかと疑ってしまう時がある。

 家でケーキを作った時に、何の気なしに舐めてみて、そのまま不快感に襲われてそのケーキをゴミ箱に投げ込んだこともある。

 ケーキに思考や哲学、感情がないとしても、非常に申し訳ないことをしたと思ったものだ。

 クリームがビニール袋の内側にはりつき、まだ清潔な苺が近くの鼻紙に触れるか触れないかのところで動きを止めているのは、余り長く見たくはなかった。

 妹はたまに私の家に来て、ケーキ作りを見る。その後、一切れから二切れくらいを食べて、もう二切れをタッパーのようなものに入れて持ち帰るのだ。ケーキ作りが上手くなりたいそうだが、私に直接教えてもらうのはプライドが許さないらしい。

 妹に舐められている私である。

 妹は昔、ボクシングをしていた。私がボクシングをしていた影響を受けたのだと思われる。その前は登山が趣味だった。私のその前の趣味が登山であったから真似をしたのだと思われる。

 妹はとにかく私に負けたくないのだ。

 でも、私は妹に勝っていると思っていない。

 ケーキを作っているのに、ケーキを食べられない時点で、私はかなりレベルが低い。妹だけではなく、世界中の人より幾分か下を生きている自覚がある。

 最近、洋ナシのケーキを模した消しゴムを台所に飾った。

 少しだけ、ケーキを食べてみようかと思えるようになった。

 その消しゴムは妹が日本に旅行した時にお土産で買ってきてくれたものである。わずかに洋ナシの香りがするところが購入のポイントだったそうだ。

 いつか妹と一緒にケーキを食べられるようになりたいと、思ってみたり、思わなかったりする。

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